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第三十七話・出陣前夜

 戦場に赴く前の、ハイデルベルク城での最後の夜――。時計塔のそばのテーブルで、豪華な食事をとるセファ達。アレクはダミーにも同席をすすめたけれど、ダミーは丁重に辞退した。


「何かダミーの様子がおかしくないかしら?」エリスがランプを持って厨房へ向かうダミーの背中を見ながら言う。


「確かにちょっと素っ気ない気がするね。昨日の夜のことをまだ気にしてるのかな?」


「昨日の夜って――、ああ、戦場で死ぬのが軍人とかそうでないとかいう話ね。ダミーは前からそういう考え方だから、しょうがないわね」



「戦況が悪くなくて、エドくんにまで召集がかかるようなことがなければ、あんな話になることもなかったんだけどね。余裕のない今はしょうがない。明日からは少し戦況は変わるさ。我がドイツ軍には、セファくんとサファイアくんという、強力な助っ人が加わるんだからね。ね、セファくん」


巨大な葡萄ぶどうの欠片を、口いっぱいに頬張っていたセファは、慌ててそれを飲み込んだ。


「はい、どこまで出来るかわからないけど、がんばります。ドイツ軍の被害も少なく、フランス軍の被害も少なく、なるべく早く戦争を終わらせる、ですね」


「うん、そうして欲しい。僕はね、今エドくんをパリ攻略部隊に組み込んでもらうよう、軍に進言中だ。エドくんが加わることで、確実にパリ攻略の成功率と効率は高まる。セファくんとサファイアくんが一緒だからね」


「パリ――」



 セファの脳裏に、パリの記憶が再生された。それは恐らく、セファの前世であるエルフの少女セファの記憶ではないはずで、フランスに住んでいたエルフ達の記憶なのだろう。有名な凱旋門や、シャンゼリゼ通り、オペラ座、ロンシャン競馬場、オシャレなカフェや洋服・アクセサリのお店、などなど、様々な場所でエルフが活躍していた。芸術的才能にあふれる者が多いエルフは、パリで異彩を放ち、人間達を圧倒した――、しかしドイツで起こった人間対エルフの大戦争後、エルフ達は何の罪もなく逮捕され、ドイツへと連行されて処刑された――。



「セファ……」


「――ごめんなさい、パリにも悲しい思い出が沢山あって――」


「そうか――。辛い記憶を度々思い出させて本当に申し訳ない。だけど、この戦争が終わったら一緒に世界を変えよう。セファくんの魔法も、平和目的に使おう。だからそれまでは、僕とエリスのわがままを聞いて欲しい。エドくんを頼んだよ。彼の家は商人であり道具職人でもある。共創兵站コ・ロジスティクスのためのアイディアを、彼はエリスに色々授けてくれる。彼なくしては、僕たちの夢の実現は難しくなるんだ」


「はい!」



 豪華なディナーを食べ終え、明日の早朝またここでと約束し、セファ達は食器をキャリーケースに入れて厨房まで運んだ。それを見てダミーが少し驚いた。


「エリス。食器なら私が片付けるよ」


「いいえ、どうせ寄り道だから問題ないわ。それに、セファが夕食のお礼を言いたいって」


セファ達が厨房に入ると、狭い部屋でくつろいでいた3人のコック服を着た男性が、小さなセファを見て目を丸くした。


「ほうぉ、これがセファちゃんか。ホントにちっちゃいんだなぁ」


「今日もおいしいお料理をありがとうございました。明日の朝もよろしくお願いします」


「ああ、明日は早いんだってな。詳しいことは知らないが、ドイツのために頑張ってくれ」


「はい」


「あ、あの、セファさん――」 昨日給仕をしていた青年が、小さな袋をつまんでセファに差し出した。


「――これ、セファさんのために作った木製の食器です。予備も入れて何セットか入れてあります。よかったら使ってください」


「ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」


 セファは袋を受け取った。思ったよりずっしりと重みがあるけれど、なんとかセファでも持てそうだ。ただ、戦場でこんな荷物を手に持ってすごす訳にはいかない。そこは工夫が必要だわ――とセファは思った。


 ダミーに挨拶をしてセファ達はエリスの部屋に向かった。途中でエリスがサファイアの姿をしげしげと眺めて言った。


「今日は朝食からヒールをしてないのに、サファイアは元気ね。ハイパーヒールの威力、すごいわね」


「ピイイ」


「でも、周りを回ってる星の数が減ってる。朝は3つあったのに、今は1つしかないね」


「ほんとね。少しは回復させてあげた方がいいのかしら?」


「そうね、やっておくね、サファイア」


「ウッピィ」


 セファは空中をふわふわと飛びながら、右手に癒しの魔素を集めてささっとサファイアを治療した。慣れてくると魔法も短時間で出来るようになってくる感じだった。サファイアの周囲を飛ぶ星が、また3つになった。



 エリスの部屋に着いた。エリスは昨晩同様、ベッドの上でセファの目を気にせず裸になり、ピンク色のパジャマに着替えた。その後エリスはベッドに寝転がり、巨大な枕の近くに横になったセファを見つめた。


「セファ、昨日から色々お話をしたけど、まだ話し足りない。またこうやって、二人でお話しできる?」


「うん、たぶん――、戦争が終わったら、あたしは泉に帰るつもりだけど、エリスがもし良いなら、時々ここに遊びにくるよ」


「ありがとう。よかった」


 エリスはセファのひらひらとした光のドレスを手でいじり、その感触を確かめた。エリスの手でやさしく撫でられ、セファはうとうとし始め、やがて眠りに落ちた。


エリスはそっとセファから手を離し、部屋の灯りを消して目を閉じた。


このお城に来て、大人達に囲まれて育ったエリス。エドという友人が出来、セファやサファイアという友達も出来た。でも、明日三人は戦場に旅立っていく――、エリスは暗闇の中で静かに涙を流し、それをパジャマの袖でぬぐった。


三人が無事に帰ってきますように、そしてまたこのお城で、楽しい時間を過ごせますようにと、エリスは願った。


(続く)

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