プレストン隊の戦い…
ーザイドの告白ー
「お前達の決断は?」
プレストン様の問いかけは、数日前の出来事に遡る。
それは…『田中食堂』の長期休業に伴うもの。
それはプレストン隊存続の危機だと全員が思った。
だが、プレストン様のお考えは違った。
「これから本格的に『田中食堂』を狙う者達が来る。例え主様が森を閉じて食堂自体を隠されてもそれは変わらぬ。
何処にでも馬鹿は発生するから厄介だ」
馬鹿ってもしかして、貴族連合の事だろうか?
発生するって虫のように…。
「お前達には、ふた通りの道を用意した。
ムルゼアに戻り、スレッドの元で騎士として働くか。このまま留まって『田中食堂』を守るか、だ」
全員の答えを数日後に出してくれと言い終えて、プレストン様は帰って行った。
それからは、大騒動だった。
それはそうだろう。
元々、我々は国に忠誠を誓った者。
『田中食堂』保護の任は、命令によりこの地にあるのだ。
他の者は分からないが俺は決まっていた。
それは、この生活の中で感じた事だ。
だから、
俺は、ハッキリと答えた。
「このまま『田中食堂』保護の任に当たりたいです。よろしくお願いします」
一人づつ呼ばれて、俺はプレストン様と向き合うなりそう願い出た。
プレストン様は笑顔で頷いた。
「ザイドならそう申すと思っていたわ。
だがな、予想外の展開になってな。正直驚いた。
今まで一人たりと、ムルゼアへ戻る選択をした者がいないとは。
この地の重要性は申すまでもない事。
だが、皆がその事を理解しているとは。まあ嬉しい誤算というヤツだな。ハハハ」
結果、全員が俺と同じ決断をした。
だが、その決断が正しかったと知るのは僅かその数日後の事で。
貴族連合は、プレストン様がムルゼアへ戻ったのを見届けた途端に襲って来たからだ。
なんと畏れを知らぬヤツらは、『デレントの原生林』まで手を伸ばす。
無論、我々が総力を持って食い止めた。
だがその後も、攻防は激しさを増すばかりで。
疲弊もかなり進んだそんな時。
プレストン様より差し入れが届いた。
なんと『コウ殿の飴』!
それは、威力の凄さに磨きがかかっていた。
と、言うより満身創痍の者達の命を救った『飴』だ。
食べた者の怪我を一瞬で治すだけでなく、パワーアップまで。
そのお陰だろうか。
敵も疲弊があったようで、攻撃が止んだ。
荒らされた農地や、村の復興に汗を流す我々の元へ届いた一報に全員が固まった。
「貴族連合壊滅…ラドフオード殿下が王城へ」
やっとだ。
やっと…。
貴族連合に蹂躙されていた民の歓喜の声が聞こえた気がした。
特に『ヒバワ』の主様が眠りにつかれてからは、水も枯れ始めムルゼアは、更に暮らしにくくなった。
俺もムルゼアの近くの町の出身だ。
だが、水不足から両親が遠出していた際に闇影獣にやられたのだ。
その後、兄達が育ててくれた。
その兄達も商売でムルゼアへ向かう途中で闇影獣に出会う。辛くも騎士に助けられ一命を留めたが…。
だから。
だから、絶対に国を守る騎士になりたかった。
その一報は…我々に歓喜の夜を齎した。
喜びに湧く我々だったが。
その後も闇影獣の出没が相次ぎ我々の任務はより厳しさを増した。
そんな折、突如『デレントの原生林』の森から『田中食堂』が姿を現したと連絡が入る。
久しぶりに見る『田中食堂』は全く変わらない姿で。ホッと胸を撫で下ろす我々の前になんと、スレッド様が!!
