第三十三話・セファvsアレク
五十メートル走の測定を終え、次は物理パワーの測定である。まずアレクは、時計塔から小さな木の箱を持ってきて、白いテーブルの上に置いて蓋を開いた。それはいくつかの種類の重りが入った、分銅セットだった。セファとサファイアは、小さな部品から順に持ち上げていった。最初は軽々と持ち上げていた二人だったが……。
「ふん!」
二百グラムの分銅を、セファは足を踏ん張り顔を歪ませて、かろうじて持ち上げた。サファイアも同様で、二百グラムの分銅で苦労しているようだった。
「わかった。それ以上やると身体を痛めそうだ。物理的な力は二百グラム。となると、戦闘能力もそれほどは……、あ、でも精霊は人を殺傷するくらいの力は持ってるんだったね。一体どうやって?」
「カラダを、カタクシテ、キリキザム、ニンゲンバラバラ、ウッピィ!」
「そ、そういうことか! 確かにさっきのスピードで攻撃されたら、防ぎようもなくミンチにされそうだ」
「せ、精霊こわい……」
アレクとセファが、一瞬にして青ざめ、脅えた目でサファイアを見る。サファイアは慌てて弁解するように、羽衣をひらひらさせながら訴えた。
「ダイジョウブ、ボクはワルイ精霊ジャナイヨ!」
「そ、そうよね、サファイアはいい子よね」
「うん、逆にサファイアくんに、その能力を使わせない状況を作ればいいことだ。もしうまくいかなかった場合、その責任は僕にある」
「でも、なるべくそれは使わないようにしてね、サファイア」
「ワカッタ」
「サファイアくんの能力は大体分かった。次はセファくんだ。僕は素手での格闘と、トンファーという東洋の武器を使った戦闘が得意だけど、まずは素手で闘ってみようか。その羽を傷つけたりするとまずいだろうし」
「はい……、でも羽は、この服と同じで魔法の力で出来ているようだから、傷ついてもすぐに修復されそうですけど」
「そうか、それはいいね。でも念のために手加減してやってみよう。まず想定は、セファくんが戦場で相手の兵に見つかったとしよう。幸いなことに、相手は武器を持っていない。素手でセファくんを捕えようと、近づいてくる。逃げることは出来ない。そばにエドが気絶して倒れており、置いてはいけないからだ。そんな状況での戦闘だ。いいかい?」
「は、はい」
アレクはコートを脱いでそれを白い椅子にかけた。剥き出しになった年期の入ってそうな軽鎧は、軽そうだけどそこそこの防御力はありそうだ。それはアレクの戦闘能力も、そこそこ高いであろうことを感じさせ、セファを緊張させた。
いきなりの切羽詰まった戦闘。そんな中で、自分に何が出来るんだろう、と考える間もなくアレクの左手の手刀による攻撃が、セファの目の前の空を切った。
(あ、あぶ……、あ!)
目を閉じた瞬間、セファはアレクの巨大な手に身体をつかまれた。すぐに手を離すアレク。
「大丈夫かい? まあここまでの素早い攻撃は、格闘技の心得がない者には難しいだろうけど、そのような者が戦場にいないとも限らない。さて、どうやって切り返すかな?」
セファはサファイアをちらっと見た。怒りで攻撃形態になろうとしてないか、心配だったからだ。でも大丈夫そうだ。サファイアは空中にふわふわと浮かび、大人しくセファを見つめている。
(セファ、戦闘大事、ボク、邪魔シナイ)
(ありがとうサファイア、いい子ね)
セファがアレクに向き直ると、アレクが身構えた。
「さっきと同じ攻撃をする。なんとかしてみたまえ」
「なんとかって……」
(セファ、記憶のトビラ!)
サファイアの心の声に、はっとするセファ。そうだ、何かを本気で願うと、記憶の扉が開くのだった。
(わかった、でも間に合うかな)
セファは近くに気絶して倒れるエドと、攻撃してくるアレク、そして、その攻撃を回避した自分をイメージした。カチャリ、と鍵の開く音がした。
(開いた、間にあって!)
脳に流れこんできた記憶のイメージに従い、セファは右手に攻撃の魔素を、左手に防御の魔素を集中させ、それを融合させた後、アレクの手がサファをつかもうと襲ってくるはずの右方向に、それを放出した。融合された魔素は緑色の鞭に姿を変え、アレクの左手を咥え込んだ。
「い、いたたたたた!」
突然の攻撃に、アレクがたまらず悲鳴を上げた。セファの小さな右手の数センチ先の空間から、トゲのはえた太い緑色の植物が数本出現し、アレクの左手の先から肩まで絡み付き、ぎりぎりとねじりあげていた。途中についたいくつものとげが、そこそこ硬いはずの軽鎧に深々と食い込んでいる。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて魔法を解除したセファはヒールを唱えようとした。
「あ、ヒールは手加減をするようにね。僕が違う生物になってしまわないように。あはは」
「はい!」
セファは手加減をしながらヒールを準備する。強い光も竜巻も生じない。アレクの左手にかざすと、癒しの魔素が、アレクの腕に吸収されていき、傷を癒した。と同時に、魔素はアレクの軽鎧に開いたいくつもの穴をも修復した。
「鎧の穴が塞がっていく。やっぱりすごいな、君のヒールは」
「えへ」
「今のはエルフの魔法、薔薇紐か。確かに防御に使ってもいいし、なんなら相手を縛り上げて拘束することも可能。ただ、美しいバラにはトゲがあるのが難点だね」
「あはは」
「さて、残るは国語、算数、理科、社会、音楽のテスト、だけど、時間もあまりないし、ここまでにしようか」
「あ、歌はあたし、得意ですよ。あ、あ、あ、あ、あ~~~~~」
勝手に発声練習を始めるセファ。どうやらアレクによる能力測定が、楽しくなってきたようだ。そんなセファを見てくすっと笑ったアレクが注文する。
「じゃあ、ローレライを歌ってくれないかな。僕の大好きな歌だ。知ってるかな?」
「はい!」
アレクはあぐらをかいて座り、セファはその前の地面に降り立ち、胸の前で手を組んで歌い始めた。澄んでいて綺麗な声だ。
「なぜこんなに悲しいのか、私にもわかりません。
遠い遠いおとぎ話が、私の心から離れません。
風は冷たく周囲は暗く、ライン川は静かに流れます。
山の頂に光さし、夕日の中に輝きます」
途中でセファの声は震え、その目から大粒の涙がこぼれた。歌い終えたセファは、涙を拭いてわびた。
「ごめんなさい、なぜか涙が。あたしも大好きな歌なのに」
「悪いのは僕だ。選曲を間違えた。好きなのは二番の歌詞だったんだけど、それはまた今度お願いするよ。さあ、そろそろ昼食の時間だ。サファイアくんもおいで」
アレクは、セファを左手に、サファイアを右手に抱き、時計塔に向かって歩き始めた。白いテーブルにはすでにダミーとエリスがいて、昼食の準備を進めている。エリスがアレクに気づいて軽く手を振った。セファも、鼻をすんすん言わせながら手を振って応えた。
(続く)




