久しぶりです。それ何ですか?
ーコウ視点ー
『田中食堂』の朝は早い。
だけど、俺は納豆の仕込みの為更に早く起きた。
まだ、夜明け前だ。
薄っすらと色づいた朝焼け前の空は美しい。
縁取りしたように、染まる空の端に、徐々に光りが眩しく煌めき出す。
やがて後ろは『デレントの原生林』と言う美しい森を徐々に染め上げる朝日が昇る。
朝日が登ると、一礼して柏手を打つ。
何となく続く以前からの習慣だ。
さあ。やるぞー。
朝ごはんの準備の為に台所へ行けば、遅れて到着した弟子が釜でご飯を炊いていた。
当初から見れば、もう一人前と認められる程上達したと思う。
彼の付けている手帳をオリドさんが見せてくれと強請って断られていた。
分かる…献立とは料理人の宝だからな。
後から後から到着した人達で裏の御屋敷はちょうど良い大きさに感じるようになった。
でも。
なんでアーリアさんまで住んでるだ?
神殿へカリナと共に帰らなくて良いのか?
カリナは帰ったのに。
なんかぶつぶつ言ってたけど。
帰ってから数日で、この人数。
勿論、お米とくれば!
飯の友。
様々な物を用意する。
焼き魚。
漬物。
味噌汁。
(因みに今日は豆腐とわかめの味噌汁で)
卵焼き。
一番前のカウンターに並べると、ローテーションで朝ごはんだ。
全員が入るには少々小さい『田中食堂』なのだ。
カラン。
朝ごはんでバタバタしている俺は、振り向いて驚いた。なんで?
「久しぶりだな。コウ!」
快活な笑顔でまで扉を開けたのは、トックスさん!!
「トックスさん。お久しぶりです。部下のオリドさんにはとってもお世話になっています!」
俺が頭を下げると、ニヤリと笑って
「ふーん。オリドは役に立ってるようで良かったよ。久しぶりだな。オリドさん?」
あれ?
次のグループのオリドさんがいつの間にか食堂へ来ていた?
オリドさん。
嬉しいんだな。
もの凄いダッシュで、トックスさんに近づいて耳元で話してる。
商売の話かな?
「いちいちウルセェな。相変わらず、お前は…
まぁ、そんな事よりコウに土産を持って来たんだ。受け取ってくれよ」
トックスさんが連れてきた人達に店の中まで運ばせたのは。
甕
「これは…」
デカイ。
俺がすっぽり入りそうだなぁ。
うーん。
古酒の甕みたいだけど…。
俺が甕を見ていたら、トックスさんが事情を説明し始めた。
それは…
「これには、事情があってさ。
まあ、聞いてくれよ!
俺はある時、思いついて買い出しに行ったんだ。
山合いの小さな村だ。
とにかく、美味いものがあると。
かなり山深いその場所へは、昼過ぎにやっと着いた。
村と言っても数件の家があるだけで。
トントン。
手前の家から順に扉を叩いたけど、誰もいない。
結局、どの家にも誰一人いないのだ。
そこまで来て、やっと俺は何かおかしいと気がついた。
なんでこの村へ行こうと思ったんだ?
そう考えて、初めてその記憶が無い事に思い当たる。頑なにそう考えた俺は行き先すら告げずに朝一に飛び出した。
何故…
怖くなった俺は慌てて帰ろうと、踵を返して山道を下り。
そして…コケた。
あぁ、そうだよ。
かなり、崖を滑り落ちて怪我をした俺が、遂に悪運も尽きたかと思ったその時、
『アンタ大丈夫かぁ?』
崖の上から声がして。
俺は助けられたんだ。
その崖の上から俺を助けてくれたのは…
お婆さんで。
怪しい雰囲気もなく、優しいお婆さんに怪我の手当てもして貰い、俺は助かったんだ。
お婆さんに厚く礼を言うと、ひとつ頼みたい事があるって言われてな。
お婆さん曰く。
『この甕を『田中食堂』へ持って行ってくれないか?』
甕は、手のひらに乗るほどのもので。
俺は勿論、請け負って家路に着いた。」
食堂は異様な静けさの中にある。
その空気を全く読まないで、トックスさんが続けた。
「この甕。成長するんだよ。
その上、蓋は開かないままに持って来た。
受け取ってくれ!」
え?
怪しさ抜群の甕を?
甕なのに、成長するのに?
しかも。くれた人すら怪しさ抜群でさ。
ゴト。ゴトゴトゴト!!
か、甕がゴトゴト動き始めた。
俺は思わず飛びついて鎮めようとしたその時、
甕の蓋が開いた!
『あー疲れた。
長旅って。年寄りにはキツイな。
さあ、コウ殿。呼ばれているので我と共に参りましょう』
甕の中には、青い魚が口をパクパクさせて唾を飛ばして(と、思える風情で…)いた。
???
俺の頭のの中まで、被害が広がってる?
甕って。
魚住める??
魚って。
人間語喋れる??
あ!!
トックスさんが倒れてた。
(オリドさんが受け止めていたが…。)
一緒に居たはずのトックスさんの部下さんの姿は既になく。
倒れたトックスさんの足首の包帯らしきものが、葉っぱが巻かれているのに気づいた者はまだ無い…