出店やってます!
ー宿屋『ロンゼイ』 コウ視点ー
さ、寒い。
何とか寝たけど、正直言うと寒くて寝が浅い。
このままボルタへ行くのは不安だと布団の中で考えていると、ガイおじさんが入って来た。
「おはようコウ坊。その顔じゃやっぱり寒くて寝が浅いんだな。
こりゃレイバンの言うのが正しいか。」
俺も挨拶は返すけど途中から何の話やら。
よく聞けば、寒さに身体が慣れてからボルタへ向かう計画で暫くはこの『ルーゼン』に滞在することになったとか。
暫く布団の中でグズグズしてたけど、お腹の虫に負けて布団から脱出。一階へ降りて朝ごはんにする。
昨日の料理が残ってたら、何か作ろうかなと考えたが大鍋は空っぽ。
なーんにも残ってない。
宿屋のおじさんが済まなそうにこれならあるけどと差し出したものは…
固まった古いご飯だ。
何でも寒さからすぐにこの様に固まるらしい。
んーー。
悩んだ俺が選んだメニューは『チーズリゾット』
細かく切った野菜を入れてスープと煮込む。
最後にパセリに似た野菜とチーズを入れて出来上がり。
俺がリゾットを仲間達に配っていると、周りの客から凝視される。(涎が見えてるよ!)
もちろん俺は皆さんの眼力に負けましたよ。
お客さん達にも「どうぞ」と差し出すとそこからはパニック!
あまりの感激ぶりに、いい気分になった俺は更に追加でピザやパンを焼いたり。
朝からご馳走作りに追われてちょっと疲れたので
ゆっくり食べてたらお客さんの中からちょっと年配のおじさんが近寄って来た。
「いやぁ、アンタには世話になった。
ありがとよ。
正直この宿屋に泊まってそのまま故郷には帰れないかと思ってたんだよ。」
よく聞くとマルスやキヌルなど色んな場所を商売しながら旅をしているらしい。
だけどこの寒さに負けて体調を崩し動けなくなっていたそうだ。
なんか俺の料理食べたら元気出たって。
料理人していて嬉しい瞬間ってこういう時だよな。
ニコニコしていた俺におじさんは改まって向き直ると相談があるとか言い出した。
「この街の者は多かれ少なかれ、寒さで弱ってるんだ。
というのも少し前はこんなには寒くなかったんだよ。ここ数年の寒さったらない。
そこで相談だ。
暫く滞在すると小耳に挟んだ。その間だけでいいんだ。俺の知り合いの空き店舗で出店形式で何か料理を売って欲しいんだ。
どうだい?儲けは全部アンタ持ちでいい。」
真剣なおじさんの表情に暫く時間をくださいと返事をした。
皆んなの予定も聞きたかったし、レイバン達と相談をしてと考えていた。
でもさ、予定って予定に過ぎないんだよ。
相談する暇は全く無くなったんだ。
と、いうのも大型の闇影獣が出たと情報が入ってガイおじさん・レイバン・ラオの3人はギルドへと駆り出されたからだ。
更に領主という人の使いが来てウェスさんが出かけて行ってからはナット君も用事で外出。
残るは残念美人と俺だけとは…相談は出来ないな。
レイバンに何故だか『甘酒』を飲めと勧められて神官のおばさんに貰ったのを毎日飲んでます。
何か無限収納と同じで無限に飲めるらしい……。
甘酒はやっぱり寒さに良いのか俺の体調もバッチリになったからあのお客さん…名前はトックスさんにOKの返事をした。
空き店舗に案内されて中を覗くと小さいながら使い勝手が良さそうな調理場には食材がズラーッと並んでいて更にやる気がアップ。
張り切って、メニューを決める。
評判が良かった鍋を大型に3つ。
それとは別に酒粕の甘酒の鍋をやはり3つ。
ピザと、焼きおにぎりを別に用意した。
子供用として、ココアは欠かせない。
実はココアはこの世界では高級品なんだ。
でもおじさんは知り合いにココアを仕入れる人がいるとかでたくさん持ってたから。
ちなみにマーブルのカップケーキも子供用。
値段は5テラ。
だいたい前世でいう500円くらいかな。
少し高いけど、それでもトックスさんは反対したんだ。安過ぎるって。
目的は儲けじゃないって言い合いになって俺が勝ったんだよ。
それからカリナもお手伝いしてくれて、トックスさんが連れてきた助手も数人集まって開店しました。
もう目の回る忙しさでさ。
朝から晩まで一瞬の隙もない忙しさ。
嬉しい悲鳴かな。
中でも子供達が何回も通ってくれるのが嬉しいね。
おまけに飴も配ってるのが人気みたい。
「それで。続きを頼むよ。」
俺とトックスさんは休憩時間になると寒さ対策のアイデア話をしている。
「だからさ、窓が問題な訳。隙間風を防ぐのが一番なんだよ。」
おじさんが下を向いて急に黙った。
ん?
「負けたよ。完敗だ。」
と呟いたらフラリと出て行った。
何に負けたんだ??
カリナの呼び声に振り返って俺は戦場へと戻った。
ー宿屋にて トックス視点ー
これが噂に聞く『付加料理』か。
あまりな威力にただただ食べ尽くす。
俺とした事が何も残さず食べ尽くしてしまったとは。
大きな商店をいくつも経営する俺の元へは様々な情報が入る。
嘘も多いが中には貴重なる情報もある。
それを見抜けてこその商売人だ。
しかし、今年のキヌルの寒さは異常だ。
ルーゼンでは病人が多く薬草は飛ぶように売れた。
しかし、この『付加料理』が出回ればそれも無くなる。
俺は知恵を絞りコウという青年に近寄って、彼の料理を売って儲ける方にスイッチした。
こういう機転も大切なんだ。
しかし、あまりにも安い。
ポワンとしたコウ青年は、その雰囲気とは違いどうしても値段では譲らない。
「だって、困ってる街の人の役にたつのが目的だろ。じゃ本末転倒だよ。
これは譲れない。子供用を作るのも絶対にやめないよ。
もし、どうしても相容れないなら俺は降りるよ。」
ここは俺が折れるしかなかった。
『行き渡る』に重点を置くコウ青年は、その日から猛烈な勢いで料理を作る。
段取りが良いのか次々と出来る。
噂は噂を呼び、今や『薬膳』として名の知れたこの料理屋。
いつの間にか拝む人まで出て、これでは商売人じゃない。
そこで俺は更なる儲け話を引き出す為に、休憩の度にアイデアを聞いた。
正直、彼はバカなのかと思う。
いや、知識の凄さは間違いない。
それよりも、俺を疑わない。
そして知識を放出する事を全く躊躇わない。
儲けではないのだ。
彼は寒さから皆んなを守る役に立ちたいと。ただそれのみ。
それのみの彼と話すのは、だんだん億劫になってきた。
あまりにも違う。
俺と彼。
喜ぶ人々と、必死に料理する彼。
名前さえ偽名の俺では。
それから1週間で店は閉じた。
彼の仲間が戻ったところで儲けを山分けして別れた。
彼は「材料はそちら持ちなのに。悪いな。」
と最後まで気にしていた。
彼の『付加』あればこその儲けとは考えない。
いや、あれは『付加』自体、揶揄だと思ってる節がある。
まあ、致命的に鈍感だからな。
コウ青年と別れた俺は、本店のあるマルスへと戻った。
次に会う時は、本当の名前で出会いたいなんて柄にもない事を思いながら。
ラクゥド。
その名を名乗る日が、予想より早く来る事をその時は思いもしないで。