その頃、船の上では…
ーオリド視点ー
コウ殿とルスタフ殿が消えた。
スタン殿が駆けつけた時に、岩達が2人を攫う所を僅かに見たらしい。
迂闊だった。
あ・の・コウ殿だ。
我らとの約束など別の理由で、アッサリ破るに決まっている。(その上、本人は全くその意識がないから困るのだ…)
「とにかく、持ち帰った情報を整理しよう」
落ち着いたスタン殿の声に話し合いは続く。
しかし、コウ殿達はその夜になっても、
翌日になっても戻って来ない。
『水産む岩』の伝来について、ヨーゼストに問い合わせたゼン殿は特に情報も得られない。
いや。
不味い情報だけは。
「『水産む岩』は特別な存在。もし、コウ殿が失敗したら戻って来る道は開かれないかもしれない」と。
我らの予測は、別空間へコウ殿達は攫われただろうという事だ。
その道を開いたのは『岩』
その相手に恨まれてはと。
その話の頃から、バリー殿とスタン殿の意見の対立が始まった。
すぐさま、コウ殿を助ける行動を起こしたいバリー殿達。
むやみに動くのはかえって、コウ殿の助けにならないというスタン殿とゼン殿。
3日目になると、その対立は深刻なものに変化し出した。
親衛隊の隊長であるスタン殿に、バリー殿の目が殺気を帯びる。
不味いな。
金だけ人間と言われる私でも、さすがにこの流れは頷けない。
私は、珍しくコウ殿を特別な存在として見ていたのだ。商売より時には重く。
だから…口を出そうと前に出ようとしたら、突然、空の上からコウ殿の声が!!
『喧嘩……ダメ……』途切れ途切れの声は元気そのもので。
全員が上を見上げその瞬間に、
ソレは降って来たのだ。
『気つけ薬』!!!
「「「ウゥワーーーー!!!!」」」
叫び声が船の上に響き渡った所で意識を失った。
後から聞いたら、ゼン殿の除く全員がだ。
もちろん、暫くして目を覚ました時の私の体調は最高の状態だった。(全員がそうだ!)
何なら古傷さえ全て無くなる。
恐ろしく効力のあるこの『気つけ薬』!
だが。売り出さない。いや。売り出せない…
コウ殿!!
料理人なのに、何故薬はあんなに不味いんですか?
味さえ。
味さえまともならあの効力は、どれ程の人の命を救うだろう。
何と。勿体無い事か!
あぁ。商売人としてこんなに悔しい事はない。
あの『気つけ薬』を空から撒いた後、コウ殿の姿は消えたらしい。
しかし、良い事もあった。
コウ殿を目撃した事が功を奏し、バリー殿は少し冷静さを取り戻したのだ。
「頭に血が上ってすみません」と、スタン殿に謝っていたのだ。
やっとだな。
2人がお互いに、苦笑いで仲違いを収めようとしたその時!!
突然、船がグラグラと揺れ出した!!
急いで全員て甲板へと向かうと、川のあちこちから、岩達がこの船めがけて押し寄せ来た。
物凄い数の岩達が殺気を纏って近づいて来る。
「不味いな。コウ殿達が失敗したのかもしれない」とゼン殿の台詞に一同が固まった。
何と?
失敗…だとしたら…
咄嗟に、ゼン殿に噛みつきそうな自分に驚く。
コウ殿に何かあったのかと。
この私が?八つ当たりとは…。
コウ殿の事になると、冷静さが欠けるか…
今一度、周りを見て考えてを纏まる。
今まで、一度たりとも無理な状況に屈した事のないコウ殿だ。
遭遇した事もない。未知なる出来事もコウ殿のあのマイペースで全て解決して来たではないか。
今回だって、変わらない。
必ず突破してくる。
よし!やるべき事をやらねば!
