第七十八話・眩暈(めまい)
ぐらぐらと揺れる富樫の視界。
「どうしたんだこれ。まさか、マナが尽きたのか?」
右手を上げてヒールを唱えてみる。マナ切れでないことが確認できた。上空にいるはずのララ・バウラーを軽くブレインキャプチャーしてみると、彼女もまた眩暈と吐き気を覚え苦しんでいる。どうやら富樫とティモ・アンデルスのブレインキャプチャーが同時にかけられて共鳴し、富樫とララの中で増幅されて脳がダメージを受けたようだ。
「そ、そうか、ブレインキャプチャーにはそんな弊害が」
眩暈が少しやわらぎ、よろよろと立ち上がる。と、その富樫の両側に巨大なワームが出現し、ぶふぉおおお、と泥を吐いた。ララが「泥濘地虫」の魔法を唱えたのだろう。
左右から富樫めがけて体当たりをしかける二匹のワーム。それを避けようとする富樫だったが、身体が全く反応しない。
「ま、まずい。やられる」
「銀狼白牙!」
間一髪の所でアレクの唱えた氷系魔法が二匹のワームを串刺しにした。
「あ、ありがとうよ。今のは駄目かと思ったよ」
「トガシ君しっかりしろ、セファ君を助けるんじゃなかったのか?」
「そ、そうだった。セファは」
「あたしはここよ。しっかりして」
富樫が見上げると頭のすぐ上にセファとサファイアがいて、ヒールをかけてくれていた。テオも近づいてきて富樫にヒールをかける。富樫の眩暈が急速にやわらいでいく。
「あ、ありがとう、もう大丈夫だ。マナは大切に使ってくれ」
セファとサファイアは、身体の輝きをほとんど失っており、テオも疲れている様子で顔色がよくない。恐らくマナ切れ寸前の状態だろう。無理はさせられない。たかがヒール魔法といえどもだ。
富樫は、上空に浮かぶティモ・アンデルスを見ながらテオに言った。
「テオ、お前の親父さんは、ララっていうダークニンフに操られているだけだ。その魔法を何とか出来れば、助けられるかもしれない。今そのララっていうダークニンフは、親父さんの上にいる」
「え!」テオが慌てて上空を見上げて目を凝らす。
「ダークニンフ……」セファが悲し気につぶやき、空を見上げた。
(ふふ、ばれてしまったようだな)思考共有でララの声が届いた。
富樫は周囲の兵達を見回したが、ララの声は聞こえていないようだ。ララが続けて言った。
(エルフとハーフエルフが一人ずつ、ホワイトニンフが一人、妖精が一匹、無尽蔵のマナを持つおかしな未来人が一人。それに対してこちらはダークニンフ一人だけ。分が悪すぎるので、この男を人質に使わせてもらおう、くくくっ)
ララがそう言った瞬間、ティモ・アンデルスの身体がねじれ、手足がおかしな方向に曲がった。また内臓が損傷したのか、口から血が流れた。
「と、父さん! やめろおおおお!」テオが叫んだ。
周囲の兵が、何事かとざわつく。
(私に攻撃すると、こうだ。わかったな。あはは! あはははは!)
富樫は、卑劣なララの行為に一瞬怒りを覚えたが、すうっと深呼吸しその怒りを沈めた。余裕の笑みが浮かべながら、富樫はつぶやいた。
「そうだ、悪役は悪役らしく、卑怯な手を使ってくれないとな。お前の記憶を見ちまったせいで危うく感情移入しかけていたが、これでもう大丈夫だ。俺の本気を見せてやるぜ、ララ・バウラー!」
(続く)




