第九話・妖精セファの思い出
「ハイテク・プリズン」に拉致され、課せられたゲーム、『電子レンジ地獄』をステージ2までクリアした富樫は、疲れてしばらく眠っていた。ごろりと寝返りをうって横向きになり、ふっと目をあけると、目の前にコンビニ妖精セファの、小さな体があった。彼女も床で、自分の腕を枕にして眠っていた。富樫はそっと手を伸ばし、セファの肩にふれてみた。
(ちいさい。けど、しっかりと触れられる。夢や幻じゃない)
セファの身長は30センチ弱、バービー人形とかリカちゃん人形を思わせる。
(服もちっちぇえええ、って、服の下はどうなってるのかな。あ、スカートがめくれて見えそう……。ちょっと直しといてやるか)
富樫の手が、セファの肩から背中へ、そしてやわらかい腰へと、そろそろと移動する。そのとき、セファの目がぱちっと開いた。慌てて手をひっこめる富樫。
「セ、セファ! お、おはよう……」
めくれたスカートを直し、じと目で富樫を見つめていたセファが、ぽつりと言った。
「エッチセンサー、働かなかったのかなぁ。ちょっと感度を上げとかなきゃ」
セファが片手で空中にくるくると円を書くと、その円が緑色に輝いた。瞬間、富樫の耳に、かちっというかすかな音が聞こえた。
「エ、エッチセンサー?!」
「そうよ、誰かがあたしにエッチなことをしようとすると、張り巡らされたエッチセンサーが反応して、地下に隠されている大量のマシンガンがせり上がってきて、そいつを銃殺するようプログラミングしてあるの。オフにしたまま寝ちゃってたのね。危ない所だったわ、怖い怖い!」
セファは起き上がって身震いしてみせた。
「そ、そういえばあまちゃんも、センサーがどうとか言ってたが、それってホントにあるのか?」
「うん、あるよ。ただ、エッチな感情ってちょっとしたことで高まって、すぐにセンサーが反応しちゃうから、普段は切ってあったり、感度を下げてあったりするの」
「そ、そうか、さっきはせっかくスイッチが切れてたのに、残念なことをした」
富樫は強がりを言いながら、起き上がった。本当にエッチセンサーが働くか、試してみたいと少し思ったが、そんなことのために無駄死を体験するのはまっぴらごめんだ。
「しかし、なんでマシンガンなんていう物騒なものを」
「そ……、それは、秘密よ」
「そうか……」
一瞬セファの顔に走った悲痛な表情を見て、富樫はそれ以上の質問をやめた。そんな富樫の顔をちらっと見たセファは、言葉を続けた。
「少しだけ、話せる事だけ話すとね、あたしが生まれたのは、ドイツの森の中だったの。しばらくして戦争が起こって、罪もない人々が、たくさん殺されて……。あたしはね、そんな人達の復讐のために、このハイテク・プリズンを作ったの。民間人を虐殺した兵士たちを閉じ込めて、そいつらが使ってたマシンガンを、自動制御に改造して追い回して、その怖がる所を見て、あたしはわらってた。って、秘密にするつもりだったのに、全部言っちゃったよ、あはは」
「お、おう……。で、その時作ったものを、再利用してるんだな?」
「うん。女の子を泣かす男を、あたしは絶対に許さない」
そうか、それでか、と富樫は気付いた。富樫と最初に会った時のセファの怒りはものすごかったが、そういう、過去の悲痛な体験からくるものだったのだろう。女性の涙は、セファの怒りの感情に火を付け、爆発させるのだ。ど、どこがホワイトニンフだ、と富樫は思ったが、怖くて黙っていた。
「ずっとあたしだけの秘密だったんだけど、話せて少しすっきりしたよ。聞いてくれてありがとうトガシ」
「いや、気にすんな。で、次はステージ3だけど、どんなお題か事前に教えてもらえるか?」
「うん、いいよ。さっきも言ったように、あなたの今の目標は、ダークニンフの娘のテストに合格すること。だからそのテストに出そうな知識を、効率よく覚えていかないといけない。だからね、次はクレーマー対策にします」
「なに?」
この世で最も怖いのは人間、そしてその人間の中で、最も怖いのがクレーマーだ。富樫の顔から、血の色が消えた。
「大丈夫だいじょうぶ、難易度は下げておくから。それに、失敗しても1回殺されるだけだから。それに、そのクレーマーは、トガシの大好きなあまちゃんだから!」
セファがかわいく微笑んだが、富樫の脳裏には、富樫に拳銃を向けた時の、富樫を見下すあまちゃんの顔が浮かび、心の底から震えが走った。
(だめだ、今、死亡フラグが立ったよ)
と、富樫は絶望に目を閉じ、泣きたくなった。
(続く)