キヌル名物が生まれるまで…
ーとある見習いの独り言ー
ムルゼアにある『キヌル直営店』に勤めて早5年。とにかく、マルス帝国の田舎者の僕にとって刺激的な日々だった。
見たこともない人々に会ったりもした。
その中でも、フラリと現れるラドフオード殿下などその筆頭だ。
初めて殿下が来店された時はまさか王族の方とは思ってもいなかった。
髪はボサボサだし、気さくな雰囲気で店の新作に興味津々の様子は正直可愛らしさすら感じていたから。
あ!
今はそんな恐れ多い事は思ってもいません!!
でも。初めての時は…
「なぁ、これ新作かい?」
と、話しかけられたので、昨日覚えたばかりの新作の情報をご説明したんだ。
「はい。大変貴重なもので『干し柿』と言います。あの有名な料理人である『コウさん』の指導のもとキヌルの隠れ里村の特産になります」
とても嬉しいそうに聞いていらして、
「えっ?
あの隠れ里村かい?おー。あそこの果物は絶品だからね!俺の大好物なんだよ。」
と、言うなり大量に抱え出したので僕は慌てたんだ。
そんなに沢山…。
いったい何人で食べるんだろうと。
そしたら、
「一人だよ。コウの新作と聞けば絶対食べなきゃだろ!」
まぁ、そう言うお客様は多い。
店の宣伝にも『コウさん』のお名前を入れれば飛ぶように売れるから。
(僕もファンの一人だから、良く分かるけどね)
それにしても、この量は…と躊躇していたら一人の男性が後ろから現れたんだ。
「ふふふ。面白いですね。
私がこんなに忙しく働くていて、休む暇どころか寝る暇すらないと言うのに。
また、コウの新作の買い出しですか?」
振り返ったラドフオード殿下の顔色はあからさまに悪くなった。
お知り合いと知らない僕がキョトンとしていたら、『干し柿』を買い占めた殿下を引き摺るように男の人が連れ去ったんだ。
後から店長に
「あれが元宰相のスレッド様だ。
あの方に逆らえる人間は存在しないらしいぞ。
それにな、お前が接客したお客様だがな。
あの方は『ラドフオード殿下』だ。」
その時の僕はそのまま気を失いかけましたよ。
だって、王族ですよ!!
普通に歩いてるなんて思わないでしょ!
有名な近衛隊のガイ様とか側にいると思うでしょ!普通は!!
焦りからちょっとおかしくキレてた僕に店長が肩に手を置いて慰めてくれたんだ。
「まぁ、ラドフオード殿下に限っては、こう言う事多いからな。
うちの店のお得意様だから、また見えるが特に気をつけなくて大丈夫さ。
我がラクゥド商会の後ろ盾だし」
それからは、ラドフオード殿下始めガイ様も良く見えるようになった。
それだけじゃないんだ。
有名なあの『ヨーゼストの魔女』ことマーラ様達や、遠くボルタの無双騎士団の方まで。
最近では驚く事も少なくなってきた。
と、油断していたと思う。
ある日店長に。
「お前、これから本店に行って来い。呼び出しだ」と言われた。
ビクッとして、焦った。
そして、改めて固まった。
本店とは、もしかしてクビ?
強張った顔のままで僕は本店へと向かう。
本店は、一般客向けではなく大口の販売先のみに開かれた店なんだ。
だから、ラクゥド商会でも腕利きのみが勤務出来るところ…別名地獄の穴。
呼び出し後、姿を見る事のなくなった者が続出してるらしい。と他店の友人に聞いたんだ。
何をしたのか。
自分では覚えはないけど。
(クビは嫌だなぁ。せっかく楽しくなってきたのに)
立派な店構えが見えてきた。
後ろには蔵が並んでいるのが見える。
門番がいるのも本店のみ。
僕が名乗ればすんなり通された。
やっぱり…。
ダメージいっぱいの未来図ばかりが頭に浮かぶ。
案内をしてくれる警備の人を追いかけるも、クネクネ曲がるから帰りが不安になる。
やがて、扉の前に止まる。
トントン。
「ご命令通り、ルセを連れて参りました」
「入れ」
渋い声に「失礼します」と上擦った声で中へと入る。
中は、あまり広くなかったが立派な本棚に圧倒される。
応接セットに腰掛けるよう勧めされ座るもお尻が沈み込んで小さく息を飲む。
「ハハハ。見た目より沈むだろう。
ここへ来たヤツは皆んな驚くんだよ。
まあ、それより本題に入ろうか。
転勤命令だよ。
その顔だと噂に騙されてクビとか考えてたな。
ここは、だいたい転勤命令の際に呼ぶ場所なだけ。
さて、君にはキヌルへ向かって貰いたい。
そこで指示に従ってくれ。以上だ。
あ!護衛は付けるから安心しなよ。」
キ、キヌル??
僕は自慢じゃないけど、マルス帝国以外に出たこともない。
不安はあれど、クビでなかったのだ。
緊張してたのか、いつのまにか店に戻ってた。
ラクゥド様と初めてお会いしたのに、何を言ったのか覚えてないなんて。僕はこの先大丈夫だろうか?
やけにご機嫌な店長に
「おい、出世だぞ!キヌルは今やラクゥド商会の大切な取引先だ。良いものを仕入れてくれよ!」
と、言われやっと実感が湧いてきた。
僕は、キヌルへ行くのか。
仕入れなのかなぁ?と。
翌朝すぐに出発となる。
『商人は素早さが肝心』
ラクゥド商会の標語だ。
護衛の人もラクゥド商会の人で、あっちでまた護衛任務に当たるんだとか。
仲良くなってキヌルの噂を聞いた。
信じられない事に闇影獣が出なくなったとか。
だから「噂は、信じない方が良い」と
僕は実感を込めてそう言ったんだ。
彼もそうだよな。と言って笑ってた。
キヌルに付いて、なんと王城へと呼ばれたんだ。
完全に、僕の許容範囲外!
あまりの立派さに頭は既に真っ白で。
呼ばれた一室にいたのは、なんと
あのオリド様の部下の人。
僕はそれから信じられない事を聞いた。
「ここからマルス帝国への街道の整備が済んだのだ。
名産品と宿屋の整備をして、観光都市として成り立つようにするぞ」
驚いて戸惑う僕に彼は『アイスクリーム』を進めてきた。
何?こんなに美味しいものがあるなんて!!
「これはすぐ溶けるから何処にも運べない。
だからこその、夢の観光都市なんだ」
カンコウトシ??
詳しく聞いてもピンと来ないけど。
王族の方の提案を詳しく聞いて少し理解したんだ。
「街道の整備が済めば、人の行き来が可能になります。物の流通も含めて宿場町を作り観光都市として売り出したいのです。
コウ殿の言われる『楽しい温泉街』とか『牧場見学』とか。
そんな夢のような話を私は叶えたい」
まあ、こんな内容だったみたいだ。
僕は『コウさん』の名前を聞いて納得したよ。
彼なら不思議は無い。
笑顔をもたらす料理人だから。
僕は改めてカンコウトシを頑張ろうと決意した。
ーその後ー
彼は『アイスクリーム』の販売を一手に任されキヌル名物へと発展させる。
街道の何処でも売っている名物『アイスクリーム』これを目当ての観光客も多いとか。
評判は遠くヨーゼストにも聞こえたとか。
その店の名は『夢のカンコウトシ』だった。