第五十八話・結成、チーム・トガシ
「くうっ!」 量子テレポーテーションが起こす軽い苦痛に、たまらずうめき声を上げる富樫。
(なんだよこれ、ちくちくと光が突き刺さるぞ)
(ん? 彼の思考が聞こえる。なぜだ。この日本人もエルフだというのか)
(お?)
(ん?)
あまりの眩しさに閉じていた目を開ける富樫。するとその光の中を、マントをひるがえして飛ぶアレクの姿が見えた。
(まさかと思うが、トガシ君、僕の声が聞こえるのかな?)
(あ、ああ、声っていうか思考かな? セファの記憶にあった、思考共有のスキルだよな?)
(ほう……。僕の思考が聞こえるのか!)
(え? あ、そういえば俺もなんで聞こえるのかな? 俺、人間なのにな)
(ふふ。なんだかセファ君と出会ってから不思議なことばっかりだ)
(はは、同感だね、お、出口かな)
身体を突き抜ける光る物体がさらに強くなって、前方に白い扉が見えた。アレク、続いて富樫が、そこに吸い込まれた。
ガッッシャアアアアン!!
「な、何?」女の子らしき声がした
「ぬっ!」続いて緊張感のある男性の声が、うめいた。
「い、いてててて」富樫が全身の苦痛に顔を歪めながら目を開けると、ゴスロリ風の女の子と初老のスーツ姿の男性が、それぞれ手に銃らしきものを持ってそれを富樫に向けていた。
「ちょ!!」
慌てて手をふりふり、顔を横に振る富樫。ボクは決して怪しい者ではありません、と言いたいが言葉が出てこない。ぱくぱく、と口を動かすだけの富樫。
「待て! 彼は怪しいものじゃない! あ、いや、充分怪しいかも?」
アレクの声に、一瞬泣きそうな顔をして富樫が言う。
「お、おいアレク、今ひどいこと言ったろ」
アレクの声がした方を富樫が見ると、アレクは足首を押さえて転がっている。自身も地面に転がっていた富樫が身体を起こそうとすると――。
「動くな!」ロマンスグレーの初老の男が叫んだ。
「ダミー、彼は怪しい人だけど、たぶん僕達の味方だ。セファ君とも面識があるらしい。それに今回の戦争にも、僕達以上に詳しいようだよ」
「な、なんですと?」にくにくしげな表情をしながら、銃をふところにしまうダミー。
「セファと面識があるですって? それを聞いて私は逆にこの男に魔法をぶち込んでやりたくなったわ」
少女が銃のトリガーに指をかけた。途端に銃は、きゅいいいいいいン! という軽い音を立て、青色に輝き始めた。
「ま、待ってくれ! おいなんだよその武器!」富樫が悲鳴をあげた。
「アレクが私のために発注してくれた魔法銃よ。言いなさい、セファとあなたはどういう関係なのよ。返答次第でその頭にこの魔法銃で、火炎魔法をぶち込んでやるから!」
「エ、エリス、魔法銃はおもちゃじゃないから慎重に扱ってくれ。この男性はトガシと言って、未来からセファに会いにやってきたそうだよ。セファ君の敵でもない、だからその銃を下げてくれ」
「未来から、ですって? ふおおおお! アレク、それを先に言ってよ!」エリスもあっさりと銃を下ろした。
「ふう、一体何なんだ!」
富樫がよろよろと立ちあがって周囲を眺めると、そこには足のおれた白くて高そうなテーブルと、美しい模様の描かれたアンティークなお皿やカップが破壊されて散らばっていた。
「アレク様、この大惨事、このお城の管理をまかされている委員会に、報告せねばなりませんな」
「あ、アハハ」あたまをかきながらアレクが笑った。
「それよりあなた、名前は? 未来からきたって本当なの?」
小さな女の子であるエリスが、長身の富樫を下からきっつい目で睨みつけている。
「俺は富樫だ。富樫秋那。未来から来たってのは、ほんとかどうか俺にもわからないぜ。アレク、俺が未来から来たっていう証拠はあるのか?」
「うん、君はパリで起こるはずのチーム・オランジェの全滅を予言した。しかしそれに反して未来でセファ君と出会っているね。君の思考を読み取らせてもらい、それらが嘘でないことがすぐにわかった」
