第六十話・アレクとエリスの秘密工房
アレクとエリスは、富樫とダミーを、ハイデルベルク城の北西にある、崩れかけた塔に案内した。
「立ち入り禁止の看板もあるし、一見、ただの廃墟に見えるだろう? でもこの地下に秘密があるんだ」
にこりと笑いながら、アレクはマントの下から鍵束を取り出し、扉の鍵を開けた。その扉が開かれる瞬間、富樫は中から埃を大量に含む汚れた空気が出てくるのではないかと身構えたが、中は小ぎれいで太陽の光に照らされて明るかった。
「へえ、思ったよりきれいだな」
「まあ、ここは通気がすごくいいからね、ほら」
アレクが頭上を指さしたので、富樫がそちらを見ると、そこには天井がなく、円筒形のレンガ作りの壁が、半分崩れかかりながら、かろうじてといった様子で立っていた。
「あぶねえな、大丈夫なのかよこの壁」
「うん、エリスが作ってくれた特製の接着剤で固めてあるから、ちょっとやそっとのことでは崩れるようなことはないよ。過剰な補修は委員会が許してくれないからね、こうやって崩れかけのまま維持してあるんだ」
「ふうん」
きょろきょろと周囲を見回している富樫を見て顔をしかめながら、ダミーがアレクに言った。
「アレク様、一応ランプは持ってきましたが、日が暮れると行動しづらくなります。明日は早く出発しないといけないので、急ぎましょう」
「そうだね、トガシ君、空の弾丸はこの下にある。ついてきたまえ」
アレクは再び鍵束を取り出し、地下に続く扉の4つの鍵を開けた。
「厳重だな。まるで国家機密だな」
「まあね、僕たちは帝国から資金援助を受けて、革新的武器の開発を引き受けているんだ。その秘密を簡単には漏らせないからね」
アレクは石壁に設置されたスイッチを入れた。ぶうん、という音がして、ゆっくりと周囲が明るくなった。発電機で起こした電気であかりを灯しているようであった。
「そんな帝国の秘密を、俺なんかに見せていいのか?」
乾いた壁に手をそわせ、慎重に地下室への階段を下りながら、富樫が言った。
「うん、かまわないよ。トガシ君はセファ君の知り合いのようだし、それに重要な資料や試作品は、壁の金庫に厳重に封印してあるんだ。だから意外と殺風景だと思うかもしれない」
「そうなのか、それは残念」
富樫はこの世界で秘密裏に開発されたという武器に、並々ならぬ興味をそそられていたのだった。少なくとも魔法を放てる銃、「魔法銃」というものがこの世界では実用化されたらしい。それは富樫のいた時空には存在しないものだった。さらに、富樫の知らないテクノロジーで作られたアイテムが多数あるなら、それはこの世界が、富樫の住んでいた世界線とは別の流れ上に存在する世界、ということが言えるだろう。それはすなわち、未来は変えられる、セファが死なない未来を選ぶことも可能であるということ。だがその時、富樫はあることに気づいた。
(は! もし俺がこの世界の未来を変えてしまったら、俺は元いた世界に戻れるんだろうか? 俺は現実に戻って、あまちゃんに謝らなければならないんだ。そもそもこの世界の未来には、あまちゃんや、俺は存在するんだろうか?)
タイムパラドックス、という、SFやアニメでよく耳にする言葉を、富樫は思い出した。俺はこの先、どうなるんだ、と考え、富樫はぞっとした。そんな富樫の背中を、後ろからエリスが突いた。
「ねえトガシ、早く降りてもらえる? ダミーが後ろから私をにらんでるの」
「あ、ああ! すまん!」富樫は階段を駆け下りた。
地下1階には、長い机がいくつか置かれており、その上に様々な、不思議な道具らしきものが、所せましと載せられている。天井にはオレンジの光を放つ電灯が取り付けられている。そのオレンジの光の中、机の上の物体は、色とりどりの美しい光をぼうっと周囲に放っていた。
「こ、これは」富樫が小さくうめいた。
「これは私とアレクの最新の発明品、魔法練成マシーンよ。魔素を集める機械と、それを融合させて、魔法を練成する機械、最後に、それを弾丸に封じ込める機械。ちっぽけな魔法の弾丸をつくるのに、こんなに大きな機械が3つも必要になるの。笑えるわよね、ふっ」
自嘲するエリスを、ダミーが珍しくほめちぎった。
「いえ、エリス、これはすばらしい発明ですよ。セファ殿やサファイア殿と出会ってまだ一週間足らず、よくここまで魔法を研究されたものですね。私は感動しました」
「ダ、ダミーにそこまで褒められるとちょっと照れるわね。それはともかく、トガシ、あなたの魔法を試してみる前に一度この機械の動きを見てみる?」
「そうだな、魔法はセファが使う所は見てたけど、こうやって生で見るのは初めてだ、見学させてもらおう」
こくり、と頷いたエリスが、3つの機械に歩み寄ってスイッチを操作した。その間に、アレクが壁の収納の鍵を開けて空の魔法弾を取り出し、機械にセットした。
「いくわよ」
エリスが赤いボタンを押すと、周囲をブンッッという低い音が包み、部屋の中が七色に輝き始めた。富樫の皮膚、そして体の中を、何かが刺激する。しばらくして、エリスが機械のスイッチを切り、赤く輝く弾丸を手にとって富樫に差し出した。
「これがフランスの町一つを消し去った魔法、遠隔花火を封じた弾丸よ」
「は、はは、すげえな」
(いや、俺はもっとすごい武器を知っている。それは魔法ではないけど、その威力を魔法で再現できれば……)
富樫の脳は、白黒の写真でみた、広島・長崎の原爆のおぞましいキノコ雲を思い浮かべていた。それは日本を敗戦に追い込んだ、「原爆」のイメージであった。
エリスから赤い弾丸を受けとった富樫の周囲に、異様な光の粒が舞い始めた。
(できる! 俺がこの弾丸を上書きしてやる。もっと強い魔法で!)
富樫は弾丸を握りしめ、目を閉じた。そんな富樫を、アレク、エリス、ダミーは、息を飲んで見つめていた。
(続く)




