第四十三話・ダークニンフへの尋問
エド、ヨナ、テオの三人、加えてセファとサファイアは、ゲオルク軍曹の机の周りに椅子を置いて座った。ゲオルク軍曹は、机の上におかれた四角い水晶の中の生物を見つめていた。
生物は抵抗するのに疲れてしまったのか、水晶の床にあぐらをかいて座り、荒い息をしている。それは美しい女性の顔立ちをしていて、黒髪には角が生え、黒い毛皮のコートを身に着けている。
「お前は何者だ」ゲオルクが静かに尋ねた。
生物は、ゲオルクの顔を見据え、にやりと笑いながら応えた。
「ふふ――、俺がそう簡単に答えると思ってんのか?」
「いや――、だがお前が敵ではないのであれば、早く口を開いた方がいい。我がドイツ軍には、血に飢えた拷問部隊がお前を待っているからだ」
「拷問ねえ。でも俺はこうやって、あのニンフの量子監獄とかいう魔法で閉じ込められているんだ。この硬い壁を通して、俺を傷つける方法なんてあるのかねえ。あるなら教えて欲しいね」
そういって生物は、透明の壁を思いっきり蹴飛ばし、セファをにらみつけた。
「はっ、そ、それは――」
「なんだその顔。もしかしてお前、効果も知らずにこの魔法を使ったのか?」
「そ、そういうわけじゃ……」
セファと生物との会話に、ゲオルクが割り込んだ。
「おいお前、迂闊にこいつと話をするな。情報を引き出して、魔法から逃げ出そうという考えかもしれないからな」
「あ、はい」
セファが口を閉じた。そんなセファの心に、さらに生物が「思考共有」を使って話しかける。
(セファとか言ったな。お前も幻想世界の住人で、しかもホワイトニンフだろ? 俺たちとは仲間じゃねえか。なぜこんな魔法で俺を閉じ込めた?)
(仲間? 確かにサイズは似ているし、思考共有も使えてるから、そうかもしれないけど――)
(だろ? 実は俺もニンフなんだ)
(えっ!)
そうか、この生物はダークニンフかもしれないと、セファは気付いた。ダークニンフについては、ハイデルベルク城で、アレクから少しだけ聞いたことがある。と言っても、セファはその言葉を夢うつつで聞いただけなのだけれど……。アレクは確かこう言っていた。
『ダークニンフっていうのはね、ホワイトニンフと違って魔法で転生したものじゃなく、人間や世界に恨みを持って死んでいったエルフが転生したもの、だそうだよ。ただしあくまで理論的なものであって、エルフの数学によって導かれた、可能性だけの存在、だそうだ』
(あなた、ダークニンフなの?)
(ふふ……、そうだよ、俺は――)
(セファ、やめなさい、ゲオルク軍曹が質問してる。彼にまかせましょう) テオの思考だった。セファが生物に共感してしまうのは危険と感じての制止であった。
(はっ! ご、ごめんなさい)
(ちっ、もう少しだったのにな、邪魔しやがって)
テオは右手に腰かけるセファの身体に、そっと左手を置いた。セファは両手をその人差し指にそっと置いた。
「おい、さっきから上の空だな。それとも黙秘か? もう一度尋ねよう。お前はフランス軍に属する者なのか、そうじゃないのか」
そうだ、重要なのはそこなのだ、とセファは思った。ニンフ同士とかそういうのは関係ない。大切なのはドイツ軍なのか、フランス軍なのかということだ。でも、本当にそれって重要なことだろうかとも、セファは思った。セファの心が揺れていた。セファは生物をじっと見つめて、その答えを待った。生物は静かに言った。
「俺がフランス軍の者じゃないって言ったら、あんたはそれを信じるのか? それに、あんたにとってのこの世界の中での敵というのは、フランス軍だけなのかい?」
「ぬ……、尋問しているのは俺だ。余計なお喋りはするんじゃない」
「ああ、じゃあ答えてやるよ。俺はフランス軍の者ではないし、協力もしていない。ただこの司令部をたまに覗きにきてるように、フランス軍の司令部もたまに覗いてる。その程度の関係さ」
「ほう……、おい、こいつの言ってるのが本当かどうか、確かめる魔法はないのか。いや、それよりこいつに自白させる魔法はないのか?」
ゲオルクがセファを見た。続いてその場の全員が一斉にセファを見る。セファが困ったような顔で言った。
「わかったわ、いい魔法がないか探してみます。ちょっと待ってね」
セファは目を閉じた。
(それだ、その能力! お前一体、何をしている!)
生物が思考共有でセファに語りかける。しかしセファはその思考を遮断し、「記憶の扉」に集中する。
この人のことが知りたい……
この人の名前が知りたい……
この人の本心が知りたい……
この人と分かり合いたい……
教えて……、先祖の記憶よ……。
セファは扉が開くのを静かに待った。だが今回はなかなか開かない。
(どうして? これまではすぐに音がして、魔法のイメージが頭に流れこんできたのに。そんな都合のいい魔法なんてないということなの?)
すこし焦り始めたセファの思考は、真っ暗な空間をただただ落ちていく感覚。だがその先に、何かが見えた。その物体が急速にセファに近づいてくる。警戒するセファの心。
(あれは、何?)
(つづく)




