それぞれの国へと。
ーゼン視点ー
渡れない帰れない祖国ヨーゼスト。
今では魔法使いだけが操れる雷嶺鳥は、この荒れた海を渡る唯一のもの。
彼らが齎す情報だけが頼りの今。
次々と祖国を襲う闇影獣の被害の報告を聞いている自分は対岸にいて何も出来ないままだ。
そう、ピピランテの長でありながら……。
コウ殿が戻られた!
その喜びとて我が身の不甲斐なさを思えば翳りを見せた。
『防虫煙玉』
心から歓喜が湧き上がる。
これさえあれば!!
それはそこにいた皆の声だろう。
しかし、どこにこんなにも沢山の在庫が!!
と不思議になるがいざという時、必ずコウ殿が齎す奇跡は今の自分にとって、いやこの世界にとってかけがえのないもの。
コウ殿から譲り受けた『防虫煙玉』を手に雷嶺鳥を呼ぶ。
その数、数千…
ピピランテNo.1と言われるこの魔力量を持ってもしても、この数を操るのでは我が身の半分もの魔力を消費する。
息苦しい。。
初めて味わう魔力不足の苦しさ。
目の前に星が散るように、魔力切れを訴える身体から耳を塞ぎ改めて魔力を込める。
『防虫煙玉』を祖国へ。
雷嶺鳥に託した『防虫煙玉』を残りの魔力で祖国へと飛ばす。
途端に目の前が真っ暗になる。
『マーラ様・リー様。
申し訳ない。これをお預け致します故、後を。』
微かに残った魔力を振り絞り伝言を乗せる。
ヨーゼストは今まで闇影獣の出たことの無い国。
それだからこその被害の数々。
逃げる事も身を守る術も知らない我が祖国の民では被害はどれほどか想像に難く無い。
薄れゆく意識の端にコウ殿の姿が見える。
あの屈託のない笑顔を思い浮かべる最期とはなんとも有り難い。
そう思いながら目を閉じた。
ーレイバン視点ー
見事な!
コウの『防虫煙玉』の効果に改めて驚異を感じつつも、祖国の被害に痛みを覚える。
「あ!飴が沢山作ってあるから持って行って!」
自分の不在時に自分に持たせようと作ったと言われて改めて勘の鋭さに感服するばかりだ。
(他では完全なる鈍感さなのだが…)
これがあればまだまだ戦える。
我がトラッデの真の力を今こそと。
異能を使って、早駆けを続ければミゲル達トラッデの仲間達へと追いついた。
「長!どうされました?」
ミゲルの問いかけに『防虫煙玉』を見せて答えとしたのだ。
疲れ切ったミゲルの顔に明るい笑顔が溢れた。
『防虫煙玉』は既に使い切ったのだろう。
これの威力を知るが故、自然と勝利を確信する。
さあ!
ここから我々の反撃開始だ!!
ーウェス視点ー
久しぶりに命令違反をする。
確信を持って違反をしているのだから、叱責も懲罰も覚悟の上だ。
貧しいキヌルでは、闇影獣を抑える術は持ち得ない。騎士団の実力は疑わないが何せ数が多くない。しかも国中が山坂だ。
とても手が行き届かない。
被害を予想するのが容易いだけに、馬に鞭を当てる。
あちこちの街で自衛の戦いが続いていた。
村人も騎士団も必死に食い下がるも形勢は悪化。
ただひとつだけ良い事があった。
あの隠れ里の人々がその魔力を持って力を貸してくれていた。
魔力の使い方が格段に上昇している?
そうか、ゼン殿だ。
感謝を込めつつ、それにしてもコウ殿は、まさかこの事態を予測してゼン殿に残って魔力の使用法の伝授を頼まれたのか?
…いや、そんなはずは…、
迷う暇がないと爆発音が急かす。
首を横に振りながらキヌルの王城を目指す。
姫君から託された責務を果たすために…
ーラオ視点ー
オヤジ…
首を振りながら、未確定な事に頭を悩ますなら考えるべき事を整理しなくてはと思い返す。
オヤジに殴られた意味を思い返せば、効率よくムルゼアを目指す事に集中すべきだ。
ムルゼアだけがマルス帝国ではない。
過ぎ行く街全てがこの国。
焦りを抑え込みながら道中全てで闇影獣との戦いとなる。勝敗は一緒なのだが。
伝令に次の『防虫煙玉』の作成が終わったら、在庫を持ってきて欲しいと伝えた。
コウ自身もさすがにこの状態が何か起きた不味い事態と分かっている。
不安げなコウにせめてもと笑顔で港町を飛び出した。
街の入り口は破壊の限りを尽くされていた。
大きな大門は瓦礫の山と成り果て、人の。いや生きている人の気配のない街へと足を踏み入れれば俺の心が真っ黒に染まってゆく心持ちがした。
それほど酷い状態のムルゼアだった。
狙い撃ちなのだろう。
街の住人らしき犠牲者がないのが救いか?
