第六十一話・富樫、「記憶の扉」を習得する
お待たせしました。ようやく結末までの、矛盾のないストーリーができました。あとは肉付けとダイエット。
赤く輝く弾丸を手にした富樫の周囲を、光の粒が舞い踊る。目を閉じた富樫は、空っぽの透明な弾丸を両手でしっかりと持ち、意識をその中央に集中した。
(きたぜ!)
そう富樫が感じた瞬間、透明な弾がぎらりと強く輝き、中に白い魔法らしきものが封印された。
「ふう、思ったより簡単だったぜ」、目を開けて弾丸を確認した富樫は、額を拭いながら言った。
「まさか、ほんとにできちゃうなんて。あなた何者なの?」エリスが言った。
「おれか、おれは何もせずに毎日をすごし、近所のオバさん連中に陰口を叩かれている、引きこもりニートだぜ」
「そういうことじゃなくて、あなたもエルフなのかって聞いてるのよ」
「さあ? 俺のオヤジもオフクロも、耳はふつうの長さだけどな」
「トガシくん、今できた魔法弾を見せてくれるかい。どんな魔法か分析してみたいのでね」
「あ……、ああ」
白く光る弾を富樫はアレクに渡した。それを眺めていたアレクが、やがて言った。
「魔素は空気と力、その構造は少し複雑だけど、拡声の魔法に似ている。強い音を出す空砲か、拡声魔法を強化したものかもしれない」
「ん? どういうことだ?」
「この魔法は敵を威嚇することは出来るけど、殺傷することは出来ない。使い所が難しいね」
「そ、そうなのか! くっそおおお!」
白い弾を右手でぶんぶんと振って、悔しがる富樫。
「しかしトガシ君、魔法の種類はともかく、初めてでここまでできるとは。しかもこの魔素の量は大したものだ。僕の集められる魔素の千倍、いや一万倍くらいか。セファ君でも一度にこれだけの魔素を消費すると、危険かもしれない」
富樫はアレクの言葉を聞いて、リモートクラッカーで町ひとつを破壊した後の、セファの衰弱ぶりを思い出した。
「そういやセファは、町を破壊した後、ブレインキャプチャーっていう魔法を使った後、気絶しちゃったんだったな」
そういった後富樫は、はっと気づいて叫んだ。
「そうか! もし俺が無限に魔力を使えるなら、セファの代わりに索敵してやれば!」
富樫の顔が、ぱっと明るくなった。
「まあ、魔力が無限になんて、そんな都合のいいことがあるわけないけどね」 アレクがふっと笑った。
「あり得ないっていうなら、俺が21世紀からこの時代に来てること自体が、あり得ないんだがな!」
「ま、まあ確かにそうだね、ハハハ」
「で、そのブレインキャプチャーっていう魔法は、どうやれば使えるんだ?」
むっとしたした表情で聞く富樫の様子に、アレクもむっとした表情になって言った。
「僕は半端もののエルフだから、そんな高度な魔法は知らないよ。可能性があるとしたら、セファ君に教えてもらうか、『知識の図書館』でその魔法の本を探すか、どちらかしかない。いや、もう一つあるが、それは論外だ……」
「ん? その、もう一つってのは」
「もう一つの手段は、記憶の扉。だがそれは太古のエルフによって、セファ君にかけられている転生の呪文による副作用だと思う。おそらく君にはつかえまい」
いや、富樫はすでに「記憶の扉」を無意識のうちに使っていた。それは「知識の図書館」で、セファの記憶の扉に触れた瞬間になだれ込んできた、セファの死のイメージを、富樫に見せたものの正体であった。だが、富樫はそれが魔法の効果であることに気づいてはおらず、自分がそれを唱えられる身であることにも気づいてはいない。
「そ、そうか。じゃあ、明日にでもセファに聞いてみるよ。明日はセファに会えるんだよな?」
アレクはちらっとダミーを見た。その視線に気づいたダミーが、富樫に向かって言った。
「ええ、大丈夫です。明日の午前中に、司令部のあるザールブリュッケンに到着、夕方にはセファ様達のいる、最前線の塹壕に到着できるはずです」
「夕方……」
夕方までセファは、ゲオルク軍曹は、チーム・オランジェは、敵であるフランスのトロール軍は、戦闘を待ってくれるのだろうか。嫌な予感がする……、と、富樫がうつむいて顔を曇らせた時--。
ゴゴゴゴゴオオオオオ、ドオオオオン!!!
