第二十九話・朝のシャワー
次の日の朝、目覚めたセファは、サファイアの様子をまず確認した。緑色の輝きが減っていて、少し元気も無さそうだ。1日3回、栄養を補給しないと、弱ってしまうのだろう。
「やっぱりサファイアは、連れていけない。なんとか泉に帰るように説得しないとね」
しばらくすると、サファイアとエリスも目覚めた。
「おはよう、エリス」
「おはよう、昨日はちょっと夜更かしし過ぎちゃったわね」
「ううん、色々お話できたし、楽しかったからいいと思う」
「今日はアレクに魔法を教わるんだったわね。でもなんでアレクが魔法なんて。まあそれはいいわ、シャワーを浴びるならドアを出て右の突き当り、でもホワイトニンフにはシャワーはいらないかしら?」
「どうかな、まだ生まれて3日目だからわからないけど」
セファは自分の身体をくんくんと嗅いだ。
「一応浴びとこうかな?」
「うん、じゃあ一緒に行こうか。シャワーは個室になってるから、裸を見られる心配はないからね」
「う、うん。サファイアも行く?」
どうしようか少し迷っている感じのサファイアだったが、心を決めたようにベッドから浮かび上がった。
(いく、セファと、一緒)
「うん、じゃあ行こう」セファもサファイアに次いで飛翔した。
エリスとともに部屋を出て、右に向かい廊下の突き当りにたどり着いた。ドアを開けると中は3つの個室にわかれていて、それぞれにシャワーが取り付けられている。また個室にはそれぞれに窓があり、朝日が個室の内部を明るく照らしている。
「そうだ、セファとサファイアは、蛇口を自分では開けないわよね。もったいないけど、お湯を少し出しておくわね」
エリスは蛇口をひねって、水量とお湯の温度を調整した。
「これでよし。このお城では水は貴重品だから、手早くシャワーを浴びて、終わったら声をかけてね」
「うん、ありがと」
シャワーの個室の扉は、スイングドアになっていて、エリスが調整を終わって出ると、すぐに扉は閉まった。しかし上下には人が覗きこめるくらいの空間があるから、もしエリスがセファの裸を見ようと思えば可能だ。でも、そこまで気にすると、またエリスに余計な気遣いをさせてしまうことになる。それは避けたい。セファは観念した。
セファはサファイアとともに、別の個室にふわふわと入っていった。エリスは、その場で構わずパジャマと下着を脱ぎ、洗面台に投げ捨てた後、残る一つの個室に入り、シャワーを使い始めた。
(エリスは大人と生活していたから、あんな風になったと言ってたけど、大人ってみんなあんなにがさつなのかしら)
そんなどうでもいいことを考えながら、セファは光の衣装を脱ぎ始めた。それらにはスイッチのようなものがあって、それに指で軽く触れると元の光の性質を取り戻して、衣装から空中に浮かぶ光点に変化する。衣装に戻す時は、光点を指でつまんで、身体に押し当てるだけだ。セファは簡単にこの衣装を作っていたが、古代エルフの数万年の知恵の結晶であり、非常に洗練された、魔法によって作られた芸術品、と言ってもいいものであった。
(あ、サファイアも、服を脱がないといけなかったわね)
(セファ、脱がして、セファ、脱がして)
セファは一瞬ためらったが、まだエリスはシャワーの最中だろうと思い、個室の上のスイングドアから出て、サファイアのいる個室に向かおうとした、だが………。
「!」
「はっ! み、見られた!」
そこにはシャワーを終えた、素っ裸のエリスがいて、濡れた身体をタオルで乱暴に拭いていた。そして個室から出てきた全裸のセファの、その身体の隅々までを直視してしまったのだ。
(ここは冷静に、冷静に……)
あわてて股間を隠してにこっと笑ったセファは、サファイアのいる個室に入り、着ているリボンと羽衣を脱がせてあげた。そして何ごともなかったかのように、エリスの前を通過して、自分の個室に戻った。途中ちらっとエリスの様子をうかがうと、彼女はタオルで身体を拭く姿勢のまま硬直し、大きく口を開けたすごい表情で、セファを凝視していた。
(だめだ……、見られちゃった。せっかくいいお友達になれたのに。気まずくなっちゃう)
セファは泣きそうな気持ちになりながらシャワーを浴びた。しかしそんなセファに、エリスが扉の外から優しく声をかけた。
「そう、そういうことだったのね。前世はエルフの女の子、それが今は転生して、雌雄同体に……。生物としてすごく興味深いけど、そういうものなんだし、あんまり恥ずかしく思う必要もない気がするわよ。少なくとも私は、馬鹿にしたり、好奇の目で見たりはしないからね」
「う、うん、ありがと」
「ただし、科学者としての好奇心は別……。今日の夜が楽しみだわ、ふふふ」
ぼそっと言ったエリスの言葉に、セファは震え上がったが、あんまり心を乱すとサファイアがその変化に気づき、戦闘形態に変化しエリスを攻撃しかねない。冷静に、冷静に、とまたセファは心の中でつぶやいた。やがてセファは考えるのをやめた。
(セファ、シャワー、おわった)
(あ、うん、すぐに行くね。シャワーどうだった?)
(気持ちよかった、シャワー、癖になる)
(そ、そう、よかったわね)
セファは右手を朝日の差し込む窓に差し出し、その光で糸を紡いだ。それを両手で持ち呪文を唱えると、それは白い半透明のバスタオルに変化した。
慌てて身体を拭いて、光の衣装を身に着け個室を出る。
「エリス、シャワー終わったよ」
「うん、お湯止めとくね」
身体の秘密がエリスにばれてしまったのは恥ずかしいけれど、秘密がなくなってよかった。これで癒し魔法の習得に集中できる、がんばらなきゃ、とセファは思った。
(続く)




