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第五十二話・水筒の水

 塹壕の中で、泥だらけになって号泣し続けるセファに、何もしてやれない富樫は、ただただイラだつばかりだった。


「セファ、しっかりしろ! くそっ、セファに戦争なんかさせやがって!」


 やがてセファの号泣は収まってきて、富樫は少しほっとしたが、今度は苦しそうにあえぎ始めたセファに、さらに心配の高まる富樫であった。誰かセファを助けてくれ、そう願う。


 ゲオルクとヨナが、地面に転がったセファに歩み寄り、膝をついて声をかける。ぐう、という大きな音立ててセファのお腹が鳴った。




「はあ? 腹が減っただけかよ! 心配させやがって! って――、それだけにしては具合悪そうだな。大丈夫か?」



 セファは目を閉じていた。セファの全身を包んでいた七色の光が薄れ、灰色にくすみ始めた。数万人、数十万人という多くのフランスの人達を、一度に索敵したことによる、マナの消費が激しすぎた。ヨナが慌てて手に入れてきたパンの欠片をセファの口に入れようとするが、ぐったりとしてしまったセファは、全く反応を示さない。その顔色は、どんどん悪くなっていく。


「セファ……」


 もう駄目なのか、と一瞬あきらめかけた富樫であったが、そんな考えを振り払って叫んだ。


「セファああああああ! 起きろおおおお! 俺だああああ! とがしだああああ!」


「はっ」


セファの目が、ゆっくりと開き、富樫の方を見た。


「ト、ガ、シ?」


セファは小さくそうつぶやき、その後、唇にあてられたパンに気づき、それをくわえて咀嚼そしゃくし始めた。それを飲み込んだ瞬間、少しだけ唇の色がよくなった。


「セファ、聞こえたのか! 俺の声が! セファアアアああああ!」



 富樫は全力でセファに近づこうとした。身体のない精神だけの状態で、そんなこと可能なのか、どうやれば可能なのか、富樫にはわからない。ただ、全身全霊で、富樫はセファを抱きしめてやりたかったのだった。


「うおおおおおお!」


 その時、奇跡が起こった。富樫の右手だけが、ぼんやりとではあるが、富樫の眼前に現れたのだ。


「おお! 俺の腕が! セファアアア、今助けるぞおおお!」



さらに気合を入れる富樫。透明な霧のようだった右腕が、少しずつではあるが、実体化していく。セファがそれに気づいて微笑み、その手に触れようと自分の手を上げ、富樫に向けて伸ばした。


「トガシ……」



 だが同時に、ゲオルクやヨナも富樫の手に気づいた。空中に浮かぶ透明な白い片腕は、「あちらの人」から見れば、幽霊にしか見えない。セファをどこかに引きずり込もうとするその白い腕からセファを守るために、ヨナはナイフを取り出し富樫の右腕を攻撃した。




「んぎゃあああああ! いててててて!」




 あまりの痛さに富樫の集中力は途切れた。血こそ出なかったものの、富樫の白い腕は消滅した。富樫の強い精神力で、具現化したその腕であったが、彼自身、どうやってそれを実体化させたのか、わからなかった。


「ちっくしょううう! あのオカッパ野郎、邪魔しやがって!」


その時――。


「ぴいいい!!」


 サファイアが、巨大なトートバックに大量の水筒をつめてやってきた。ヨナがそれを受け取り、セファの唇や、顔、胸などにたらす。すると灰色になりかけていた肌が、みるみるうちに血色を取り戻し、七色の光を放ち始めた。



 セファはむくっと起き上がり、2つ、3つと水筒の水を飲みほした。元気になると、今度はまたしくしくと泣き始め、サファイアに抱きついて声を殺して泣き続けた。そのうちすうすうという寝息をたて、眠りについた。寝言でまた「トガシ」、と言ったような気がして、富樫はうれしくなった。


「心配させやがって。まあ俺の声に応えてくれることがわかって、よかったぜ!」


次にセファに何かあったら、次こそ俺が救ってやる、そう誓う富樫であった。


(つづく)


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