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第三十八話・旅立ち

第二章最後のお話になります。ちょっと長めです。


第二章「ハイデルベルク城」に登場した、ドイツのハイデルベルクの町、およびハイデルベルク城は実在のものですが、その構造や歴史、背景などには、事実と異なる部分が多くあります。


また城主アレク・ド・アンティークは、実在の人物であるシャルル・ド・グライムベルク伯をモデルにしています。グライムベルク伯は、ハイデルベルク城の破壊に反対し、その維持に生涯尽力された、城の救い主ともいえる方です。

 エリスの部屋のドアが、何度も繰り返しノックされ、セファ、エリス、サファイアは目が覚めた。窓の外は少し明るくなってきているものの、まだ部屋の中は暗い。


「エリス、セファ様、サファイア様、まだ少し早いですが、念のためそろそろお出かけの準備を――」


 エリスは目をこすりながら起き上がり、いろんなアイテムの散乱した床を、よろよろと横切ってドアをあけた。


「おはよう、ダミー。起こしに来てくれたのね、ありがとう」


「シャワーのお湯を用意しておいた。浴びるなら十分くらいで――。三十分後位に時計塔の下で朝食を準備するから、なるべく早く三人で来るようにね」


「わかったわ。ありがとう、シャワー浴びてからいくわ」


「では後程――」


ダミーは軽く頭を下げて、去っていった。




「セファ、サファイア、シャワーいこう」


「うん」


「プー……」 サファイアは少し寝ぼけているが、セファがベッドから飛び立つと、慌ててついて来た。



 扉を出て右に曲がり、長い廊下を進みながらエリスが少し言い辛そうに口を開いた。


「セファ?」


「うん?」


「……あのね、最後の思い出に、セファと一緒にシャワー浴びたいなって思うんだけど、ダメかしら」


「い、一緒にって、同じ個室でってこと?」


「う、うん――、やっぱり駄目だよね」


「べ、別にこれが最後じゃないと思うけど――、ど、どうしようかな」


 答えに困ったセファはエリスの顔を見た。まだ少し暗い廊下で、セファとサファイアを包む光によってエリスの顔が緑色や金色に輝いている。エリスはセファを悲しそうに見ているが、セファの視線に気づくと慌てて目を伏せた。そんなエリスの様子を見てセファの心は少しだけ痛んだ。


 セファは前世で、母親や、従妹いとこの小さな女の子と一緒にシャワーを浴びた記憶を思い出した。そうか、エリスも今、お母さんとか親戚の女の子と一緒にシャワーを浴びたいという、女の子の純粋な感情なのかもしれない――、そう考えると火が燃えるほどの熱さだったセファの羞恥の感情が和らいできた。


――そうだ……、それに今のあたしはエルフでもなく、人間でもない、エルフの魔法が生んだスーパーエリート、ホワイトニンフなんだ。雌雄同体の身体だって、両性具有だって、恥ずかしがることなんて何もない。むしろあたしは、それを誇るべきなんだ。


 そこまで考えたセファは、羞恥の全くない優しい表情で、エリスに言った。


「わかったよエリス、一緒に浴びよう」



 はっとした表情でセファを見るエリスに、セファは微笑んだ。


「ありがとうセファ! やったあ!」


両手を上げて飛び跳ねるエリス。やがてシャワールームに到着し、エリスはわくわくしながら服を乱暴に脱ぎ捨てた。


「まってね、先にサファイアの服を脱がしてやらないと」


「お湯も少し出してあげないとだったわね」


 エリスが昨日と同じくシャワーのお湯の温度と量を調整し、セファはまだねぼけているサファイアの羽衣とリボンを慌てて脱がせて個室に押し込んだ。セファ自身も着脱式の光の衣装を慌てて脱ぎ、エリスが開けてくれているスイングドアから個室に入る。エリスが入ってきてドアを閉めると、狭いというほどではないにしろ、若干の圧迫感と息苦しさを感じる。


でも昨日ほどの恥ずかしさはもうない。セファは羞恥を克服したのだ。



「十分ちょっとしかないのは残念ね。もっと時間が欲しい所だわ」


「そうね。もっと一緒にいたかったね」


「お湯出すね。強かったら弱くするから言ってね」


「うん、ありがと――」



エリスはシャンプーを泡立て、セファにそれを少量分けた。セファはオレンジ色の髪を優しく洗い、シャワーで流した。次に泡立てた石鹸の泡を少しもらい、全身を洗った。そこで隣の個室のサファイアが、心の声で語りかけた。


(セファ、シャワー、おわった、気持ちよかった)


(そう、よかったね。すぐに行くから少し待ってて)


