何故だか『ビール』作り中!
ーウィンゲルド郊外 コウ視点ー
あれから数日。
俺たちは、ウィンゲルド郊外に借りた大きな農家に住んでいる。
目指すは『琥水』
琥水って何?って俺も初めは分からなかった。
だけど勘のいい俺はピーンと来たんだ。
あー『ビール』の事だなと。
そうでなければ、狐がわざわざ俺のところへ来て頼んだりしないだろう。
だから狐が必死に探す『琥水』を自分で作ろうと思ったんだ。
だいたい、ビールのない世界なんてあまりにもつまらない。異世界での一番の不満かもしれない。
狐の話を聞いてやる気を出す俺にも困った事があった。
それは畑がない。
家もない。
人出も足らない。
悩む俺に朗報が!
なんとスタンさんが協力を申し出てくれたんだよ。
いやぁ、助かった。
何でも知り合いの人で暇人がいっぱいいるからって。お得意様に頼み事していいのかな?
躊躇っていたら、男前のスタンさんが一言。
「俺の好物のシチューを今度皆んなにもご馳走してください。」って。
イケメンって、昔から俺にとって苦手意識があったけど、この世界に来てから変わったよ。
そんな訳で畑作りから始めてます!
ーウィンゲルド郊外 カリナ視点ー
ウィンゲルドに来るまでの道すがら種まきをするコウ殿。
もちろん私も『緑の恵み』で協力を申し出た。
しかし結果は予想外のものになった。
荒野が続くそんな場所に手当たり次第とは。
正直、少し乱暴な気もした。
私も力を使って成長促進を図る。
結果。
振り返るとサワサワと草が生い茂る草原がいくつも生まれていた。
まさか……。
もちろん私ではない。
その張本人は別にいる。
当然、コウ殿だ。
彼が蒔くと『種』自体のパワーが格段に上昇する。私の感知能力が間違いなくそれを告げていた。
なんと言うパワー。
しかし、信じられないその風景も毎回になればやがて慣れてくる。
特に彼が声掛けしながら蒔いた箇所などは、実りを付けたいものすらあったが、それすらも慣れてきたから。
「いやぁ、カリナさんの神殿パワーって凄いね!」
で本人は済ましているけれど違うから。
次には。
「いい種だね。」と。
コウ殿の発言のたび、驚くわたしに諦観の表情を浮かべるラオ殿が一言。
「気にしないのが一番!
コウの通常運転だから何見ても驚かない。これが身体に良いよ!」
確かにそうかもしれない。
最近、いい意味で慣れだしたその時だった。
次の事件が発生したのは。
コウ殿がウィンゲルドで鍛冶屋と喧嘩した晩のことだ。
部屋に青い炎が入って来た。
扉をすり抜ける様に、飛び起きようとして呪が掛けられてると気づく。
無言で行う解呪の力を集めているが非常に強力で、やっと解けたのは炎がコウ殿と外へ出てからだった。
しかし、本番はそれからだったのだ。
外からコウ殿が連れて戻ってきたものは『歪んだ主様』だったからだ。
変質して毒素すら出す主様と目が合い
『コウへ他言無用。』の呪を受けそのまま気を失った。
起き上がった私は、コウ殿が看病に疲れて眠ってから別室でこの事を皆に話した。
「そりゃ『ミズルド』の主様で間違いないなぁ。
狐にしか見えないが。毒素は不味い。」
ガイ殿の苦々しい声に、レイバンも頷いて続けた。
「コウはこの為に呼ばれたのだろう。だが毒素が強くては身体を壊すことにもなりかねん。どうしたものか。」と。
私は首を横に振り答える。
「皆さま。毒素については既にコウ殿の『付加』で完全に消え去りました。
主様の変質も治りつつあります。
しかし、主様が洞窟へ戻れないとは意外でした。」
コウ殿へ狐の姿で主様が訴えたのは。
「家へ帰る途中に祠があって『琥水』を捧げないと帰れないんだ。」
『琥水』とは、初めて聞くものだ。
ガイ殿始め誰一人聞いた事がない。
「琥珀色の液体でキラキラ光る」と説明をされると大きく頷くコウ殿。
コウ殿は得意げに回答らしきものを話し始めた。
「おっ!分かったぞ。
そうか。俺もあれが足りないと思ってだからちょうど良い。大麦とホップと。それから…」
ブツブツ言い出すコウ殿に焦ったようになって。
「いや、たぶん違うよ。
違うものだから、それ!」
と、繰り返すも
「まあ、任せておけ!
よーし、明日から張り切るぞ。さあ、お前も寝ろよ。」と終始ご機嫌な様子。
最後は疲れ切って主様もコウ殿も休まれた。
結局、コウ殿の言われる『ビール』作りで決定した。その横にはふて寝する主様の姿があったが。
それから数日。
スタン殿が何処から聞いたのか協力を申し出、畑作りに精を出す。
無論、我々もお手伝い中だ。
主様もコウ殿の『付加料理』で思いの外回復されている様子で
「これなら、料理でも何とかなるか。」
と小声で囁かれていた。
(少し諦め気味にも見えたが。)
大麦とホップの種は、既にパワーを貯めている。
すぐさま発芽して実りを迎えるだろう。
しかし、いったい『ビール』とは何だ?
それにしても狐が話すのを不思議にも不気味にも思わないのは何故だろう。
コウ殿に尋ねると。
「まあ、○○○使用というか。理解してるから大丈夫。」
という何の事やら分からない回答だった。
女神セレーネ様。
諦観の境地を覚えつつある今日この頃です。