轟音とともに大地が震え、周囲に埃が舞った。
「なんだこの揺れは!」富樫が叫んだ。
「地震ですな、みなさん早く机の下に避難を」
ダミーがエリス、アレク、富樫の順に机の下に押し込んだ後、自分も避難した。
「そうか、ここは崩れかけの塔の地下だったな」
声を震わせて言う富樫に、エリスが嘲笑を浴びせる。
「ふっ、私の強力接着剤の効果が信じられないのかなら、そうやって震えているがいいわ」
「は、ははは」
初対面の幼女が作った接着剤など誰が信用できるか! と叫びたいのを我慢して、富樫は無理やり微笑んだ。しばらくそのままの状態でいた彼らだったが、やがて机の下から這い出した。
「ただの地震にしては、ちょっと様子がおかしかったね」とアレク。
「まるで西方で、強力な爆弾でも爆発したような振動だったわね」、とエリス。
「爆弾? ま、まさか、メテオか?」目を見開いて、つぶやく富樫。
富樫の脳裏に、セファがメテオで黒焦げにされるシーンがフラッシュバックされた。
「トガシ君の見たメテオのイメージは、こんな夕方のシーンだったのかい?」
「い、いや……、どうだったかな、昼間だったような、朝だったような夕方だったような……。ど、どうしようアレク」
富樫の顔に冷や汗がどっと噴き出す。アレクは一瞬考えた後、ダミーに尋ねた。
「ダミー、今から前線に向かうことは出来ないかな」
「無理ですな。列車の始発は明日の朝6時。自動車で向かえば今から前線に向かえますが、舗装されていない平地ではパンクや故障などで立往生してしまい、より状況を悪化させるだけです」
「うむ。聞いた通りだ富樫くん」表情を曇らせアレクが言う。
ギリ……、と富樫が歯ぎしりをした。
「それまで待てねえ。俺は行くぞ、今すぐに!」
そう吠えた富樫の脳に、さわやかな男性の声が響いた。思考共有を使い、何者かが富樫の心に語り掛けたのだ。
(待て、トガシよ、この魔法を使うのだ)
(だ、誰だ、アレクか?)
富樫の問いへの返事はなかった。突然、富樫の目の前に白い光が輝き、扉が開くような音がして、そちらからイメージが押し寄せ、富樫の意識を濁流のように包み込んだ。それはエルフの霊達が見せる数多くの記憶の集大成、なのだが富樫はそうとは気づかず、ただ圧倒されるばかりだった。
「う、うおおおおおおお!」
「記憶の扉」の魔法を使うセファのイメージ。セファ以外の、古代に生きたエルフ達が「記憶の扉」を使うイメージ。富樫は「記憶の扉」の使い方、ルールを理解した。ついで彼の頭脳を「紫龍曳航」、「精神捕縛」という、高度なエルフ魔法のイメージが、荒れ狂う竜のようにかき乱した。
「ぐあああああ! いやあああああ!! ひぎいいい!」
がくがくと震えて富樫はその場に身を崩した。彼の脳は、濁流のようなイメージを処理しきれずにパニックを起こしたのだ。オレンジ色のランプに照らされた、暗い地下室の床に転がる自分に気づき、富樫は自分の肩を抱き、ガチガチと歯を鳴らした。
「トガシ君どうした、だいじょうぶか」
「しっかりしなさい、トガシ!」
アレクとエリスの呼びかけに、ようやく冷静さを取り戻した富樫であったが、しばらく口がきけずにいた。部屋の隅で何やら探していたダミーが、軍用のコート、ブーツなどを持って戻って来、富樫の肩にそっとコートをかけた。
「トガシ殿、気が回らず申し訳ございません。そのような薄着では寒いでしょう。寒さが原因ではないかもしれませんが、せめてこれをお使いください」
「あ……、ありがとう、ダミー」
ガチガチと震えていた富樫の身体から震えが消えた。
「アレク、エリス、ダミー。俺には見えた。俺も、覚えたぜ、『記憶の扉』と、『紫龍曳航』と、『精神捕縛』をな!」
ごくり、と息を飲む三人の顔を見上げ、富樫は元気よく立ち上がった。
「やってみる。まずは『精神捕縛』からだぜ!」
右手を突き上げる富樫を見て、アレクが苦笑した。
「はは、君は本当に元気だね。釣られてこっちまで元気になってしまいそうだよ」
「ふふ、そんなことを言われたのは初めてだぜ!」
ガッツポーズを決めた富樫の脳裏に、さきほどの威厳のある声が響いた。
(トガシとやら。我が娘セファを守ってやってくれ。よろしく頼む)
(セファのお父さんか。わかったぜ、まかせとけ!)
(続く)