まずはこの岩をどうするかだ。
幸い、私も攻撃手段を持つ身だ。
細身のレイピアを胸から数本取り出して構えた。
一つでも、敵を倒すしかないと。
ところが…
「オリド殿。私が防ぎます。
あの岩達は、精霊の一種だと思われる以上攻撃は最終手段でお願いします」
ゼン殿の申し出に頷いて、構えたまま後退した。
精霊…我々マルス帝国の民にはあまり浸透していない存在だ。
とうの昔に、マルス帝国からはその姿を消したと言われている。
ゼン殿に任せるしかないな。
(だが、構えは解かない。私程度の実力では急な攻撃に対処が難しいからな)
ゼン殿が防御魔法を掛けようと一歩前に出た。
掛ける寸前で、またもや自体は急変する!!
甲板にいた岩達が何故か川へ一斉に飛び込んだのだ!
何故?では何しに来たのか?
そこに、のんびりとした声が響いた。
「おーい。みんなぁ!」と。
!!!
あの声は…コウ殿!
声のする方を見れば、なんとコウ殿とルスタフ殿が岩達に波乗りするように運ばれて来る所だった。
良かった。無事だったのか。
「喧嘩は終わったのか?
もう。俺びっくりしたよ!」と開口一番で。
いや。ソレはこちらの台詞だから!!
全員の心の中が一つにまとまった瞬間だった。
通常運転のコウ殿だ。
「無事で良かったです。おかえりなさいコウ殿」
バリー殿が声を掛けている。
コウ殿の詳しい話は要を得ないので、ルスタフ殿に聞いた。
曰く山の頂上にある滝壺に『水産む岩』はいると。
そして『ぼた餅』と『気つけ薬』で完治させて帰ったと。
な、なんと!!
『気つけ薬』を…まさか…。
疲れた表情で頷くルスタフ殿に真実だと理解した。
成る程。
だから先程の『岩達の攻撃体制』になるんだな。
しみじみと感じたのは私だけではないはずだ。
やがて、船は出航した。
その夜、何だか眠れない私は甲板へと向かうと先客を発見した。
珍しい。
彼の寝付きの良さは有名だからだ。
「オリドさん。ここから見る河岸の景色が綺麗ですよ」と、誘われた俺がコウ殿の隣から見た景色は町や村の灯りが微かに見えるものだ。
綺麗か。
確かにそうだ。
何故ならついこの間まで、この辺りはとても闇影獣が暴れまわっていたからだ。
灯りすら無い景色だったのだ。
今は『守り石』とラドフオード殿下率いる隊員が被害を最小限に抑えている。
「それより、寒くはありませんか?」
柔らかな布を懐から出して肩に掛けた。
夜風は冷たい。
「ふふふ。
まさかのオリドさんもか。伏兵だったな。
男前台詞や、レディースファーストで決めて来るとは…
まぁ、俺相手な所がおっちょこちょいだがな。
なぁ。オリドさん。
川の流れを利用してのこの交通手段はいかがですか?船着場を用意して。
更には、船着場には蔵や倉庫を用意します。
保管場所の確保が更に交易に生きると思います」
コウ殿の台詞のうち、半分は良く理解出来なかった。
確かに川を使う交通手段は凄い案だ。
だが、それ以上に気になる事がある。
この『誰も知らない知識』を何故知っているのだろうか?
聞いた事もない言葉は?
何の意味なのか?
いつも、後から大発明や大発見となるが…
とにかく、メモは忘れない。
『知識は財産』
ラクゥド様がいつも言われる言葉だ。
我々商売人にとり、コウ殿の何と貴重な事か…。
コウ殿の言葉を集めたこのメモは私の宝だ。
今後の商売が。
いや、この世界全体の交易が変わるだろう。
小さな町や村に、食べ物や薬が届く。
それがどれ程重要な事かは、小さな村の出身の私が一番知っている。
時に、それが人の命すら左右すると…。
それから、コウ殿は甲板から部屋へと戻って行くのを見送った。
翌朝、コウ殿が今になって突然船酔いでダウンするとはこの時は思いもしなかったが。
そして、この船酔いのコウ殿の為に一番近くの村へと向かう事になる。
そして。
この村で新たなメモがまたも増えてゆく。