丘の上で。
ーコウ視点ー
それは、とても見晴らしの良い丘だった。
丘の上には、見たことも無い程枝を伸ばした大きな木があった。
その木の天辺にはこれまた見た事も無い大きな鷲がいた。
レイバン!!
何故だろう?
見た瞬間にハッきりと分かったよ。
でも、鷲は獰猛な眼で俺を見つめると急降下して襲いかかってきた!!
必死に屈んで避けたけど、鷲の爪が肩に当たったらしく服が破れていた。
血が出てないのが幸運な程の間一髪だ。
「レイバン!俺だよ!コウだよ。
ごめんよ。やっと来たん…あ、危ない!!」
話しかける声なんてまるで聞こえないかのように、鷲の攻撃が続く。
風圧に押されて転がる。やっとの思いで避けたが次は無い。
まるでそうだと言わんばかりに鷲は空高く昇っていく。
次こそは、と。
『ふふふ。レイバンに既に意思など無いわ。
お前の必死さに負けてここまで来る事を許したが、あれはもうダメだ。
単なる獣よ。
どうするんだ?
助ける手段も考えずにこんな場所へ来て。』
太郎!!
見れば大きさは違えど、確かに俺の料理に食いついていた太郎だ。
汗が額を流れ落ちる。
鷲の攻撃は怖いよ。でも…。
逃げる選択肢は無い!!
俺には分かる。
レイバンはレイバンだと。
あ!!
鷲の急降下に間に合わない!!
考え事のせいか、逃げる体制を取れない俺の右足に爪が食い込む!!
痛い!!!!
なんて痛いんだよ。
痛みで他の事なんて考えられない。
「やめろ!!」と暴れるも、そんな事で食い込んだ爪が取れる訳もなく、俺の右足は更に傷を広げる結果に。
「ああぁぁぁぁーーー!!!」
痛い。とにかくただひたすらに痛い。
血が噴き出る右足が、熱さと痛みで悲鳴を上げる!
レイバン。
心の中の呼びかけも、徐々に小さくなる。
痛みも強いが、レイバンにやられたという事実はそれ以上のものだったからだ。
ところがだ。
そのまま鷲は動かない。
俺も痛みで動かずにいた。
すると。
『おかしい?
何故お前はこの者を喰わん!
もう既に獣そのものになっておるはずなのに。』
との言葉が耳に入る。
痛みのせいか、内容まで頭に入らないがそれでも俺は顔を上げて鷲を見た。
両羽を広げた鷲はあり得ない程の大きさで、もし嘴を開ければそのまま俺を飲み込めるかもしれない。
やはり、大きくて恐ろしい。
でも…
鷲と目が合った……。
鷲はただ俺を見つめていた。
獰猛な眼は変わらないはずなのに、どこかレイバンの眼を思い出した。
「レイバン…。」
思わず呟いた俺の声を聞いた途端、鷲が身じろぎした。
そして。
鷲がゆっくりと俺から離れて行く。
足からは血が流れるが、それよりもはるかに異様な光景がそこにはあった。
それは…
鷲が羽を地面につけて引き摺って歩く姿だ。
情け無い姿も気にする様子もなく淡々と歩くその姿は、あまりにも異様なもので俺は痛みを忘れて今一度呼びかけた。
「レイバン!!」
しかし…。
鷲は、振り返る事もなく身じろぎをする様子もなく淡々と大きな木を目指し歩いてゆく。
これは何だ?
何が起きたんだ?
『まさか。あり得ない!!
本当に心を取り戻したと言うのか?』
え?
驚く俺に太郎のヤツが次の爆弾を落とした。
『まさかあのまま神木で己を貫くつもりか?』
「え?今なんて!!なんて言ったんだよ!!」
俺の焦った叫びにまだ驚きの中にいる声で太郎が答えた。
『神木のみが、トドメをさせる。そう言う決まりだ。』
!!!!
何て事だ!!
ダメだ!絶対にそんな事はさせない!!
レイバン…待ってくれー!!
心の叫びか、はたまた実際に叫んだかは分からない。だが、鷲の足運びが変わる事はない。
俺は自分の上着を脱いで、足をギュッと縛る。
痛い…本当は転げ回る程痛い。
でも、やるしか無い!!
立ち上がるには、更なる気合が必要だった。
あまりに痛い…でも、でも。
鷲の歩く姿を見れば再び立ち上がれると思えた。
レイバンは、俺を分かったんだ。
だからこそ、最後の力を振り絞って神木へ向かうのだと俺には思えた。
その思いこそが、更に俺の心を奮い立たせた。
俺も鷲の後を追うように、ふらふらと歩き出す。
とにかく、鷲のところへ…と。
ゆっくり歩く鷲と、ふらふら歩く俺。
このままでは絶対間に合わない。
どうすれば…その時だ!
あれは?
俺の目に映ったのは…
木に立て掛けてある『レイバンのモーリフ』だ!
あれはすっごい綺麗な音色を奏でる『モーリフ』前にレイバンが弾いてくれた事を思い出す。
その間にも鷲は神木へと近づいて行く。
だけど、俺はモーリフへ歩みを変えた。
そして、前世のバイオリンに似た楽器を手に取って構える。
バイオリンだって、もちろん『モーリフ』だって俺に経験なんて無い。
でも、レイバンの言葉が思い出したから。
確か…
『レイバン。素晴らしい演奏だったよ!』
『コウ。楽器とは…音楽とは心で奏でるものなのだよ。下手とか上手いではない。
忘れないでくれ。』…と。
俺は無我夢中でモーリフを弾いた。
ひたすらレイバンを思いながら…。
トラッデの仲間や、ヨーゼストにいる皆んなの顔を一人一人思い出しながら。
♪♪♪〜
どれほどの時が流れたか分からない。
それほど集中して弾いていたようだ。
は!!レイバン?!
焦って顔を上げた俺は、そのまま固まった。
そう。見上げた先には。。。
笑顔のレイバンが立っていたからだ。
いつものレイバンだった。
人間の姿のレイバン…だ!!