ラクゥドと、クー。
ーラクゥド視点ー
あれは酷い日だった。
穏やかだった、あの森も。
美しい泉も。
そして、俺達の家族も。
商人の名を借りた悪党どもが全てを破壊していった。
俺は、我が家に住んでいた精霊に誘われて森にいた為に偶然にも命は守られた。
だが、それも束の間。
精霊のクーを狙う悪党が俺達の周りを取り囲んで刀を振り上げた!!
ギュッと目を瞑ったが、ここまでと覚悟もした。
家族の姿を見て、既に気力が失われたいたからだろうか。
ところが…。
「しっかりしろ!目を開けてよく見ろ!!」
聞き覚えのある声に目を開けて辺りを見れば、悪党どもが倒れていた。
どうやって?
「この子だよ。己の力を越えて相手を気絶させたのだ。ほら、見てみろ!」
声をかけてくれたのは、村長のスクーラ様だった。
刀を握りしめる姿は、普段の穏やかな風情からは考えられない阿修羅の顔で。
笑顔の似合うスクーラ様では無い。
俺は、咄嗟に距離を取って改めて落ち着いて辺りを見れば…
クー!!!!
ふわふわと漂うクーの姿は、まるで霞のようにぼやけていて。
この『ムーラ』の民ならば誰でも知っている事だ。
精霊の最後は、霞のように消えゆくと。
なんで。
何故なんだ?
生まれた時から一緒だったクーは、まるで兄弟のようにして育って。
何故、そんな…。
あんなに元気だったのに。
「ごめんよ。
私がもう少し早く来れば。
精霊に無理をさせなかったのに。
お前さんを守りたかったのだろうね。きっと。
泣くんじゃないよ!
笑顔じゃないか。精霊は霞のように消えても、また産まれてくるもの。
自然さえ。
豊かなこの『ムーラ』があればね」
俺は唇を噛み締め、涙を堪えて顔を上げた。
クー!!
霞でも笑顔のクーに、今一度笑顔を見せる為に。
クー!!!!!
その後の事は、あまりよく覚えていない。
ただ、悪党ばまだ沢山いて村長は刀を振りながら俺を森の外へと逃してくれた事。
そして、別れ際に
「頼むよ。
この『ムーラ』と精霊を忘れないでくれ」
手には小さな甕が…。
精霊とハーフの村長が刀を振るうという事の意味するものは?
笑顔の村長が戻っていくその足は、少し霞んでいるように見えた事。
そして、
俺には何もまだ力ば無かったという事。
ただ。ひたすら逃げ延びただけだった。
他の『ムーラ』の民と共に。。
あれから何年の月日が経ったか。
俺は死ぬほどの努力をして『マルス帝国一』と言われる商人となっていた。
いや。既に『この世界一』でいいだろう。
目的は達成したと言ってのに。
渇いた心は全く変わらないままで。
必死にラクゥド商会を大きくする事だけが生きる目標で。
(絶対に、悪党に商人を名乗らせない為に…)
絶対的な力を得る為には、まだまだ大きくする必要がある。
そう考えてひたすら各地を巡っている時、不思議な青年と出会った。
料理人を名乗る彼の実力は空恐ろしいものがあるも。彼自身は、全くの無自覚で。
その力を俺が欲してもまるで気にせず、差し出して来る有様なのだ。
真っ直ぐな瞳で。
その瞳が怖いと思ったのは、いつだっただろうか。
やがて、あんな瞳に囲まれていた過去が再び俺の心を揺さぶり出して。、
俺は逃げ出したのだ。
安全な陣地へ。
マルス帝国は、その頃ラドフオード殿下の登場を待ち兼ねる状態で。
あの青年と、ラドフオード殿下の間にある関係を知った俺の驚きは果てしないものだった。
『天啓。』
正にソレだ。
彼の元へ腹心の部下であるオリドを送り込むも。
オリドの心を動かすのは彼しか出来まいという皮算用も働きつつ。
無論、俺も動き出す。
忘れたことのない『ムーラ』への道を探す為に。
だが。
それは、思いもかけず早く訪れた。
そのきっかけは、またもや『彼』だ!!
俺が『ムーラ』から持ち出した唯一の甕。
それを『田中食堂』へ運ぶ。
それはだいぶ前の事。
甕には俺を利用する精霊が憑いていたのを利用する事を思いつく。
精霊の憑いた者はその生命エネルギーを消費する。
俺はその事を承知の上で精霊の言いなりになる。身体も貸して。
辛い。
思ったより、身体の力を奪われる日々。
やっとたどり着いた『田中食堂』には、あのアーリア様がいて。
命拾いをした。
アーリア様に後でそう言われた。
もちろん、命を懸けた甲斐はあった。
『ムーラ』への道が開かれたのだから。
その後も。
新種との戦い。
封印の森の中での様々な出来事。
彼がいなければ。
いや。
彼と彼の仲間がいなければ今は無い。
美しい泉の側で、しみじみと思い返していると彼が側まで来た。
「ラクさん。
ぼんやりしてどうしたんだよ!
らしくないよ!」
らしくない…か。
商人魂ばかり見せていた俺しか知らないから。
泉の復活後、沢山の料理で宴会となるも俺だけ盛り上がれなくて。
「ほら、点々の魚も参加してるのに。
こっちに行こうよ!」
点々の魚…。
まさかの『泉の主様』の名前なのか?
彼の名付けの謎については、ラオ殿から聞いた事がある。
ため息をつく俺の横に座ったコウは。
「ここって。本当に綺麗だよな。
『とっておき』がぴったりでそれを守っていた人もいて。
彼女は嬉しそうだったよ。
ラクさんに会えて」
普段のコウは、空気を全く読まないのにこんな時だけひとの心の中にスルリと入り込んで来る。
スクーラ様の最後は、クーとの別れをも思い出して…。
「俺。良いもの見つけて来たんだよ!
ほら、これ!」
コウの手のひらの上には…
小さな緑の球。
でも。その球には二つの目がある。
クー!!!!
それは、まさに産まれたてのクーのようで。
産まれたての精霊の姿だったのだ。
コウの手のひらから、ぴょんと俺の肩に飛び移るとクルクル回っていた。
「うーん。せっかく見つけたけどラクさんに懐いたんだな。
やっぱ、『ムーラ』の人だな」
そう言い終えると、もう別のものに興味を移したコウは仲間の元へと戻っていった。
俺は、ゆっくり緑の球を見つめて。
そして…。
「おーい。ラオ!!
やっぱ、あの緑の球はラクさんに懐いたよ!
ほら、ラクさん。
珍しく優しく笑ってるし。ね!」
遠くからコウの声が聞こえた。
ふふふ。
どこかでスラーク様の笑い声が聞こえた気がした。