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第五十四話・制圧

セファは目を覚ました。いつの間にか、白いタオルで作られた小さなベッドに、彼女は寝かされていた。そこは塹壕に掘られた横穴で、退避用の部屋であったが、セファにはそこがどこだかわからず、しばらくキョロキョロと周囲を見回した。泥の壁で覆われた、広い空間はしんと静まり返っている。


「はっ!」


 セファは身体の脇に、大量の小さな水筒が置かれているのに気づいた。二十本を超える水筒の中には、恐らく泉の水が入っているのだろう。これだけあれば、どれだけ強力な魔法を使っても、しばらくは心配いらないだろう。



(サファイア? どこ?)


(うっぴいいいい! セファ、今行く!)


(セファ、気づいたのね) テオからも声がかかった。


(うん、攻撃はどうなったの? あたし、どれくらい寝てたの?)


(攻撃は大成功よ。あのすごい大爆発のおかげで、塹壕のフランス兵がおびえて逃げ出したの。数か月落とすことが出来なかったフランス軍の塹壕に、あのあとドイツ軍がなだれ込んで、ものすごい戦闘になったみたい。ゲオルク軍曹とヨナも、大活躍だったみたいよ)


(そう……)


セファは複雑な表情で、かなしげに笑った。そこへサファイアが、さらに追加の水筒を持って現れた。


「うっぴいいいいいい!」


「サファイア!」


セファはサファイアを強く抱きしめ、またぽろぽろと涙を流した。


「セファ、イズミの水、飲んで! はやく飲んで!」


「うん、ありがと」


セファはサファイアのトートバックから水筒を一本取り出し、ぐびぐびと全部飲みほした。少しかげりはじめていたセファの身体が、虹色にきらめいた。



「セファ、アレクからオテガミ!」


「え? そうなの?」



セファは小さく折りたたまれた紙を受け取り開いてみた。


「セファ君、話は聞いた。索敵のための魔法が、君に大変な負担をかけてしまい、また、花火による合図が大変な被害をもたらしてしまったようで、それらは作戦を立てた僕にすべての責任がある。いやな思いをさせて、申し訳なかった。ただ、セファ君が無事で本当によかった。


 なお、さきほどのセファ君の泣き声が、僕のいるハイデルベルク城の時計塔まで響いてきた。もしフランス軍や、その周辺に、幻想世界の住人がいたら、筒抜けだから注意して欲しい。


最後に、今後同様な不必要な被害が出ないよう、弾薬庫や治療施設、避難所などへの花火および攻撃は避けて欲しい。ゲオルク軍曹にも、ドイツ軍本部経由で僕からお願いしておく。


アレク・ド・アンティーク」



「アレク……」


 確かに、あの弾薬庫への誘爆は、すべてセファの責任というわけではなかった。あの作戦を考えたのはアレクだし、弾薬庫のそばを指示したのはゲオルク軍曹だった。しかし――。


「ううっ!」


 セファは花火が誘爆した瞬間、精神捕縛ブレインキャプチャーでその周辺のフランス兵の、精神を読んだのだった。その瞬間の、何十人何百人という兵士の、恐怖の感情をセファは思い出し、歯をガチガチとならして震えだした。


(セファ! 大丈夫?)テオが異常を感じて語りかけた。


(大丈夫、じゃないかも。あたし、もうだめかも、え、えへへ)


(セファ! セファ! ゲンキだして!)サファイアがセファに抱きついた。


(ありがとうサファイア、こうしてると落ち着く―ー)



 目をつむり、サファイアに身体を預けていたセファが、その目をかっと開いた。その目は今までになく、強い光をたたえている。


(いきましょう、サファイア。あたしがしたことを、ちゃんと見届けなくちゃ!)


セファは休憩所の中から、大きさ十五センチほどの布袋ぬのぶくろを探しだし、そこに大量の水筒を入れた。


(う、重い)


(僕、手伝う)


(うん、ありがと)


(セファ、危険だからゲオルク軍曹たちが戻るのを待って。今はフランス軍の塹壕にいると思うけど、色々処理が終わったらそこに戻るはずだから)


(ううん、駄目なの。あたしは今見たいの)


(――。そう、じゃあせめて水筒は一本だけにして。万が一の時に、すばやく立ち回れるように)


(うん、わかったわ)


(サファイアもセファを助けてあげて)


(うっぴいいい! モチロン)



 セファは、水筒と一緒におかれていた小さなショルダーバックに水筒を一本だけ入れ、それを肩にかけた。


(いこう、サファイア)


(うぴい)


 セファは羽を動かし、ふらふらと日の光の差し込む入口の方へ向かった。サファイアがそれに続いた。入口を出ると、昨日の午後ゲオルク達と一緒に戦っていた塹壕に出た。さらに上方に移動すると、広大な平原が目に入った。昨日は誰もいなかったはずの平原に、多くのドイツ軍、フランス軍の兵士達が歩いている。ドイツ軍が塹壕を制圧し、フランスの多くの兵士を捕虜にしたのだった。


 ただ、塹壕はフランス領土を横切って、長く長く作られているため、それらのすべてを制圧できたわけではなかった。遠くから、まだパンパン、バリバリと戦闘の音が聞こえている。しかし戦況は、大きくドイツ軍に傾いたのは確かだろう。見るとテオのいる高台からも、砲撃がしきりに行われ、はるか遠くのフランス軍の塹壕を揺るがせていた。


「昨日の町は――」


 セファはゆっくりと高度をあげ、昨日遠隔花火リモートクラッカーを撃ちこんだ、町があると思われる丘の方にゆっくりと顔を向けた。


「ひどい――」


その上に町があったはずの丘の上部が半分以上吹き飛び、土がむき出しになっている。また、周囲の森は焼きつくされ、黒い炭となった木々が転がっている。町の残骸や人の気配は、どこにもなかった。きれいさっぱり吹き飛んでいた。



(あたし、もう人間は殺さない。エルフが滅ぼされて、あたしは人間を憎んでいたけど、これからは人間のために生きるわ。そしてこの戦争が終わったら、絶対に戦争なんて起こらない世界になるように祈り続けるわ)


 セファの心に、アレクとエリスの、ハイデルベルク城での言葉が思い出された。


 アレクは言った。この戦争を早期に終わらせ、両軍の被害を最小限にすると。アレク達が目指しているのは、共存と平和の理念であると。またこの世界から戦争をする理由を失くしてしまえばいいと。国家間のパワーの差や国家という概念を無くし、民衆の差別意識を無くせば、戦争は無くなると。


 エリスは言った。物資の調達と供給を、戦時だけでなく平時も安定して行う仕組みを作って、それは民間人に管理させたいと。そういう供給の網を普段から作り、普段は豊かな地域づくりに貢献し、戦時には軍への物資の供給をして貢献してもらいたいと。そういう仕組み作りをしていくことで、みんな豊かになれるし、戦争を望む声も減り、それによって、自ずと戦争は無くなるだろうと。




「そうだわ、祈るだけでは駄目。この戦争が終わったら、あたしもアレクとエリスに協力しよう。あたしたちで、戦争のない未来を作るんだ。そう、それがきっと先祖のエルフがあたしにやらせたかったことなんだわ」


 セファの頬を涙が流れた。それを拭いて、セファはフランス軍の塹壕を見下ろす。大勢の兵士がこちらに向かって歩いてくる中に、オレンジ色のベレー帽が2つ見えた。きっとゲオルクとヨナだろう。


「おいで、サファイア!」


「うっぴいいいい!」


 セファとサファイアは、オレンジ色のベレー帽を目印に、急降下した。


(つづく)

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