聞けば、コウ殿に『ナットウゴヤ』を頼まれたとか。
『ナットウゴヤ』…何のことか分かるものはいないがスレッド様が一枚の設計図を広げて初めて全貌が理解出来た。
こんな。
これでは、『デレントの原生林』を開拓する事になるはずで。
許される訳もなく。
は?
「だから、主様に許可は取ってある。
ルーザ様のお墨付きもある。
この設計図の完成予定はあとひと月で頼む」
ひ、ひ、ひと月??
この御屋敷らしきものも??
我々は固まった。
無理だ。
これは、どんな努力をしても不可能に違いないと申し述べようとしたら
「人手・資材・その他必要なのものは全て手配する。無論、手伝いを頼みに来たのだがそれより、主様やコウの意に沿うものにしたい。
その手伝いを頼みたいのだ」
なるほど。
それから、時間との戦いだった。
とにかく拘った設計図は、どんなに人材があっても時間を必要とする。
いよいよ『コウ殿、ヨーゼストを出航』の知らせに内装チームと建築チームの双方の顔色が悪化した。
それからは、交代制だが夜間もそのまま作業を続けた。その間もレーベの村は寮のようになっていた。
このままでは、不味い。
俺は思い切ってプレストン様に手紙を認めた。
すると、なんとその次の日にプレストン様がレーベの視察に訪れた。
そして「これは片手落ちだ。必ずコウはここへ寄るぞ。その時、不信感を抱かないレーベ村にせねば!」
良かった。
プレストン様の一言で一気にレーベ村が整って行く。
それはコウ殿到着の一報が届く二日前。
完成したのだ。
ま、ま、間に合った。
疲労感もそこそこにプレストン隊は、いつコウ様御一行が来ても大丈夫なのように、畑や村での作業を続けた。
そして、遂にその時が来た。
笑顔で手を振るコウ殿に感激した農村部の者達が必死に笑顔で手を振る。
その後、涙ぐむ者が続出したが…。
村の中で、通りかかりに声がかかる。
え?まさか…俺??
確かに今、自分の名前を聞いた気がするが…。
その後、コウ殿との会話は、何を言ったのか正直思い出せないくらいの緊張感で。
だが、覚えている事もある。
俺を覚えていて下さった事。
そして、食堂へ誘われた事。
緊張しても、それだけは覚えている。
そして、
他の者達も『食べに来てください』と言う俺や村人へのお誘いに歓声を上げそうになっていたらしい。
新作…料理…。
行き過ぎた後で、ジワリと今までの事が頭を駆け巡る。
沢庵…
貴族連合…
闇影獣…
そして。
その夜、レーベ村の者達全てが何と店に招かれた。
あの小さな店に?
疑問は即解決した。
テントが幾つも張り巡らされていた。
テントの中に、テーブルや椅子がある。
そして…
テーブルいっぱいに並んだコウ殿の料理。
それは、夢にまで見たもので。
沢庵を食べた日を思い返しながら、『ビール』や『オスシ』を頂く。
何という美味しさ。
染み入る暖かな力の流入は、きっと生涯忘れる事はない。
そしてそれは、プレストン隊全員の意見であるのは間違いないだろう。
初めてコウ殿の料理を食べる者など。
(号泣してるヤツもいる…)
まあ、泣いても恥ではない。
それほどの感動の味なのだから。
「ザイドさん。来てくれたんですね。
これ!イカの味醂干しの焼いたもの。
どうです。新作なんですが。
良かった。美味しいって言って貰えるのが何より嬉しい一言で。
やっぱり、故郷っていいですね」と、コウ殿。
それから数日後…。
イカの味醂干しと飴を土産に貰った俺は、休暇も貰った。
数年ぶりに家族に土産を持ち帰京した。
怪我をして以来、調子の悪い日が多い兄達にと土産を持って。
その後、我が家の家宝となるものがあった。
それは…小さな『袋』。
そうだ!あの土産の飴の空袋。
いつまでも、大事そうに飾られていた。
元気を取り戻した兄達の手で…。