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第五十五話・兵士達の休息

 フランス軍ドイツ軍双方を苦しめていた塹壕戦は、こうして幕を閉じた。


「こんなにうまくいくなんて、弾薬庫への花火の発射を命じたゲオルク軍曹のお手柄ですね」


夜の塹壕内の休憩所で、スープを飲みながら、ヨナが感服した様子で言った。


「いや、昨日の野戦での、君の正確無比の投擲とうてきのおかげでもある。しかし、セファには悲しい思いをさせてしまったな。軍上層部からも、今後はあんな無茶な攻撃はするなと釘をさされてしまったよ」


ゲオルク軍曹が、そっとスプーンを皿に戻し、目をそこに落とした。


「大丈夫です軍曹。たった一日で塹壕のすべてを制圧できたんですから、結果よければすべて良しです」


「あ、ああ、そうだな」



 セファが最前線に到着した次の日の夕方には、ドイツ軍はすべての塹壕をほぼ手中に納めたのだった。これまでの数か月の膠着状態から考えれば、驚異的とも言えるスピードでの攻略だった。



 その頃砲台の置かれた高台では、マンティスとテオが、砲手とともに炎を囲み、食後の紅茶を飲んでいた。


「なんてことだ。俺たちはほとんど活躍する暇がなかったな」マンティス伍長が悔しそうに言った。


「そうですね。一番活躍できなかったのは、伍長かもしれないですね」テオが答えた。


「ふふ、言うじゃないかテオ。そのかわいい顔での辛辣しんらつな口調、僕は嫌いじゃないよ」


 マンティス伍長は知らなかったが、実際、テオは風の精霊の力を使って、戦況を大きく動かしていた。決して何もしていないわけではなかったのだ。


 テオは敵味方双方の砲弾や銃弾が、極力人を傷つけることがないよう、風の精霊にその軌道をコントロールしてもらっていた。一つの町とその住民を消し去ってしまったセファに、これ以上ショックを与えないためのテオの配慮であったが、同時にそれは、戦闘での被害を最小限に押さえるための、大きな貢献を果たした。


 熾烈な戦闘であったにも関わらず、死傷者は驚くほど少なかった。



 そして、その頃エドは、ザールブリュッケンの司令部事務所で、フランス軍より獲得した長大な塹壕への、バランスのいい兵の配置について考えていた。塹壕の総面積に対して人員が不足すると、簡単にフランス軍に奪還されてしまう。そうしないための、最適な人員の配置が必要なのである。


「大丈夫です、塹壕戦に勝利したことで、兵のモチベーションは最高にまで上がってるはず。一番怖いのは雨による体温の低下ですが、それは僕の仲間がなんとかしてくれるはずです」


カール・エイス大尉がそれを聞いて言った。

「雨による体温の低下をなんとかすると? そんなことが可能なのか?」


「チーム・オランジェの一員、テオが天候を変化させる能力を持っています」


「な、なるほど」


「次に、前線への物資の供給についてですが、後方では民間人にも支援を頼みましょう。まず塹壕を完全制圧したというニュースを流し、その後各拠点に住む商人の皆さんに声をかけるのです。きっと快く協力してくれると思います」


「民間人に、物資の供給を依頼などして、人道的にいいものかね?」


「ハーグ陸戦条約から見れば、武器を携帯していなければ戦闘員とはみなされないので、大丈夫かと思います。ただ、文化遺産や病院と違って、店舗は攻撃や砲撃を禁止されてはいないので、早期に攻撃の対象とされる恐れはありますね」


「そうか、それなりの覚悟を持って、やってもらう必要があるということだな」


「はい。何かあった場合の軍からの補償も必要ですね」


「わかった。上層部と掛け合い、可能ならば全拠点で準備を整えさせよう。塹壕は奪取したとはいえ、まだまだ戦争はこれからだからな」


「ありがとうございます」


 エドは、エリスとともに考えた新しい物資供給の仕組み、共創兵站コ・ロジスティクスが、はやくも実現しそうな気配に興奮を押さえられなかった。



 そして――、その頃セファは――。


「おーい、セファ、ヒール一本」


「セファちゃん、こっちにもヒールね!」


「はああい」



 セファはゲオルク軍曹の案内で、塹壕内をあちこち飛び回りながら、負傷したドイツ兵、フランス兵の傷を癒していた。テオの能力により、武器はその威力を大幅に軽減されてはいたものの、跳弾ちょうだんなどにより軽傷を受けた兵士は大勢いたのだった。


「あ、ありがとう。ドイツにはこんなかわいい看護婦さんがいるんだな。捕虜になったのは悔しいけど、君と会えたのはうれしいよ、セファ君」


比較的重傷を負っていた年老いたフランス兵が、あっという間にひいた痛みと、癒された傷口に感動してセファに感謝の言葉を述べた。


「えへ、ありがと。でもあたしは看護婦じゃなくて、ホワントニンフだけどね」


どっと笑う、フランス兵の捕虜たち。そんなセファとフランス兵との交流を、腕組みをして感慨深げに眺める、ゲオルク軍曹であった。


(つづく)

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