再び、ウィンゲルドの街へ
ーコウ視点ー
「コウ。もうすぐウィンゲルドだ。そろそろ起きろ!」
ラオの声にハッとして目を開けた。
ふふふ。
俺は進化しました!!
そう!なんと馬の上でも寝れるんです!
凄いっしょ!
人間は慣れの動物だと言うけれど、本当だね。
身をもって理解したよ。
でも、おかしいなぁ。
長い煙突は見えるけど、煙が上がってないとは。
ウィンゲルドは、鍛冶屋の街。
それも世界一の鍛冶屋の街なのに、煙がないなんて何か異変か?
俺の焦りは皆んなと同様だったらしく、馬の脚が早まる。
道や周りの森などに闇影獣の被害などの影響は見受けられない。
違う原因か?
色々考えたけど、入り口に来て更に違和感が出る。
『歓迎!鍛冶屋の街 ウィンゲルド』
看板…なに?看板流行ってるのか?
あれ?
街…間違えたんじゃねぇの?
これ!
街路樹が植えられ、美しい街並みには開放的な店が立ち並ぶ。
椅子やテーブルが、野外にも置いてあり雰囲気はいいよ。
そりゃ。
ここがウィンゲルドじゃなけりゃ、な!
あっけに取られてるのは、スタンさんだよ。
口…開いてますよ!!
お?
『ここでしか飲めないビール工房 3号店』??
な、なにーー!!
まさかの『ビール』?
じゃあ、無双騎士団の皆んなに後を託したあれ?
支店化とか、マジか!
スゲッー商才。無双騎士団なんでもアリだな。
キョロキョロしながらも、とにかく目的の店へと急ぐ。
注文しっぱなしは、不味いしな。
信頼関係は、大事よ。
お、ゾーケルの店が見えて…
「馬鹿やろう!!お前の言うことなんか聞くわきゃねーだろ!!おととい来やがれ!」
「馬鹿ですね。おとといなんて来れる訳もない。これだから頑固オヤジはダメなんですよ。」
「はー?言葉の綾ってのも解さないヤツは、やっぱセンスねぇなぁ。
お前とは、トコトン気が合わねぇ!」
「ふふふ。これだから素人は困る。
いいですか?商売は好き嫌いではありません。そのお年でそんな事も知らないとは気の毒な。」
「こ、こ、このやろう。出て行きやがれ!!」
扉の外まで聞こえてくる怒声…。
あー。
安心したわ!
通常運転なゾーケルさんだよ。
ここだけは、いつも通りのウィンゲルドみたいだな。
だけど、相手は誰なんだろう?
あの、ゾーケルさんにあれだけ言い返せる人って。スゲッーよ。
俺、尊敬するし!
俺は店の扉を開けて呼びかけて固まった。
「ゾーケルさ」セリフも途中で止まったよ。
だって…
。。。
「これは、コウ殿。お久しぶりです。
置き去りにされて以来ですね。」
な、なんでー!!
まさかのオリドさん??
何でここに?
「これは失敬な。
もちろん皆様に追いつくためですよ。
ふふふ。情報集めは商売の基本。
それにここには、私の店の者が大勢おりますしね。」
店の者?大勢??
「はい。何せ『ビール』など沢山の新商品が登場して、その上鍛冶屋では世界一。
いまや『ウィンゲルド』は注目の街なのです。
今、ここに来なくては商売人ではありませんね。」
オリドさんのいつもの調子にちょっと笑えた。
まぁ。オリドさんもマイペースだからな。
ゾーケルのオヤジとオリドさんとは…
まぁ、こうなっても不思議はないわな!
オリドさんのセリフに俺が納得して頷いていたら、ゾーケルさんが近づいて来て、俺に『湯たんぽ』をし差し出してきた。
あれ?スタンさんと話し中だったんじゃ?
「約束したからな。俺達にとって『約束』は何より大事なんだよ。
お、それよりどうなんだよ!
良いのか?ダメなのか?
黙ってるなよ…」
俺は、ゾーケルさんのセリフを聞いてなかった。
いや。
聞いていたさ。
でも、頭の中に入ってなかったんだ。
それは…
俺の記憶の中にある『湯たんぽ』
そのままの姿で。
懐かしさと感動に釘付けとなって立ち尽くしていたから、様子を伺っていたゾーケルさんや周りの皆の視線に気づくのが遅れた。
「ど、どうなんだよ」
珍しく不安げなゾーケルさんが尋ねた。
「もう!もう凄いの一言です!!
やっぱり、ゾーケルさんは天才なんだ。
俺の記憶の通りです。本当にありがとうございます!!」
感激のあまり、店の外まで響く声になったけど、気にしてられないし!
「そ、そ、そうかい」
気圧されたゾーケルさんの返事に何度も頷く!
未だ感激して『湯たんぽ』を見てたら、オリドさんから疑問の声が上がった。
(たぶん皆んなの疑問でもあったんだろうな。)
「あの。
感激しているところ恐縮ですが、これの使い方は?
お湯を入れるとかこのオヤジから聞きましたが、それでは火傷の恐れがありますよね?」
ふふふ。
俺は、この日に備えて袋を縫いましたよ。
(ま、本当は弟子のナット君作だけど…)
お湯を慎重に入れて蓋を閉め、袋を持って入れるとゾーケルさんに手渡した。
「どうですか?
