煮込み料理のその夜は?
煮込み料理の日は、必ず飲み会のようになる。
うちの店は基本お酒は出さないのだが持ち込みはOKだ。
煮込み料理だと伝えるとプレストンさんが知り合いも集めて酒盛りを始める。
隣町の『レーベ』から来るプレストンさんの知り合いは若くて筋肉ダルマが多い。
俺の予想を言うと……。
大商人だったのではと。
だとしたらかなり大儲けしていると思うぞ。
だって奢ってばっかりだし。知り合いから尊敬されてるし。
あんなにしょっちゅう奢っていては蓄えがなくてはな。
一度尋ねたら、笑って誤魔化されたけど俺の勘はけっこう当たる。
まっ、内緒はバラさないけど。
とにかく酒盛りの日は俺は失礼して先に休む事にしてる。
朝まで飲む人に付き合うとモーニングが作れないからな。
「じゃ、プレストンさんいつもの様に頼んで良いかな?」
「もちろん。こちらが我儘を言っておるのだから当然じゃ。火の用心はキチンとするから安心して休んでくれ。」
笑顔のプレストンさんの後ろで知り合いの人達も会釈してくれた。
会釈を返して上に上がるとツィーが尻尾を振りながら待っていた。
遅いぞ!とでも言ってるんだろ。
二人でベットに横になるとあっという間に睡魔がやってきた。
ープレストンの知り合い視点ー
俺の名はザイド。
隣町『レーベ』に住むプレストン隊の一員だ。
この隊ではまだ新人だ。
プレストン隊の一員になるのはマルス帝国情報部隊でもほんの一部。
プレストン宰相閣下、いや違った。
プレストン元宰相閣下は手柄を立てた者でしかも信頼の厚い証にプレストン隊への配属を決める。
俺も長い間の潜入作戦の成功によりようやく夢が叶ったという訳だ。
レーベの街でもプレストン隊は三部門に分かれて活動している。
・情報部隊
・実行部隊
・農民
配属された者達は普段はコウさんの店を守る役割を担うがこれもまた、ライバルが多い。
因みに俺は実行部隊。
先程、ある男爵家関係で働いたのを認められての今回のご褒美だ。
さて、レーベでの活動もライバルは多い。
と言うのも常連客のお二人マーラ様とリー様はヨーゼスト国の重鎮。
あちらも『マーラ隊』を作って別角度からコウさんの店を保護している。
ヨーゼストと言えば魔法使いの国。
普段は観光地として賑やかなイメージだが、本当の姿は魔法大国。
我々魔法の使えない者達にはある意味脅威でしかない。まっ、今のところは平和的関係ではあるが……。
そんな訳で今晩の『ご褒美』は俺にとって生涯で稀に見る貴重な機会なのだ。
それほどコウさんの作る料理は貴重なものなのだ。相変わらず、ご本人の自覚は全くないが。
目の前に出された『煮込み料理』
パナパで煮るなんて聞いた事もない。赤い色のスープにおそるおそるスプーンを入れた。
そっと口に運んで……。
後のことは記憶にない。
あまりの美味しさに一気に食べ、気がついたら皿は空っぽ。
ショックに呆然となる俺に、今回3回目のご褒美となるランバル部隊長が肩を叩いて慰めてくれた。
「ザイド。最初は誰でもこんなものだ。
とにかく美味しさは記憶すら奪う。一瞬で皿から消え去るのだよ。
俺はな。
ここだけの話、プレストン様が正直憎らしく思えた事もある。
毎日だぞ。この料理を毎日食べられる幸せって……。
まあ、そんな不穏な思いすら起こされるコウさんの料理の凄さだけどな。
そう思うと改めて我々の任務の重要性が理解出来るだろ。
ラドフォード様の件だけではないのだと。」
最後はかなり声を潜めての話だったが不味いのではないかと不安になる。
我々の掟ではラドフォード様のお名は口にする事は許されないはず。
そこまでして慰めてくれた部隊長に感謝しつつ、静かにお酒を飲んでいるとコウさんが近づいて来た。
何だ?
何か粗相でもしたのだろうか……。
不安な様子の俺に気づくことなくコウさんが皿を出してくれた。
「あのー。この『田中食堂』に初めて来てくださった方ですよね。
今日は、こんな外れの食堂までありがとうございます。
どうでしょう、お口に合いましたか?」
俺は必死に頷く。頭はすでに真っ白だったから。
「これ。俺の漬けた沢庵っていうものです。お口に合えばお酒のお供になると。店のサービスです。良ければどうぞ。」
その後、プレストン様の悪鬼のような睨みに耐え、沢庵を口に入れてうっかり男泣きしてしまった。
それほど美味い。
その上だ。
なんと身体中の筋力アップしたのが分かって驚いた。腕の太さが……。
その夜、情報通り野盗達の襲撃を受けたが、嫉妬に駆られた部隊長から先頭を任された俺は、野盗30人を一人で叩きのめす。
唖然とする周りに構うことなく笑顔で任務完了だ。
疲労など全く感じなかった。
……レベルアップ完了だ。
その後プレストン隊の伝説の1つとなる『沢庵』
翌日のモーニングで茶漬けに出ていたとは、我々の知るところではなかったが。