「サファイアがシャワー終わったみたい。あたしも出るね」 もう一度全身にお湯を浴びながらセファは言った。


「うん、無理を言ってごめんね。きっといい思い出になるわ――」


「うん――」



 今日は光をつむいでタオルを作るには、まだ陽射しが足りなさそうなので、昨日作ったタオルを取り出し身体を拭き、光の衣装を着けた。サファイアの身体も拭いて衣装を着せた。エリスは新しい下着とメイド服を付け、ピンク色のパジャマを洗面台に置かれたカゴに放り込んだ。


「私の部屋に忘れ物はないわよね。直接時計塔に行きましょうか」


「あ、厨房の人がくれた食器が!」


「そうか、取ってくるから待ってて――」


「うん」


エリスは廊下を走って部屋に入り、少し間をおいて飛び出してきてこちらに走ってきた。


「食器は時計塔まで私が持っていって、そこで渡すわね」




 時計塔に着くとすでにアレクがテーブルにつき、エリスらを待っていた。空はだいぶ明るくなっている。


「おはよう、急がせてしまって申し訳ない。今回召集された新兵に対する命令が出たんだが、可能な限り早く、ザールブリュッケンに移動し指示を待てとのこと。ザールブリュッケンは、ここよりフランスの国境に近い危険な町だね。今ダミーに、エドくんを迎えに行かせている。戻ってきたらエリス、セファくん、サファイアくんを加えてハイデルベルクの北の、マンハイム駅に向かう」


「ザールブリュッケン、マンハイム……」 セファが復唱した。


「そこからエドくんとセファくんとサファイアくんは、列車で西に向かう。いくつか乗り換えをして、お昼過ぎから夕方にはザールブリュッケンに着けるはずだ。その後はエドくんにまかせておけば、なんとかなるだろう」


「ザールブリュッケンっていうことは、西部の塹壕戦に、エドをつかせるっていうことかしら。そんな消耗戦に、エドを使って欲しくはないんだけど――」


「たぶん目的地は塹壕ではなく、さらに西に移動して、ベルギー国境を越えてベルギーを西に進み、そこから南下してフランス領に入り、そのままパリを占領する、という作戦だろう。これはフランスとの開戦当初からのプランだけど、フランスに押されて膠着状態が続いている。セファくん、君がその膠着状態を破るんだ。君の手で歴史を変えるんだ」


「歴史を、変える?」


「あまり大きな声では言えないのだけど、このままだとドイツ軍はこの戦争に敗ける。無意味な大量殺戮、消耗戦の末にね。その結末を変えて欲しい。ドイツとフランスの、そして世界の未来を変えて欲しい。そのためにセファくんは、この時代に転生されたんだろうと、僕は思う。それが君に託された、エルフの望みではないかと僕は思うんだ」


「エルフの、望み――?」



 セファは答えを探そうとエリスの顔を見た。エリスはうなずいた。


「私もアレクと同じ考えよ。セファ、あなたにこの戦争を、世界の未来を変えて欲しい」


 やはりセファには答えを出すことは出来なかった。




 食事が終り、エリスのいれたコーヒーを飲み終わる頃、ダミーとエドが到着した。エドはアレクと握手を交わし、必ず戻って来ますと言った。



「セファ、くれぐれもエドをよろしく頼む。そしてセファくん自身も、無事に帰って来てくれ。僕は待っている」


「はい、行ってきます!」セファは敬礼した。



 アレクを残してダミーの運転する自動車はマンハイムへと向かった。途中マンハイムの人々が、エドに気づいて声をかけ無事を祈った。


 マンハイムに到着し、セファは食器の入った袋をエリスから受け取った。



「エド、絶対無事で帰ってくるのよ。そのために色々準備してあげたんだから」


「はは――、わかってるさ」 エドはエリスを優しく抱きしめた。



 エリスはしばらくエドに抱かれたままになっていたけれど、やがて身体をエドから離し、セファに向き直った。


「セファ、あなたも絶対、無事に帰ってきてね。また一緒に――」


泣きそうになったエリスに、サファイアが優しくヒールをかけた。


「ありがとうサファイア。あなたも元気でね。エドをよろしくね」


エリスはセファとサファイアをしっかりと抱きしめた。




「そろそろ発車の時間ですぞ」



 手を振りながら、駅の入口に向かうエドとセファ。回転しながらついていくサファイア。エリスは彼らにずっと手を振り続けた。発車の時刻が来て、列車が動き出した時、エリスは両手を祈るように胸の前で組んだ。


 列車が見えなくなった後も、エリスはその姿勢のまま、肩を震わせながらしばらく立ち尽くしていた。


(続く)

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