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第七十七話・ラスボスの正体・後編

 富樫による魔法、「精神捕縛ブレインキャプチャー」は続いている。富樫の脳に、ターゲットであるララ・バウラーの記憶が流れ込んでいる。



 夜のパリの空を飛んでいた、ダークニンフのララ・バウラーは、思考共有で届いたエルフらしき者の叫び声を聞き、その者がいると思われるフランス軍の駐屯地に向けて降下した。確かここには、以前きたことがあることを思い出し、ララは空間をねじれさせてゲートを作り、そこをくぐって地下の廊下にたどり着いた。


「はて、どの部屋からか」


 廊下の壁にならぶ扉には、丸い小窓が付いている。灯りが漏れている小窓をちらちらと順に覗いていたララは、裸で椅子に縛り付けられ、フランス軍によって拷問を受けているエルフ男性を発見した。そのエルフは、肉体的には悲鳴一つ上げず、歯を食いしばって拷問に堪えていたのだが、フランス兵から数枚の写真を見せられた時にだけ、思考共有でのみ、絶叫しているようだった。エルフは兵士から、「ティモ・アンデルス」と呼ばれていた。彼は捕虜となったドイツ兵のようだった。



 ララはその写真にさらに興味を惹かれてしまい、その部屋に侵入することを決意した。「精神捕縛ブレインキャプチャー」を使えれば、エルフの思考を読み取ることは出来るのだけど、その頃のララは、ブレインキャプチャーという魔法の存在すら知らなかったのだった。その後色々あったが最終的に、ララは部屋の中の棚の中に入り込み、そっと扉を開いで写真を盗み見ることに成功した。それはそのエルフの家族、妻である人間の女性と、その子供たちの写真であった。フランス兵は、エルフの肉体への拷問を加えながら、その写真を使った精神的な拷問を加えていたのだった。


「わからんのか、質問に答えれば見逃してやる。そうでなければお前の家族がつらい目に合うんだぞ。お前のせいでな!」


 フランス兵が写真をティモの鼻先に突き付けて叫んだ。ティモは平静を装ったが、心の中の絶叫は隠せなかった。その絶叫は思考共有でパリ郊外まで届いていた。



「ティモ・アンデルス」


 フランス兵が拷問に疲れ、去ってしまった後、ララは棚を出てティモに語り掛けた。



「き、君は、ダークニンフだね」


「ああ……。ティモ、このままではあんたの身体と心はフランス軍に破壊される。俺と組まないか? オッケーしてくれたらこの椅子から自由にしてやるし、この建物からも出れるようにしてやる。どうだい?」


「そ、それは……」


「子供たちに会いたいんだろ?」


「あ、ああ」


「よし、じゃあ決まりだ。すべてを俺にまかせると言ってくれ。それで俺達は仲間だ」


「すべてを、君に、まかせる」


 その瞬間、ティモ・アンデルスの精神は、ダークニンフであるララに支配されてしまった。その魂はララの魂に取り込まれ、ティモの肉体はララの所有物となった。恐るべき洗脳術、ダークニンフ版の「ブレインキャプチャー」であった。ララはティモの魂からエルフの魔法の秘密を聞き出し、ティモの肉体を使ってその魔法を発動させることに成功した。


 この後、ララに操られたティモは、ララによって拘束を解かれ、ララとティモの魔法によって兵士達を殺戮しながら建物を出て、さらに多数の兵の死体を操って駐屯地を占領。この駐屯地に滞在していた大将も生きながらにして配下に置き、ララとティモは、実質的な大将としての権力を手に入れたのだった。


 さらにララは、ティモにトロールなどの幻想世界の生物の召喚を命じた。人間を抹殺するための、武器として利用できると考えてのことだった。しかし十体召喚したトロールのうち、ララ達に協力的なのは三体だけだった。



「われわれトロールは、あなたがたのご先祖、エルフと違って、人間と戦争などしておりませんでしたじゃ。われわれは、幻想世界にいらっしゃる女神様の気まぐれで、人間と隔離されただけなのですじゃ。なので、われわれトロールは、人間に恨みなど持っておりませんのじゃ」



 比較的年齢の高い七体のトロールは、こうして争いを拒否し、パリの巨大な建物の中で、自慢の武器や鎧を撫でて過ごすことを選んだ。残る三体、比較的若い、力自慢のトロール達は、この戦争が終わったら元の幻想世界に戻してくれることを条件に、ララに協力することを約束した。しかしそれも、しょうがなく、渋々といった感じでであった。