しかしおかしい事がある。
こんなにも破壊していったい闇影獣はどこへ行ったのだろうか?
破壊の後を縫うように王城へ向かえば驚きの事態となっていた。
目を疑うとはこの事。
何せ、門前にテーレッドが大量にいて門番のように守りを固めているのだから。
そしてそのテーレッドに指令をしているのはまだ子供?。まさかの少年達とは。
奥からスレッドが出てきて手招きした時にはうっかり
「ひっ!」
とか言う甲高い声も出ると言うもの。
それから再び俺はコウの名前を幾度も聞く事になる。
そうか…コウかと。
ースタン視点ー
再び戻る故国は、無双騎士団の面子を思えば心配はしていない。
しかし、あの極寒の地にまで闇影獣が出たと言う事実にはヒヤリとする心持ちがしていた。
『防虫煙玉』
名前こそふざけたものだが、その効力や逆の意味でフザケタものだ。
威力の凄さとその有り様からは、かけ離れた性能を余すところなく使用しながら道中を行く。
この分ならば王城は無事かと思いきや。
何だ?
この泡は?
泡で包まれたという表現が一番正しい。
そしてその泡は時折弾けて闇影獣を倒すとは。
城を覆い尽くす緑の影がコウ殿の言われるカエルなのだと認識して踵を返した。
ここは安泰。
ならば他へと。
バリーよ。
コウ殿は今、一番手薄。
頼んだぞ!!
ーコウ視点ー
思い出せないとは、モヤモヤするものだなぁ。
ところどころある記憶を繋げてみてもやっぱり、よく分からない。
そうなると余計に気になるのが人間って奴さ!
うーん。
何か重要な事を聞いた気がするのだがさっぱりだ。
おじさんの伝令が来てからはそれどころじゃなかった。
突然、駆け出す皆んな。
『防虫煙玉』くらいで本当にあのおっかない闇影獣を倒せるのか?
確信を持ってるらしい皆んなは素早く馬に飛び乗り駆け出した。
俺は呆然となりながら椅子に座り込む。
つ、疲れた。
あまりにも劇的な変化について行けず、疲労感ぼーっとする。
こんな時には甘いもの!
『無限収納』のなかを探るとまた『防虫煙玉』の在庫が!!
ザッとひっくり返すと出てくる出てくる??
その他にも色々な料理やお菓子も??
うーん。いったい何処で??
疑問を持って首をひねってる内に、オリドさんが狂喜乱舞してるのを見た!!
マジか!
おー、珍しいもの見たよ。
なんかお得なような気がしたけど。
もう無いか?とあれほど皆んなに問われたのに。
こんなに…不味いぞ。もう誰にも渡せないしな。
だってバリー達しか残ってないもんな。
あ!
でも確かゼンさんが海岸から使うとか言ってたような…
よーし!!
届けに行こうっと。
手に持てるだけっと!
飛び出した俺を散らかしたものを整理していたバリー達が「待ってください!危険です!!外へ出ないでください!!」
とか叫んでるけど、どうせ追いつくだろ。
俺はハヤテのごとく駆け抜けた。
と、妄想しつつ辿り着くと。
あ!
ゼンさん!!!
なんと!
今まさに倒れ込むゼンさんを発見!!
ゼンさん!!
倒れたゼンさんに声をかけるがピクリともしない。
揺り動かしても真っ白な顔色のゼンさんは動かない。
嫌な予感ばかり胸を駆け巡る。
なんとかしなきゃ。でも…ど、どうすれば。
どうにも出来ないまま、焦りを募らせていたら懐に入れた『無限収納』が光っている??ような…
中を見ると『赫い石』が光ってる。
そっと取り出してみたら、スーッとゼンさんの身体に勝手に溶け込んで…
あっ!慌てても後の祭り。
既に石は体内へ。
大丈夫かなぁ。
石なんて身体に入れたら手術とかにならないかなぁ。
余計な不安ばかり増える。でもひたすらぎゅっとゼンさんの手を握り締めていたら…
ピクピク。
ゼンさんの瞼が痙攣して、目が半開きに。
おーー、返って怖いような顔に。
「コウ殿…なぜ?」
弱々しいゼンさんの声に我に返って急いで携帯していたハーブティーを飲ませた。
何でもレイバンやラオの言うのには、危急の際にはこれが一番!とか言って必ず持たされてます!
コクリ。
小さく喉を鳴らして少しずつ飲み込むゼンさん。
顔色もちょびっと良くなってきて。
安堵したその時。
バサ!!
目の前が真っ暗に!!
袋を被せられて担がれたような。
実を言えばこの先はよく分からないんだ。
何せ腹に数発入れられて痛みから気を失ってたから。
どうせ抵抗する筋力無いんだから、殴るなよ。
でも、俺の文句も真っ暗になる意識の中に溶けてゆくだけ。