第二十八話・エリスのお部屋
「お、お邪魔します」セファは恐る恐る、その部屋に入った。
部屋は一瞬、巨大な宝石箱に見えた。金色、銀色、赤や緑や青、黄色やオレンジに彩られた様々な家具や飾りが置かれていて、足の踏み場もなかった。エリスはその中を器用に歩き、ベッドまでたどり着いて横になった。ピンク色のシーツに、美しい金髪がふわりとかかる。
「これが『大賢者の魔術書(仮)』のコピーよ」
エリスは枕元においてある、分厚い本の中の一冊を取り、セファに表紙を見せた。セファはふわふわとベットに向かって飛び、表紙をじっと見つめた。黒い表紙には、金色とオレンジ色の糸で、刺繍がされている。その文字らしきクネクネとした刺繍は、セファには全く見覚えがないものだった。
困惑気味のセファの表情を見て、エリスはさらに、ページを何枚かめくって見せる。びっしりと細かく書かれた文字と、極彩色の絵の具で塗られたカラフルで美しい魔方陣のような絵。だがそれらを見ても、セファには全くピンと来るものがなかった。
「先祖の記憶を持つあなたなら、何かわかるかもと思ったんだけど。残念」
エリスはパタンと本を閉じた。
「でも、これでいいのかもね。下手に過去の大賢者の知識なんかを得てしまったら、アレクの言う通り、人間は何をするかわからないものね」
「う、うん、そうね」
ベッドの上に立ったエリスは、メイド服を脱ぎ、ピンク色のパジャマに着替えた。こうしてみると、知的な少女ではあるものの、それ以外はただのかわいい女の子だ。
「こっちに来て」
ベッドにあぐらをかいて座り、両手をセファとサファイアに差し出す。警戒しながらも、その手の平の上に二人は乗った。巨大なエリスの顔が、セファに近づく。
「ほんとにきれいね、このドレス。あなたがデザインしたの?」
「う、うん。あ、でも、いろんなご先祖様の記憶を持ってるから、デザインの得意なご先祖様の記憶があるのかも」
「へーー、うらやましいわ。あ、ちょっとスケッチを描かせてね」
エリスは右手に乗っていたサファイアをベッドの上にどかして、いろんな物のおかれた枕元からスケッチブックと鉛筆を発掘し、セファの光のドレスのスケッチを始めた。さらさらとすごいスピードで、緻密な衣装が白い紙の上に描かれていく。
「絵も上手なんだね、エリス」
「よし、完成。次は膝をついて、両手を猫みたいにあげて、にゃおーんっていう感じのポーズで」
「にゃ、にゃおーん?」
「そう、そこでストップ!」
スケッチブックのページをめくり、さらに鉛筆を走らせるエリス。セファは顔を赤くしながら、絵が完成するまで猫のポーズをとり続けた。
「完成! いい絵が描けたわ、ほら」
恥しそうに「にゃおーんのポーズ」を取るセファが、とてもかわいくかけている。空中には、羽衣とリボンをつけたサファイアも飛んでいる。
「すごいね、絵ってこんなに短時間で描けるものなんだね」
「スケッチだけなら、描いていれば上達するからね。芸術的に価値のある絵を描こうとすると、途端にハードルがあがるの」
「へー、そういうものなのね」
エリスはセファをサファイアの横に置き、絵をスケッチブックから切り離して、ベッドの下から発掘した額に入れた。
「鉛筆だと、その燃えるようなオレンジの髪が再現できないわ。今度絵の具を発掘しなきゃ」
額を壁に立てかけて、満足そうに眺めたあと、再びセファを食い入るように見るエリス。
「で、そのドレスの中身にも興味があるんだけど、脱いでいただくことは出来るかしら?」
「そ、それは無理です!」
「ほう、なぜ無理なの?」
「そ、それは……」
ホワイトニンフは両性具有、つまり男性と女性、両方の特徴を備えた身体になっていて、男性と女性のどちらの役割を果たす事も可能なのだ。転生後しばらくして、そのことに気づいたセファは、女性であるはずの自分についている見慣れない器官を見てショックを受け、それを隠すためにあわてて光のローブを織り始めたのだった。
(言えない。恥ずかしいものがついてるからなんて言えない!)
真っ赤になった顔を両手で隠し、身悶えるセファ。そのあまりの恥ずかしがりように、何か悪いことでも言ったかと考えたエリスは、少し自重することにした。
「ま、まぁ、そこまで恥しいなら別にいいのよ。私だって別に、女の子の裸が見たいわけじゃないし!」
エリスも顔を真っ赤にして、ぷいっと横を向いた。
ほっとしたセファは、ふっと横にいるサファイアを見て驚いた。青く美しかったサファイアは、真っ黒で怪しく刺々しい物体に形状を変え、その内部にギラギラと赤い怒りをたぎらせ、エリスに襲いかかろうと身構えていた。それは人間を殺そうとする精霊が変形した戦闘形態である。そのあまりのおぞましい姿にセファは震えあがった。
(セファ、困らせる、許さないィイイ グルルウウ! フシュルルル、ウギギギギギィ!)
(サ、サファイア! 大丈夫! 大丈夫だから! その怖い姿はやめてぇ!)
おろおろするセファを見て、サファイアもまた自重して怒りを鎮め、戦闘形態を解除した。ほっとしてエリスを見ると、エリスはまだぷいっと横を向いたままだ。セファは額の汗を拭いた。エリスがそんなセファをちらっと見て言った。
「私ね、物心つかない頃に両親を亡くして、それでアレクに引き取られて、ここで大人達に育てられたの。だから他の女の子の気持ち、よくわからなくて。ごめんね」
「う、うん、大丈夫、全然気にしてないよ、平気だよ」
「そう、ならよかった」照れ笑いをしながらセファに向き直るエリス。
服を脱ぐのは無理だけど、お話だったらいくらでも。エリスとセファとサファイアは、その小さな身体には大きすぎるセミダブルベッドに横になり、色々なお話をした。エリスが喋り疲れてうとうとする頃には、サファイアもすっかりエリスになついていた。
(エリス、やさしい、エリス、かわいい、エリス、いい人、フシュルルル)
そんなサファイアの心の声を聞き、やっとセファも、安心して眠りにつくのだった。
(続く)