 さらにララにとって歯がゆかったのは、精神的にも肉体的にも服従させたはずのティモ・アンデルスまでもが、ララの決定にいつも批判的であったことだった。


「ララ、トロール達の言うことはもっともだ。そもそもエルフの魔法では、彼らを召喚することは出来るが幻想世界に戻してやることは出来ない。これは彼らに対する契約違反ではないだろうか?」


ティモの言葉に、むっとするも反論できないララは、ティモを土下座させて足蹴あしげにする。


「うるさい、うるさい、うるさああああい! ララではなくララ様とお呼びとあれほど、あれほど!」


「も、申し訳ございません」


謝りながらも一回も「ララ様」と言ったことのないティモにさらに逆上し、トロールに命じて彼を叩き潰させようとするララに、そのトロールが言う。


「ララ様、われわれトロールにも、義理っていうものがごぜえます。何の悪さもしてねえエルフの旦那を、叩き潰すなんていうのは、お断りさせていただきやす、ごめんなすって」


(おのれ、おのれ、おのれえええええ!)


 ララの心の中に、憎悪が渦巻く。美しく気高き種族であったエルフが小汚いだけの人間から受けた屈辱、それによる心痛はいかばかりか、富樫には計り知れないものがあるだろう。


 富樫は思った。誰でも、ひとつは納得できる理屈を持っている。ララというこのダークニンフにしてもそうだ。人間はエルフを、エルフの尊厳を地に貶め、彼らをこの地上から消し去るまで虐待し続けた。ならば人間こそ、この地上より抹殺せしめられてしかるべき存在ではないのか。ララの怒りと呪いの感情はもっともで、彼ら、彼女らこそがこの地球を支配するに相応しい「種」なのではないのか。



(ちがう、ちがうよトガシ)

(セファ?)

(種族と種族は、憎みあっては生きていけないの。恨みあってちゃ駄目なの。そのことを伝えるために、あたしは長老達に、転生されたのかもって、そんな気がするの。わかって、トガシ)

(ああ、わかったよ)


 一瞬、ララの記憶に感情移入しかけた富樫であったがセファの言葉に自重し、再び毒々しいララの記憶の再生に集中する。


 憎しみという感情に突き動かされ、破壊を求め続け、側近の言葉を受け入れる耳を持たないララ。


 夜ごと後悔の念にさいなまれ、夢の中で家族に謝り、絶叫し続けるティモ・アンデルス。


 自分たちの状況をわかっていながらも、恐怖心ゆえにララに服従せざるを得ないフランス兵達。


 好奇心からパリのひみつ基地に侵入し、トロールとまみえるディザベラ達三人のダークニンフ。友達欲しさから声をかけたいと思いつつも、自分が黒幕であるという罪悪感から何もできなかった真のラスボス、ララ・バウラー。



 そして富樫が一番確認したかったこと。マンティスが叫ぶ。


「アンデルス隊長! 俺だ、マンティスだ!」


首をかしげるティモ・アンデルス。その時、ララ・バウラーとティモ・アンデルスの魂の間で、こんな会話がなされていたのだった。


(マンティスだと? ティモ、誰だこいつ!)


(ファル・マンティス伍長。かつての私の部下です。私の部下だった頃も伍長だったのですが、今も伍長のようで、おそらく私との作戦が失敗したがために、評価も下がってしまったのでしょう、彼にも申し訳ないことをした)


(ぬう、そんなことはどうでもいい。奴とお前の間に何があったのかと聞いているのだ。もういい。奴の記憶をブレインキャプチャーで俺に見せろ。それが一番効率がいい)


(はい)


ブレインキャプチャーを唱える、ティモ・アンデルス(本体)。ララ・バウラーは、瞬時に再生されたファル・マンティス伍長の記憶を視聴し、軽い衝撃を受けてティモに言った。



(ティモ。お前はなぜ、マンティスを逃がしたんだ?)



首をかしげるティモ・アンデルス(本体)。富樫の覚えた違和感は、これで氷解した。


 やっぱりな、テオの父ティモは、悪いやつじゃなかった。悪いのはすべてこの、ララ・バウラーっていうダークニンフだった!


ブレインキャプチャーを解除し、グラグラ揺れる視界の中、地面に手をつき、ぜえ、ぜえ、と荒い息をしながら、富樫は次に取るべき行動を考えた。ぐるぐる回る視界。大丈夫だいじょうぶだ、まだ俺はやれる、みんなを救わねば、と富樫はぐらぐらと揺れる世界の中で思った。


(続く)

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