夕食は煮込み料理で!
俺の店ではモーニングの後は店を一旦閉じて夕食作りに取り掛かる。
慣れたお客さん達は、モーニングが終わるとまた来ると言いながら帰っていく。
見送った後、店の裏手にある倉庫へ食材を取りに行くとレイバンさんが立っていた。
肩に大きな肉の塊を担いでいる。
有り難い。ちょうどクレドの肉の在庫が無くなったところだった。
クレドの肉は、前世でいう和牛かな?
「レイバンさん。いつもありがとうございます。
ちょうどクレドの肉が無くなったところだったので助かります。」
頷いたレイバンさんがボソッと呟いた。
「煮込みか?」
頷く俺を見て微かに微笑む。
煮込み料理はレイバンさんの大好物だから喜ぶと思った。
『ニャー』
足元を見れば飼い猫のツィーがすり寄って来ていた。
喉をゴロゴロとしてやれば甘えた声を出す。
「ツィー。お前の大好物の煮込み料理をするからな。ほら、レイバンさんがクレドの肉を差し入れてくれたぞ。」
しかし、ツィーはレイバンさんを見ると
『ふぅーー!!』尻尾を逆立てて怒り出した。
またか。
とにかくツィーの奴は、レイバンさんを見ると必ず威嚇してくる。
いつもは大人しい猫なのに。
レイバンさんが俺の手元を指差す。
何?
「あっ、これだね?
新しいハーブを見つけたんだよ。ほらっ、煮込み料理にいるって前に言っていたやつだよ。」
この世界の肉は、臭みの強いものが多いからハーブは欠かせない。
「どこで見つけたんだ?」レイバンさんの質問に答える。
「裏の森だよ。
大丈夫!禁足地なのは知ってるから、いつもの場所に生えてた奴だよ。」
怪訝な表情のレイバンさんを笑いながら安心させる。
店の後ろに広がる森。
『デレントの原生林』は、禁足地だ。
この世界には、幾つかの禁足地がありそれぞれに『主様』が治めている。
人間が入る事はもちろん、その森から何か取りに行けば必ず罰が下る。
『主様』は色々な生物に姿を変えて我々を見張っているらしいのだ。
もちろんこのハーブは、禁足地から取ったものではない。
森の手前にある広場が俺の小さい頃からの遊び場でそこには様々な野菜やハーブなどが自生していて、それは俺の助けとなっている。
その後も、レイバンさんが料理の手伝いをしてくれて煮込みを始めた。
大きな寸胴鍋に、野菜とクレドの肉を入れ様々なハーブと共に煮込む。
パナパと呼ばれるトマトに似た野菜と、ラーと呼ばれるお酒でコトコト2時間くらい煮る。
手伝って貰ったお礼に、クッキーとコーヒーを入れレイバンさんの前に置く。
「かえって申し訳ないな。」と言いつつもクッキーを急いで食べるレイバンさんは、本当は甘党だ。
バンバン!!
誰だろう?
この時間は、まだ開店したないから常連さんではないよなぁ。
ドンドンドン!!
更に叩き方が強くなった。
「もう、誰だろう。今は閉店だって書いてあるのに。」
ブツブツと呟きながらドアへと向かうとレイバンさんの止めが入る。
「俺に任せろ。ほらっまだ火がついている。危ないぞ。」
レイバンさんに言われて鍋を覗くと灰汁が出ていた。慌てて灰汁取りに精を出してたらまもなくレイバンさんが戻ってきた。
「何でもなかった。間違いらしい。」
えーー?
この前もそんな事言ってたけど。
そうそうあるものかな?
だいたい、この辺りにあるのは我が家だけで少なくとも1時間以上かけないと隣にだって行かれないのに。
うーん……。
レイバンさんは全く気にせずクッキーを食べ尽くしていた。
そっとお代わりを差し出す。
いつもの昼下がりだな。
ー視点レイバンー
コウの煮込み料理の為にとってきたクレドの肉はギルドでもAランクに属する難易度の高い依頼となる。
まぁ、俺には余裕だがな。
クレドの煮込み料理は、この店のオリジナル。
とにかく物凄く美味しい。
が、それ以上に付加が凄い!
なんと、解毒作用も回復作用も、双方とも奇跡のレベルに回復出来る。
以前、デーグタの襲撃に遭い深手を負ってやっとのことでこの店にたどり着いた時食べたのがこの『煮込み料理』だ。
自覚していない毒まで解毒して全回復した時はしばらく放心して動けなかった。
助かると思っていなかった。それほどの深手だったのだ。
『付加』は俺の命の恩人だ。
そんな思い出を振り返りながら手伝っているとコウの手にあるハーブが目に入る。
なんと!!
滅多に手に入らない『レクイドの葉』だ。
目を見張ってると、コウは説明をしてくれた。
それがまた驚きだ。
コウの言う『裏の広場』なのか?
あれは普通は禁足地と言うのだが。
それに前に来た時は、生えてなかったはず。
欲しいとコウが言う度に生えるなんて……。
考え込んでいた俺に更なる難問『白猫のツィー』がやってきた。
コイツは何なんだ?
SSSランクの俺にも全くサーチの効かないこの存在。
あり得ないと考え込んでいると、また威嚇されてしまった。
かなり嫌われている。
煮込み料理を手伝うとすぐにクッキーやコーヒーでもてなしてくれる。
このクッキーがまた凄い。
冒険者には欠かせない『素早さ』をレベルアップさせるクッキーなんて。
最早、コウの作る料理に何も言うまい。
ただ、美味いでいいか……。
ドンドンドン!!
美味しく頂いているのにやっぱり来た。
馬鹿は、どこにでもわく。
嫌になるよ。
プレストンの爺さんの言う通りだな。
コウを止めて外へ出ると馬鹿共は騒いでいた。
「おい、お前!
いつまで待たせるんだ!!
このお方をどなただと思う?
いいか、よく聞け!
このお方はマルス帝国のラィート男爵家の従兄弟のザバト様よ。
この店に、何やら人間を強化する食べ物があるとか聞いてわざわざいらっしゃったのだ。
丁重に持て成しをせよ!」
ギラギラした男の後ろには、ふんぞりかえった馬に乗る中年のおっさんがいた。
あんなに太っては馬が潰れるぞ。
全く……。
「おい、聞いておるのか?
全く、庶民はまことに馬鹿が多い。これだ……」
話の途中だが、ここまでで充分聞き辛い内容だから全員に、気を当てて気絶させる。
なんと、レベル1の『単』で気を失うとは。
どんだけ弱いんだ?
一人残したおっさんが喚いていた。
「お前!お前は自分のした事の重大さをわかっておるのか!!
こんな事をしてタダで済むと思うなよ!
ワシの後ろには……」
あまりに面倒くさいので、いつもの身分証を提示した。
あっ気絶するなよ。後始末が面倒くさいのにな。
後始末は、いつものメンバーに任せてまた、店へと戻るとコウは真剣に煮込み料理の灰汁取りをしていた。
夕飯を美味しく頂くために、ひと狩りして来ようかなぁ。
ぼんやり思いながら追加されたクッキーを頬張る。
隣町では、いつものお届けモノに名札をつけて送る。
宛先は『マルス帝国アルザゥド皇帝陛下』宛てだ。
次の日、マルス帝国がらひとつの男爵家の名前が消えた。