第七十一話・テオ・アンデルスの記憶
「精神捕縛!」富樫はテオの記憶を読むために、魔法を東に向けて放った。
「いた――」
富樫はテオを発見し、その記憶を読み取り始めた。
「お父さん……」 テオは風魔法でトロールを攻撃しながら、父親のことを考えていた。
テオ・アンデルスは、ドイツのハイデルベルクから少し南西にある、ホッケンハイムの森で生まれた。父親は、この世から滅びたはずのエルフである。父親は、その名をティモ・アンデルスと言った。テオの母親はマリア・アンデルスであった。
テオの父親であるティモは、元はといえばセファと同じ泉で生まれた、ホワイトニンフだった。セファが生まれた直後にエリスとエドに出会ったように、その泉を訪れた少女、マリア・アンデルスと出会ったのであった。
ティモとマリアは大親友になり、ティモはマリアの家にこっそり住むようになった。幸いホッケンハイムの森には、生まれ故郷と同じくらいのパワースポットがいくつもあったため、ティモとマリアは一日の大半を、そこで楽しく過ごした。ティモもセファと同じく、先祖の記憶を読み取る「記憶の扉」の魔法が使え、また、ホッケンハイムの森で過ごすにつれて、新たな魔法を生み出す能力も、身につけていった。そしてある日発見したのが、先祖であるエルフの身体を自分にまとう、「先祖返り」の術だったのだ。こうしてホワイトニンフだったティモは、エルフとしてこの世に転生し、さらに人間に成りすましてマリアと結婚し、ティモ・アンデルスとなった。その息子であるテオに魔法が使えるのは、テオがティモとマリアの娘、ハーフ・エルフだったからであった。
ティモとマリアは、これまで5人の子供をもうけた。4人は女の子で、5人目が男の子である、テオ・アンデルスであった。テオは4人の姉に、女の子のようにかわいがられて育てられ、その美しい容姿のせいもあって、女の子のような性格になっていった。
やがてテオは、黒く長い髪を持つ、女性のように美しい少年に育った。
父親であるティモは、その頃ドイツ軍に志願し、エルフとしての運動能力を生かし、どんどん昇進していった。やがて彼は軍曹にのぼり詰め、軍より長期の前線での滞留を命じられることになった。
「テオ……」1日だけ休暇をもらって家に帰ってきたティモは、夜の庭でベンチに腰掛け、テオの黒い髪をなでながら言った。
「僕は母さんと娘たち、そして君を守るために、また戦争に行ってくる」
テオは月を見上げながら、だまって父親の言葉を聞いていた。
「テオ、君は僕のような生き方をしてはいけない」
テオの肩を抱いて、引き寄せる父。
「僕のように、戦争でその手を汚すような生き方を、君はしてはいけない」
「父さん!」テオは父親にしがみついて、泣いた。テオはすでに知っていた。父が元ホワイトニンフであったこと、転生してエルフになったことを。人間によって滅ぼされたエルフの末裔である父が、人間対人間の戦いに巻き込まれ、利用されてしまっていることを。
父は次の日、戦場に戻った。テオが不吉な夢を見るようになったのは、その日から三か月ほど経った頃だった。
「ぐああああああ!」
その夢の中で、いつも父はフランス軍の地下牢で、拷問を受けていた。
(お父さん、お父さん!)
叫ぶテオの声は、父には届かなかった。そんな夢を、テオは毎日のように見るようになった。
さらに数か月して、テオの一家の元に、父親の部隊が前線で壊滅し、父親は行方不明となっているという手紙が送られた。泣き崩れる母と4人の姉たち。一番幼く、女の子のようにかわいい少年だったテオは、この時はきりっとした表情で家族を慰め、こう言った。
「大丈夫、父さんはまだ生きてる。僕が軍隊に入って、父さんを助けてくる!」
軍に入ってからのテオの記憶の多くは、富樫も知っているものだった。しかし一つだけ、驚いたことがあった。それはテオとマンティス伍長が、ドイツ軍の砲台で命令を待ちながら、焚火をしていた夜の記憶だ。
「テオ、アンデルス、か。僕は似た名前の兵士と一緒に戦っていたことがある。彼は勇敢な隊長だったな」
「隊長?」テオが顔をあげてマンティスを見た。その目が炎できらめいている。「その隊長の名前は?」
「ティモ、アンデルス。って、お前まさか隊長を知ってるのか?」
「ティモ・アンデルスは、私の父です! 聞かせてください、父がどうなったのかを!」
マンティスは語った。マンティスとともにフランス軍の塹壕に足を踏み入れた小隊は、そのさらに地下にしかけられた爆薬によってほぼ全滅。かろうじて生き残ったマンティスとアンデルス隊長であったが、マンティスが救援を呼んできたときには、その姿は無かった……。
「じゃあ、父はまだ生きているかもしれないのですね」
「ああ。僕はそう思ってる。だからこのチームに僕は志願した。隊長を一日も早く、救出したかったからだ。しかしそのチームに、まさか隊長の娘さんがいたとは」
「娘じゃなくて息子です。でもよかった。父さん……」
顔を両手で覆い、肩を揺らして泣き始めたテオの背中を、マンティスが優しくなでた。チーム結成以来、ぎくしゃくとしていたテオとマンティスが、唯一わかりあえた瞬間であった。
ブレインキャプチャーを解除した富樫は、ふう、とため息をついて言った。
「そうか、マンティス伍長が見捨ててきてずっと後悔しているという隊長は、テオの父親だったのか。そしてその父親は、ホワイトニンフから転生したエルフの子孫で、その父親が今はフランス軍にいて、セファ達にトロールをけしかけている張本人? や、ややこしいなおい!」
そういえば富樫がさっき風の音に感じていた不穏な気配や、これまでにないほどのドイツ軍の負傷者数などから察するに、テオの魔法がこれまでほどの威力をなくしているのかもしれなかった。そうだとすれば、恐らく原因は、父親にあるのだろう。
「しょうがねえ、乗りかかった船だ、お前のことも助けてやるぜ、テオ!」
富樫は東のトロール目掛けて走り出した。
(続く)




