テーレントの大地の異変!
ーノーマ視点ー
それは、酷い光景だった。
テーレントに入ってからの地上の様子は遠目にも酷い有り様だと分かった。
あんなに喋っていたコウ殿とて無言になるほどのもの。
一体、この地に何が起きたのか?
抉れた大地には戦いの爪痕が其処此処にあるも、それは悲惨な情景の一部。
惨さを一番に表しているのが、立ち枯れた草や木にこそあるだろう。
緑の無い大地。
まさに荒地だ。
しかも、毒にやられたように紫や黒の土色を見せる大地には、降り立つのさえ躊躇われる。
生き物の息吹をまるで感じないのだから。
風が土埃を出す度に息を止め様子を見る。
ザルドもこの影響を受けたように、飛び方が不安定になっていた。もし、このまま墜落したら…。
人は嫌な気分になるとよからぬ考えを思いつく。
暗澹たる思いに一同がやられていた時、コウ殿の一言で我に返った。
「あそこ!!あそこにひとがいるから降りて!!」
どこだ?
通常より目の良いミックでさえまるで見えないらしいがザルドには理解出来たのか急降下した。
あの毒々しい大地にだ。
バリーが降り立つ前に急いで、光魔法を駆使して浄化に努める。
元々魔法使いである彼は誰より光魔法を上手く使う。僅からながらも、大地に少しばかり茶色の場所が出来たのをザルドも見逃さず其処へと降り立った。
文句を言うのはコウ殿のみ!
「あー、違うじゃん!もう、指差す方向にって。
えー?大地の様子がおかしい?うーん。。。」
ザルドと言い合いながらも降り立ったコウ殿は、何故か暫く動かなかった。
ジッとなにかを見つめてる。
何だろう?
彼の行動に疑問を持つのはとうに諦めた。
でも、期待は高まる。
もしや、この大地に何か奇跡をと。
「見たけど分からんから、俺はあの人の方へ行くから!」
駆け出すコウ殿の後を追おうとバリーが走りながら光魔法を次々と展開する。
光魔法の凄さを実感する。まるで光の道の様に細く一本道が現れた。
その道をコウ殿を追いながら進むと、コウ殿が座り込んで誰かと話しているが見えた。
しかし、近づいてその光景にア然とする。
コウ殿…そこに何かいるのですか?
何も無い空間に向かって話かけるコウ殿の姿に全員が無言になる。
あ。不味い…。
俺の背筋に寒気が走った途端、過去視の能力が勝手に発動する。
目の前の景色が、ボヤけて段々と過去の風景が甦る。
見たくない。
小さい頃からこの能力ではロクな目に合わないのに。こんな場面で…。
やがて見えてきたのは…
大型の猛獣の如き姿の闇影獣が、地を抉りながら暴れている。
その数は、大地を埋め尽くすものだ。
その中心地に何故だか家畜が混じっているのが見えた。
なんだ?
この地に昔からいる家畜に違いない。
この家畜は、テーレントの人びとにとって宝だと聞いた事がある。
だからだろうか…暴れる家畜に追いすがる人の姿がある。
闇影獣の危険も顧みず家畜に縋るとは。
まだ若い男性だ。
いや、子供か?
闇影獣は、攻撃こそしないがこの大地を染める毒を撒き散らしながら暴れ回る。
大地の色が変色し抉れ、草木が枯れ果てる。
まるで地獄。。
やがて、追いすがっていた子供も家畜の上に遂には倒れた。
名前を呼んでいる。
家畜の名前だろうか。
何度も、何度も。
正気に返った家畜が大人しくなりひと声応えた。そしてそのまま動かなくなる。
子供もその側で動かなくなる。
あぁ。。
何故視なければならないのだ。
視たくない。
本当に呪われた能力め!
(ノーマ…)
声がする…バリーの呼びかけだ。。
は!
意識が浮上する。
バクバクと激しく鼓動する心臓を思わず手で押さえてバリーを見上げるとバリーは驚愕の表情のまま固まっている。
また、コウ殿か?
バリーの見ている方向を急いで見た。
え?
現実に戻った筈だった。
あの子供は遠い過去のものだ。…なのに何故?
「良かったよ。こんな場所で寝てると風邪ひくよ。ほらほら、俺のスープ飲んで!」
あれは『白蕩のスープ』か?
長い時間をかけて作るコウ殿の『ガラスープ』 に更に野菜や魚も加えて煮込む究極のスープだ。
我々の間では、このスープを飲めば誰でも生き返ると言わしめる付加料理なのだ。
まさか、それで幽霊をこの世に甦らしたのか??
『ありがとう。この地に安寧を齎してくれて。君のお陰で大地が甦ったよ。』
「あのね、大袈裟だよ。大地なんていつも通りじゃん!」
…コウ殿……。
あくまでのんきなコウ殿のセリフにため息混じりに辺りを見回すと、毒々しい色は何処にもない。
それどころか、草原が広がっていた。
一体……。
「分からないのか?また過去視に引き摺られてるのだな。
よく見ろ。あの少年は主様だ。
先程までは、闇影獣の影響で消えかけていたらしいが。」
バリーの返事にギョッとして少年を今一度見る。
確かに。
只人の雰囲気ではない。
過去視で気づかなかったのは、かなり弱っていたからか。
俺がそんな事を考えていると、頭の中に直接声が響いてきた。
『この地を穢して、我らの大地の護りを壊そうとする企み。新種は知能が高い。
心して掛かるが良い。』
思わず主様を見ると目が合った。
背筋がゾワっとして、身体から震えが起きる。
その目は、まるで深淵を覗いたようなそら恐ろしい色をしていた。
俺は急いで目を逸らした。
その晩、この地にテントを設営した俺達が不寝番をしている時にバリーにこの話をした。
バリーも考え込んでいるようだ。
その時何処からか鳴き声が聞こえたと思ったら、
ドドドドーーーー!!!
砂煙を上げて、ゼラブの大群が迫ってくるではないか!!
あれか?
あのコウ殿の餌付けか?
バリー達と顔を見合わせて、ザルドを探す。
とにかく上空へ避難を。
「いい子だな。そら!」
焦る俺達を置き去りにして、テントから起き出してきたコウ殿が当然とばかりにまた、餌付けをし始めた。
驚く俺達をよそに、ゼラブ達は餌を貰ったものから、順に帰って行く。
理路整然と一列にだ。
「諦めよう。俺、昼間だけで精一杯だよ。」
肩を落としたルスタフが疲れた顔でテントへ入って行く。
バリーも諦め顔で、ひと声。
「明日もあるな。」と。
昼間の光魔法の連発で疲労困憊のバリーもそのままテントで休む。
火の番をしながら、昼間の光景が頭をよぎる。
テーレントの大地には、何かあるのか。
ーとある場所ー
痛い。
身体中に痛みがあり、マトモな考えが出来ない。
駄目だ。
このままなら、本性が。
必死に搔き集める理性も激しい攻撃に段々と朦朧としてくる。
遠くで部下達の声がする。
しかし、状況は悪化の一途だった。
痛みに俺の意識は、とうとう真っ暗な闇の中へと。
もう、堪えられない。
コウ!!!
最後に思い浮かべてたのは、コウの煮込み料理だった。。。