秘密の…
ーラシェット視点ー
レレベ村へと、避難をさせられた俺達。
コウ殿には、我々は未だ12歳の子供なのだろう。
コウ殿曰く。
「ここは有名な温泉地なんだよ!
もう!温泉饅頭とか温泉卵とか美味しいものもいっぱいあるから楽しんでくれよ。
用事が終わったら、すぐ来るから。」
別れ際に、何度も宿屋の主人に我々の事を頼んでいった。
が、正直我らより強い者がここにいるとは思えない。
ま、温泉は…気に入った。
仕方ない。ウィンゲルドへの同行は出来なくても良しとしよう。
それに…。
我々のみだからこそ、出来る事もある。
隣を見れば、ブルスタッドも頷く。
今夜がその時だな。
その夜…
我々はある魔法の葉を取り出して宿屋の庭で燃やした。
すると、宿屋の主人が飛んで来て。
「子どもは、火遊びしてはダメだよ。
これは没収するから!」と、取り上げようとして
そのまま、倒れた。
ぐーぐー。
寝息から、作戦成功とわかった。
風魔法で、煙を街中に充満させると大きく、空に向かって石を投げた!
石は、かなりの高さでピカッと光ってそのまま消えた。
光は、文字のような模様を残して消えてゆく。
文字を読める者。
それは我らの仲間のみ。
人間には決して見ることも読み解く事も叶わないもの。
『ふん。誰かと思えばルーザの所の若僧か。
この手段を知っているという事は、母親の入れ知恵だな』
大きな狼の影が庭に降り立つ。
『ふふふ。その若僧の仲間であるコウに助けられたのは、どこの誰だ?』
小さな猫の影が笑う気配がする。
『戯れ言はよい。要件を聞こうか。』
飛んで来た影から梟と理解したが、その言葉からは愛想がない。
《狐はどうした?
コウがせっかく骨を折ったというに。》
白猫が影から出てきた。確かな実態を伴って。
『ふん。相変わらずお前は煩い。
自分が我らより一段上にいると思ってその様な』
狐の長い尻尾がぶるんと震える影からは如何許りか怒りを感じる。
ラシェットは心の中でため息を吐いた。
こんな難しい事を頼んだ母親は、何を考えているのかと思いながら。
『皆様。今宵はルーザの誘いにお越し頂きありがとうございます。
皆様ご存知の通り、ようやく本物の地図が手に入りました。その事で』
予想通り話の途中で割り込まれる。
なんと、麗殿か?
この中で最も冷静沈着だと聞いていたのに。
『まずは、狐・そして太郎。
この難所にあって、救いの主であるコウ殿に我儘な態度改められよ。』
え?
そこなの?怒りのポイントは?
我が母ながら、責を負うべきはルーザであろうと予想していたのだが。
『ふふ。浅いの、若いの。
ルーザの件など、既に本筋ではない。であるからここにおるのだ。
本筋は、新種。
そしてそれを産み出した我らにある。』
黒猫からの指摘は、痛い所を突かれたようで一同静まり返る。
「あのー。新種を産み出したのは人間では?
それが証拠にハーフしか扱えぬ『光る秘石』が現れたのでは?」
ブルスタッドが珍しく否やを唱えた。
《確かに、直接的にはそうやもしれぬ。
したが、我らが責を果たしていたらどうだったか?
この世界に、そもそも闇影獣を産み出した責を負うべきだろう。》
ツィー殿の返答にブルスタッドが黙り込む。
理解出来ても納得いかないのだ。
《とにかく、その地図を頼りにアレを手に入れれば、我らは本来の姿を取り戻す。
そうなれば、人間達を救う事が出来よう。
問題は…》
ツィー殿の話を遮ったのは、これまで発言のなかった狐だ。
『あれを一度は『田中食堂』に戻すべきでは。
あの地があれにとってエネルギーを得る場所であるのだから。
何せ、異世界から食堂自体を移転したのだ。』
思いかけず、ツィー殿が反対した。
あれほど、コウを待ちわびていたのに。
《そればならぬ。選ぶはコウ。
その理りは曲げられぬ》
全員が行き詰まっていたその時、思いもかけない来客に俺はギクリとして振り返った。
『こんなところに集まって、悪巧みか?
まぁ良い。良いことを教えてやろう。
お前達が探していたあの本。
なんと、コウが持っていたぞ?
その上…ま、言わなくても分かるだろうな。
黒猫。管理下にあったのではないのか?
ふふ。怒るな。
まぁ良い。
しかしコウを利用するばかりならば、我々も黙っではいないぞ。忘れるなよ!
まぁ、コウはあの本のお陰ですっかり行く気満々だったよ。お前達…また救われたな!』
カエルは、言い捨てるとそのまま去って行った。
その言葉を聞いて…
目的を達成したとみて、全ての影は一瞬で消えた。
そもそも、母ではない我々にはこの誘いは辛い。
身体が傾いていく。
《お前達にコウを託すぞ。
それはこの世界にお前達が生まれ出た意味を知る旅にもなるだろう。》
羨ましそうなツィー殿の最後のセリフは、力が尽きかけてふらふらになった俺達には、半分しか聞こえなかった。
翌朝。
庭に倒れていた俺達を見つけたのは…コウ殿!
物凄く心配したコウ殿が、お父さん化したのは誤算だった。
が、少し暖かな心持ちになったのは秘密だ。