温かいでしょ。これをベッドの中に入れるんです。
すると一晩中温かなまま寝れますから!」
目を丸くするゾーケルさん。結構可愛いじゃん!
とにかく、実践一番。
『湯たんぽ』が、手から手へと渡される度に驚きの声が上がる。
よしよし。
俺は、久々の手応えと満足を感じて嬉しくなった。するとオリドさんから提案があった。
「これは、凄い。なるほど。
コウ殿の才能の本領を見せて頂きました。これなら必ず商売になります。
ゾーケルさん。私共と専売特許と参りませんか?」
おー、ゾーケルさんの顔が真っ赤だ。
『専売特許』が気に入らないんだな。たぶん…
「俺はオメェのその考え方が嫌なんだよ!
コロコロ手のひらを返しやがって。この街を発展させたからって威張るんじゃねぇーよ!!」
ん?この街を発展させた??
何の事??
すると、クーパーさんの補足説明が。
「入って来て驚かれたと思います。
オリドさん達商人の皆さんは、このビール工房などの店の出店や、街づくりに多大な貢献をされたんです。」
おー、さすがオリドさん…やるなぁ。
俺が感心したいると、地獄耳のゾーケルさんがこちらへ怒鳴った。
「馬鹿やろう!!
コイツの手柄は大したことないんだよ。
お前だよ。
ほら、あっちこっち種まきしてたろ?
あれが街路樹になったのが始まりよ。その上、火石とくらりゃ、煙り無しの澄んだ空気のウィンゲルドの出来上がりよ。
おい、分かってるのかよ。」
ゾーケルさん…何で肩を落としているんだ?
分かってるって!!
あの種まきはカリナがやってくれたし、火石はキツネのお土産だから関係ないし。
と、なるとやっぱ、カリナしょ!!
『緑の恵み』の能力、改めてスゲーよ。
カリナを俺が見つめていたら、何故かカリナと目が合わない??
何だよ。アーリアさんと別れて寂しいのかなぁ。
「ま、通常運転だな。気にするなカリナ。
それにゾーケル殿もこれがコウですから。
それより先ほどから揉めておられたようなですが何かありましたか?」と、ラオ。
ゾーケルさんがため息混じりにテーブルの上を指差す。
「これだよ。
ほら、あの時コウから聞いたろ。
台所用品を作って欲しいとか、さ。
ま、暇だったから遊びで、な!」
あぁーー!!!
そ、それは!!
テーブルの上には
お玉・ボール・泡立て器・そして鍋の蓋!!
(しかし、照れ照れのゾーケルさんとか。
似合わない!!)
どうやら、これらの作品は、火石の礼にと忙しい日々を工面して作成したらしい。
台所用品だから、居酒屋とか訪ねてだいぶ工夫したとか。
(あー、全部クーパーさんの翻訳付きだよ…度を越した無口だしな…)
これだよ。
本当に苦労してたのは…
この世界は、蓋を文化が無い!!
そこで苦労して木の蓋を作ったけど、焦げるしね。
本当に凄いや。
そして… 有り難い。
鍋とセットとか(ピタッといくしなあ!)物凄く繊細な心遣いでゾーケルさんとは思えないし。
「お前なぁ。。まぁ、いいや。
気に入ってくれたみたいだな。お前が気に入りゃ俺は良いんだよ。
まぁ、そんなとこだ。
それをコイツが売り出したいだの、専売特許だのウルセェからよ。」
「貴方は鍛冶屋では優秀かもしれません。しかし!商売は私の方が理解出来ます。
これは人々の生活レベルを向上させる商品。この世に出すべきだと申し上げたのです。
それを、この頑固オヤジは。
ふー。センスの無い人間はこれだから…」
「なんだとー!この後を及んでセンスとか抜かすか!俺は鍛冶屋としてセンスを磨いてきたんだ。オメェのようなヒヨッコに言われる筋合いはねぇ!!」
ヒヨッコ?
えーー?150歳?
あの40代の顔で??
ボルタの人って、長生きな種族らしいよ。
スゲーな。それにしてもクーパーさんの翻訳機能。ありがたし!!
喧嘩混じりの言い合いにスタンさんも、ラオも止めに入るけど収まる気配は無い。
んー。困ったよ。
確かにオリドさんの言う通りで、世の中の役には立つ筈。でも、拗れていてあのゾーケルさんじゃなぁ。説得は無意味だし。。
そうだ!!
あれしか無い!!
「ねえ!それじゃ勝負しようよ。
負けた方が勝った方の言う事聞くやつだよ。」
二人同時に振り返ると、
「「それは何の勝負だ?(です?)」」
「じゃーーん!!
『利き酒』でーす!!」
まあ、お酒を飲むと仲直りをするっていうのがストーリー的な感じだろ?
(まぁ、オリドさんは底なしだから大丈夫だろうと予測した訳よ。)
それに、俺の秘蔵のコレクションも溜まったから皆んなに紹介したいし。
ふふふ。
狐にお土産を迷ってたんだよ。
これでどれが良いか決められる、かなぁ?
何せ『ビール』を気に入ってたから。
あー、狐。
元気かなぁ。
琥水以外にも、美味しい物を持って行きたいなぁ。何せ俺の料理好きだったから。
(お弁当全部取られたし。懐かしいなぁ…)
遠くでコーンと鳴き声がした気がした。