第四話・STAGE1・クリア
富樫は余裕の笑顔で、あまちゃんをレジに出迎えて言った。
「いらっしゃいませ、おにぎり温めますか?」
するとあまちゃんも笑顔でこう言った。
「――はい、お願いします」
さっきとセリフが違う、――と思いながら富樫はおにぎりを受け取り、電子レンジにそれを入れた。パタンと扉を閉め、パネルの「1」のボタンと、「スタート」を押すと、フオオオオ、という音とともに電子レンジが動き始めた。この設定だと温めは、約10秒行われるはずだ。
その10秒の間に、富樫は考える。俺も以前、両親と一緒に暮らしていた頃には、家にあった電子レンジを使ってたなあ、と。
その電子レンジでは、確かダイヤルで秒数をセットしてスタートを押すと、温めが開始されたはずだ。となると、「いい感じに温め」とか、「気持ち程度に温め」とか、「人肌程度に温め」とかいうのを、俺も昔は試行錯誤しながらやっていたのか……。
短時間で、失敗せずにそれをやらないといけないって、考えてみたら、結構すごいことだよな。
――と、色々思考をめぐらせている間に、10秒はあっという間に経過した。チーン、という終了音が鳴った。果たして温めは成功したのか。まだ足りないなら、追加で温めればいいが、もし温め過ぎてしまっていたら……。
恐る恐る扉を開け、そっとおにぎりに触ってみる。それは冷たくもなく、熱すぎもせず、いい感じに温まっていた。
「やった! やったぞ!!」
おにぎりをそっと取り出し、レジ袋を探す。レジテーブルの下の棚に、半透明のビニール袋が大量に置かれているのを見付け、何種類かある中の、一番ちいさなものを1枚取り、おにぎりを入れた。
「おまたせしました、はい、おにぎりです」 おにぎりの入ったレジ袋を、富樫はあまちゃんに手渡した。
「ありがとうございます」あまちゃんが笑顔で言った。
「ありがとうございました!」 富樫は丁寧におじぎをした。
「あ、あの――、お金は――」
「は!!」
頭を上げると、あまちゃんは財布を持って困った顔をしている。――そう、お代を受け取らないといけないのだった。しかしそうするには、せっかく温めたおにぎりを、袋から取り出しレジでスキャンしなければならない。それ以前に富樫は、レジの操作方法を全く知らなかった。
(しまった……。電子レンジの操作に意識を集中し過ぎた。これは失敗と判断されるのか? だがまだあまちゃんは笑顔のままだ。それともまだ制限時間が来てないだけか? これから少しずつ、怖い顔になって最後にはまた右手の銃で……。駄目だ、そうなる前におにぎりを回収だ)
「すみません、そのおにぎり……」
焦りを隠しながら、右手をあまちゃんの持つレジ袋に伸ばしかけたその時、あまちゃんが笑顔のままこう言った。
「おめでとうございます、ステージクリアーです!」
「――え?」
店内に金色の紙吹雪が落ちてきて、ファンファーレが鳴った。それが鳴りやむと、富樫の視界は少しずつ暗転し、その暗闇の中に、白く巨大な文字が表示された。
『STAGE1 CLEAR! 補助ラベルを手に入れた!』
その文字が消え、再び富樫は暗闇の中に横たわっていた。身体を起こすと、何か両手に持っている。右手にはおにぎりの入ったレジ袋、左手には、細長い紙のようなものを、いつの間にか彼は持っていた。セファが言った。
「おめでとう、そのおにぎりと補助ラベルは、クリアの報酬よ」
左手の紙を、コートのポケットに突っ込んだ後、レジ袋をさぐってみる。中のおにぎりは、程よく温まっていた。
パッケージをほどき、それに食いつく。おいしい。だが感激するほどおいしいというほどでもないし、ステージ1をクリアした達成感も、それほどない。ただ黙々と、おにぎりを噛みしめる富樫だった。
半分ほどおにぎりを食べた所で、富樫は顔の近くにただようセファに尋ねた。
「そうだ、お金をもらわなくてもよかったのかな。俺、また失敗かとおもっちゃったよ」
そう言ってまたおにぎりをほおばる。
「ホントは駄目だったんだけど、あたしの判断でクリアにしたの。ルールはゲームの途中でも変えられるの。STAGE2では、レジの打ち方を覚えてみようか」
「う、うん……、そうだな。俺にも出来るかな」
「うん、できるできる」
おにぎりを食べ終わった富樫は、両手をハンガチでぬぐった後、コートのポケットから、さっき手に入れた長い紙を取り出して眺めた。
「む!! これは!!」
それは、「1(10秒)おにぎりx1」、「2(20秒)パスタ、ドリア」、などと、業務用電子レンジの操作のガイダンスが印刷されたシールだった。
「こんなのあるんだったら、最初から貼っておけーーー!」頭をかかえて絶叫する富樫。
「駄目なんだよ、プレイヤーに考えてもらうのも、この知育ゲームの目的なんだから!」
「ぬうううう!! はぁ……」
怒りの表情を浮かべていた富樫は、ため息をついて大人しくなった。どうやら感情をコントロールする方法も、学び始めているようだ。
「――で、これはどうやったら使えるんだ?」
「次のステージがスタートしたら、手に持ってるはずだから、電子レンジに貼って。そしたらそのステージから後は、ずっとそのままだから」
「パスタ、ドリア、か、ドリア食ってみたいなぁ」
「じゃあ、STAGE2はドリア温めにしてあげる」
「ホントか!! うおおおお!! じゃあ早速ステージ2に挑戦だ!!」
「はやっ!!」
<続く>