選ばれた者?マジかー。
ーボルタの王城 コウ視点ー
今、俺の料理魂が燃え上がってる。
初めて見る『ラク』を握りしめて、スープ作りの最中だ。
ラクは、前世の羊肉に似てるがあまり臭みもない。
色々な根菜類を入れて煮込み中。
その中には『ラスス』というオレンジ色の大根もどきも入れたので色彩はちょっとな。
凄い栄養があるらしいし、煮込むと甘みが増してスープに深みが増す。
更にパンケーキに『トトベル』という不思議な食べ物を入れてふんわりと焼いてる最中。
この『トトベル』を初めて見た時は叫んだよ。
だって大きなヤシの実みたいなものを割ると、中からミルクが出てくるんだから。
いや、マジ牛乳。
この世界の食べ物は凄いよ。
ラズベリーソースをパンケーキにかけると涎がでたよ。
ま、不味い。
感動してたら時間がかかったぞ。
今日はソル山へ出発する日だから、王様や王女様との朝ご飯も最後になる。
だから是非にと殺人的忙しさの厨房にお邪魔してる訳だ。
紅茶には、レモンの砂糖漬けを添えて出来上がり。あーまた、マデリン王女が大騒ぎしそうだな。
あの人、マジ大袈裟だし。
手伝って貰って待ち草臥れた皆んなに朝食を出した。
「コウ殿。今日は凄いご馳走ですね。」
やっぱり目がキョロキョロしながら、マデリン王女がテーブルに乗り出している。
「いい匂いだ。これは何だ?」
王様が尋ねるので『トトベル』入りパンケーキと答えた。
一口入れて目が点になる王様。
片手で上品に食べるよな。
「あのトトベルか?苦味があるのにこれは全く感じないな。」
トトベルに混ぜたハーブが効いてるのかな。
このボルタは、ハーブが多くて特に青の洞窟の奥で摘んだハーブは珍しいものが多くてマジ嬉しかったしな。
説明すると、何やら苦笑い?
だけど、出会った頃から見ると凄い食欲が出たよな。まあ、遠慮してたのかも。
さすが王様だ。
マデリン王女は口にラズベリーソースをつけながら必死の形相でかぶりついてる。
紅茶の飲み方を説明するとまた、叫んでるよ。
「美味しいーー!
こんなのあり得ない。あーー幸せ。」
毎回こんな感じの王女だが、最初に会った時は何故か涙脆くて何を食べても泣いてたよ。
「コウ殿には、世話になる一方だな。
ソル山の麓に『レレベ村』という小さな農村がある。今夜は其処まで向かって欲しい。」
王様は『神火』について説明してくれた内容によれば、いつからあるか分からない程の昔から王家が守ってきたものだそうだ。
だけど、数百年前に突然ソル山へ入る事が出来なくなり『神火』は絶えたそうだ。
これ聞いたから俺なんか行っても無理だと主張したけど、あのカエルが問題だって。
カエルめ。
選ばれた者とか呼ばれる羽目になり、失敗しても罰しない約束で引き受けた。
まあ、餌に釣られたとも言うけどさ。
王城にしか生えない『トトベル』。
『トトベル』をいつでも取っていい権利だ。
この餌魅力的過ぎた。
パンケーキに入れてその濃厚さに一目惚れたよ。
行くだけでいいからとまで言われたら断れないよ。
と、言うわけで出発です。
馬車に乗り込み見送りの人に手を振る俺の目に、びっくりする光景が!
一列に並んだ騎士団の皆さん。
最敬礼で見送ってくれたよ。
ちょっと、やる気出た。
た、単純か。照れた俺の目にまた、びっくりが。
馬車の中にカエルが!!
『まあお前では不安でな。今回は特別ついて行ってやろう。』
ちゃかり膝の上とか。
まあ、旅は道連れだ。よろしくな。
ースタン視点ー
コウ殿の乗る馬車の前で、久しぶりの制服に身を着けて馬に乗る。
こんな日が来るなんて。
信じていた。信じていたが震えが止まらない。
我が従兄弟でもあるメルゼウス王とは所謂幼馴染でもあり、無双騎士団へ入るのは自然の流れだった。
俺が年上の事もあり、彼を守ろうと必死に訓練を繰り返しているうちにあんな事態が起きていたとは。
メルゼウスは無口な努力家で我慢強い。
それが災いして気がついた時には『石化』は既に彼の身を襲っていた。
一つの決意をして様々な場所を彷徨う俺に『田中食堂』の噂が流れてきた。
彼こそ探していた人物だったが、ボルタは遥かに遠い。悩む俺に運命は動いた。
なんと彼がボルタへ。
しかも次々と信じられない出来事を起こしながらだ。
『ミズルド』の主様に見込まれた身の上。
王城へお連れ出来ない日々に焦りが募る。
メルゼウスの『石化』が急速に進んだと言う連絡が入ったからだ。
このままでは。
そう思った矢先、チャンスが訪れる。
『ミズルド』から現れたコウ殿が主様の加護から離れたのだ!
この間に王城へお連れした。
そして、更なる奇跡を見る事になる。
あの『閉じた池』を開き『石化』の原因を知る事が出来るとは!
間に合った。
ひたすらに胸に熱いものがこみ上げる。
その時の感動は、今も変わらないままこの胸に。
ソル山へ同行を願い出る。
無力に苛まれるこの身なれど、命に代えても彼の恩に報いたい。
そう、心より願って。
ソル山へ向かう俺の頭の中をメルゼウスのある言葉が巡っていた。
コウ殿の料理を食べたその日から『石化』はぴったりと止まった。
何という威力だろう。『付加料理』とは。
だがあの日から『石化』が奪ったものは、身体の自由の他にまだあったのだ。
それは、『味覚』だ。
その彼の一言 「美味しい」だ。