「思考共有か! 頭の中を見られるようでいい気分じゃないが、それで信用してもらえたなら何よりだな」
富樫の言葉を聞いて、眉をしかめるエリス。
「思考共有ですって? それってエルフを含む、幻想世界住人特有のスキルじゃなかったっけ?」
「そう、そのはずだった。それをこのトガシ君は持っているんだ。信用してもいいんじゃないかな?」
そう言うアレクには、もう一つの思いがあった。思考共有を中途半端にしか使えない、ハンパ者のエルフであるはずの自分の思考が読める、この男は一体何者なんだ。ホワイト・ニンフに転生した、エルフ界のスーパーエリートであるはずのセファでも出来なかったことを、なぜこの男は出来るのだ、という疑念であった。
「アレク」富樫がエリスとダミーを交互に眺め警戒しながら言った。
「ん?」
「俺はな、超がつくほどの地獄耳なんだ。だからあんたの思考も、俺にはエルフのスーパーエリート以上に聞き取れるのかもしれないな!」
「ふむ、なるほど」
荒っぽい対面であったが、こうして富樫はエリス、ダミーとも知り合いとなった。その後ダミーが修理した白い丸テーブルでコーヒーを飲みながら、富樫は三人に「未来世界」の話をした。時折疑いの表情を見せながらも、三人は富樫の話に真摯に耳を傾け、最終的にはそれを信じた。
「ドイツが世界を支配する未来とは、それはそれで喜ばしいですが、その未来が変わりつつあるのですか、ふむ」
「百年後の日本にセファがなぜ。謎だわ」
「ダミー、エリス。この人の言うことは、突拍子もないことだけに本当だと思う。そして彼の言うにはパリ攻略でチーム・オランジェが、後方で働いているエドを除いて全滅するとのことだ。さて、我々はどうすべきだろうか?」
「むう……」ダミーが両腕を抱いて考え込む。
「ぬうううう……」エリスが腕組みをして、眉間に皺を寄せる。
そこへ――。
「うっぴいいいいいいいい!」サファイアが現れた!
「アレク、オテガミオテガミ!」首(?)から下げたトートバッグを差し出すサファイア。それをあけて手紙を開くアレク。
エドからの手紙には暗号でこう書かれていた。
アレクさん。エドです。
いよいよ明日、チーム・オランジェが、パリ攻略作戦を開始するようです。
でもちょっと気になることが。
セファがパリから、思考共有と思われる声が聞こえると言ってます。
それは男性の声で、拷問に耐えているような悲鳴だそうです。
それを聞いたテオが、暗い顔をしているそうで、
これまでの快進撃とは、ちょっと違った空気が流れています。
何か嫌な予感がします。僕の気のせいだといいのですが。
エド・バーマスより
「エド君も、微妙な変化を感じとっているようだね」
手紙を回し読みする三人。最後に受け取った富樫が叫んだ。
「お、おい何語だよこれ、フランス語でもドイツ語でもないしさっぱりわかんねえな!」
「それは戦場にいる僕の親友からの手紙だ。これまでフランス軍を攻め立てていたドイツ軍だが、明日はちょっと荒れ模様になるかもしれない」
「明日? まさか明日ドイツ軍はパリを攻略するのか?」
「うん、どうやらそうらしいね」
「じゃあ、明日セファは……」顔を曇らせる富樫。
黙り込む面々。富樫の暗い顔をじっと見ていたアレクが、意を決して言った。
「よし、明日僕たちもザールブリュッケンに向かおう。トガシ君、もちろん君も一緒だ。ゲオルク軍曹には、パリ攻略を僕達が到着した後にしてもらうよう、手紙を書いておく。少なくとも僕達が到着するまでは、チーム・オランジェが全滅することはないはずだね。トガシ君、この作戦でどうだい?」
「さっすがアレク! その作戦、ばっちりだぜ!」サムズアップをして白い歯を光らせる富樫。
そんな二人を交互に見つめながら、ちょっぴり不安な気持ちになるエリスであった。
(私達も戦場に? アレク、正気なの? そんなことで、本当に人類の未来が変えられるの?)
ちょっとアンニュイな気分になり、少し冷めかけたコーヒーを口に含み、それを舌の上で弄ぶエリスであった。
(続く)




