第三話・最強最悪の業務用電子レンジ
「ぐ、ぐぬぬ、ぐぬぬぬう!!」
目の前にある、使い方のさっぱりわからない、業務用電子レンジを見て腕組みをし、考える富樫。だが、考えてどうなるものでもないと気づき、電子レンジの周囲を調べはじめる――。
「何か――、何か手がかりはないのか――、メモとか、張り紙とか! マニュアルとか!!」
そんなもの、あるはずがなかった――。
そこにあるのは、店員泣かせの最強最悪の業務用電子レンジ、〇ソニックPS-1801。そのマニュアルは、コンビニ業界でも貴重な品であると有名だ。そう易々と見つかるはずはない。そんな初歩のコンビニ事情さえ知らない富樫は、周囲の書類を探し続けた。
その間にも、時間は無駄に過ぎていった。そして――。
「あなた、おにぎり一個温めるのに、どれだけかかってるのよ」
背後からのあまちゃんのいらだったような声に、恐る恐る振り返る富樫。あまちゃんは、ものすごい侮蔑の表情で、富樫を睨みつけていた。あまちゃんの右手には、拳銃を持っているかのようなポーズが取られており、その銃口らしき位置は、富樫の顔に向けられていた。
「な、なんだよその手」
その右手が、ただの悪ふざけではなさそうだと直観した富樫は、逃げようかと一瞬考えたが、プライドがそれを許さない。富樫は強がって言った。
「やれるもんなら、やってみろ」
あまちゃんの右手の人差し指が、見えない引き金を引いた。バン、という耳をつんざくような轟音。瞬間、富樫の左目を、実際に弾丸が命中したような衝撃が襲い、彼は後ろに吹っ飛ばされた。痛む目を押さえて富樫は叫ぶ。
「あ、あああああ!!」
「トガシくんっていうのね。たかがおにぎり一個温めることも出来ないなんて、こんな役立たずも世の中にはいるのね。あなたにはもう、私のおにぎりを二度と温めないで欲しいわ――」
床で転がる富樫から目をそむけて、あまちゃんはコンビニを出ていった。血でぬるぬるになった床を転がる富樫の意識が、ゆっくりと薄れていく。
その最後に富樫が見たものは、闇に浮かぶ赤い文字だった。
『GAMEOVER お客様をあまり待たせると殺されますので注意』
――意識を取り戻した富樫は、あまちゃんに撃たれた左目を恐る恐る確かめ、何ごともなくてほっとした。周囲を見回し、頭上にコンビニ妖精セファの姿を発見したが、富樫はセファと視線があうと、怖いものでも見たかのように、慌てて目をそらした。
「ねえトガシ、さっきの元気はどこに行ったの?」
富樫は無表情で黙ったままだ。
「残酷なようだけど、このままではつまらないから、教えてあげる。最初に言ったけど、このゲームのタイトルは、『業務用レンジでコンビニ食材温めゲーム、クリアするまで帰れません』。つまりね、このゲームを頑張ってクリアしさえすれば、元の世界に戻れるの。それまでは何度だってリスタートできるの。この世界は仮想世界だから、時間はずっと止まっている。だから無限にやり直せるの。どう? 少しはやる気でた? もしリスタートする気になったら、あたしに声をかけてね」
――黙って聞いていた富樫だったが、両肩を抱いて寝転がり、ガタガタと震えだした。
「リ、リスタートして、あんな痛くて怖い思いを何度でもだと? 俺はまっぴらごめんだ。ただでさえ相手があまちゃんだなんて、俺の心をえぐるようなことしやがって、ふざけるな!」
と、その時、富樫の表情がぱっと明るくなった。
「は、そうか。仮想世界で、時間が止まっている? じゃあ、ずっとこうして、ここで寝転がって、一人震えていればいいじゃないか。どうせ元の世界に戻っても、同じようなものだ。俺はこの世界でもニート無職になり、永遠に生き続けるのだ。あはは!! あはははははは!!」
「トガシ……」
セファの顔から、完全にドヤ顔が消え、哀しそうな表情になった。どうやら、これがセファの素顔のようだ。セファは後悔し始めていた。
「ねえ、トガシ?」 セファが優しく声をかける。富樫は応えない。
「さっきのは少し、トガシには難しかったようだから、少し難易度を下げて、易しくしておいたわ。今度はあんなに怖くないから。もう一回頑張ってみようか」返事を待つセファ。だが、やはり富樫は応えない。
「ねえ!」
いらだったセファが、大きな声を上げた時、富樫は伏せていた顔を上げてセファを見た。その顔に、もう脅えの表情はない。彼は言った。
「難易度の件は助かる。ついでに、もう一つだけお願いを聞いてくれないかな?」
「お願い?」
「さっきの電子レンジ、操作方法がさっぱりだったんだけど、マニュアルか何かを置いといてもらえないかな? でなきゃ俺には無理だ」
「それは無理。あの電子レンジは、実際のコンビニでも使われているものだけど、マニュアルは貴重品で、なくなってることが多いの。だからこのゲームでも、それを再現してるの」
「ふうん――、コンビニの店員って、大変なんだな」
富樫はしばらく考え込んでいたが、やがて意を決して寝ころんだまま言った。
「わかった、やってみるよ。リスタートして」
「よかった! がんばってね。ステージ1を、リスタート!」
再び富樫の眼前に、巨大な赤い文字が表示された。
『STAGE1 おにぎりを1個温めよ!』
富樫はさっきのレジの前に立っていた。セファの声が聞こえた。
「お客さんがレジに来るまでの時間を、少し長くしておいたから、電子レンジの操作を試してみて。お客さんが来るまでは、電子レンジはいじり放題だから」
富樫はうなずき、電子レンジで色々操作してみる。
「マニュアルがなくても、みんな使えるっていうことは、それほど難しい操作じゃないはずだ。こうか」
スタートボタンを押すと、レンジが動作を始めることを確認した後、数字ボタンと組み合わせれば、時間を調節できるっぽいことに気づいた。
「そうか、1を押してスタートだと、10秒くらい温めるんだ。数字が大きくなると、少しずつ長くなってる。よし、おにぎり温めは、まず1からやってみよう。足りないようならもう1度、1とスタートを押せばいいな。よし、これだ!」
振り返ると、ちょうどあまちゃんがレジに向かって歩いてくる所だった。
「きやがれ。こんどはばっちりだぜ、あまちゃん!」
あまちゃんと富樫の、二度目のバトルが始まった。
<続く>