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第二十四話・ハイデルベルクの時計塔の記憶

 執事長ダミーの運転する「自動車」は、背の低い草に覆われた平原に敷設ふせつされた、小石が剥き出しの小道をガタゴトと走っていく。あまりの揺れに気分が悪くなってきたセファとサファイアを、隣に座るエドがそっと抱き上げて、自分の膝の上に置いてくれた。それでだいぶ揺れは楽になった。しかしエンジン音と振動でうるさく、会話はとても出来そうにない。


(きょうゆう、きょうゆう)サファイアが思考共有を使いセファに語りかけた。


(そうね、人間も思考共有が使えればいいのにね。そうだサファイア、何か体調に変化があったら、すぐに言ってね。泉に戻してもらうからね)


(すぐに、わかった)


 しばらく走っていた自動車は、突然スピードを落として止まった。セファが興味をそそられて、エドの膝から飛翔し外を眺めると、サファイアもそれに続いた。二人に見えたのは、前方からゆっくりとこちらに移動してくる、数台の馬車だった。巨大な馬が、剥き出しの目でこちらを凝視している。


「馬!」セファが叫ぶと、エリスがひとり言のように言った。


「道路では馬車が優先。馬が怖がらないように、自動車は道を馬車に譲ること。それはしょうがないことだけど、そういう意識を何とかしないと、パリ攻略時にちょっと苦労するかもしれないわね」


「なるほど、わかりましたエリス。それを軍に進言しておきましょう」


「うん、お願い」


 馬は警戒の表情でこちらを見ながら、自動車の横をすれ違う。馬車を操る御者ぎょしゃが声をかけた。


「やあダミーさん、エリス、エド、こんにちは!」


「こんにちはトビィさん」エドが言った。ダミーとエリスはそれぞれ会釈と目礼で応えた。三台の馬車が通過するのを待ったあと、ダミーは再びエンジンをスタートさせ、小道を進んだ。セファは前列のシートに取り付き、外を眺めた。さっきは遠くに小さく見えていたハイデルベルク城が、だいぶ大きくはっきりと見えるようになってきた。山の中腹に建てられたそれは、窓の並んだ高い茶色の壁に囲まれたお城で、中には多くの建物が密集しているように見える。特に目を引くのは、灰色のスレート瓦で屋根を覆われた、四角く茶色い建物、その正面に巨大な丸い時計が取り付けられている、時計塔だった。城から視線を山のふもとに移すと、ハイリゲンベルクの山と、ネッカー川にはさまれた位置に、多くの白い壁とオレンジの屋根の民家が建てられていた。それらを見ているうちに、セファはなんだか懐かしい気持ちになった。


(そうだ……、あたしはここに来たことがある)


 それはまだ彼女がエルフの少女であった頃のことだ。エルフの名家の娘であった少女セファは両親とともに、当時のハイデルベルクの領主の開く晩餐会に招かれたのだった。馬車に乗って時計塔の下のアーチ状の門をくぐりながら、「この時計塔が、ハイデルベルク城の防衛の、第一の要ですぞ」と説明された記憶がある。そしてその時、門の近くですれ違った風変りな男性の姿に、妙に心を引かれたのをセファは覚えていた。レザーアーマーに黒いコートを羽織ったその男は、すれ違い様、セファをみて微笑んだ。その意味深げでミステリアスな笑顔が、セファは気になり、忘れることが出来なかったのだ。


(あたしのとってのハイデルベルクは、あの時のミステリアスなイメージのまま)


 やがて自動車は民家の密集する城下町に入った。そこは夕方の買い物をする人達や、観光客であふれかえっていてにぎやかだった。何人もの人が自動車をよけながら、ダミーとエリスに笑顔で声をかけた。


(エリス、人気者だね)


ちょっとうらやましく思ったセファに、サファイアが言った。


(セファ、精霊、人気者)


(そうね、そうだったわね、ありがと)


 市街を抜け、ちょっと傾斜のある山道を登っていくと、やがて石造りの橋にたどり着いた。その橋を越えるとハイデルベルク城の敷地であり、訪れるものを最初に待っているのがその先にある巨大な時計塔であった。セファはその塔の下のアーチ状の門の周辺に、記憶の中の黒いコートの男を探した。でも、そこには誰の姿も見つからなかった。ふと、セファは誰かに見られているという、ぞくっとする感じがし、視線を上げた。高々とそびえる時計塔の、丸く巨大な白い時計が見え、その上の屋根に設けられている、展望台が見えた。そしてその展望台に、誰かがいる。軽鎧けいがいのような衣装の上に黒いコートを羽織った男。それは記憶の中の彼にそっくりだった。セファの鼓動は高まった。


(あの人!)


「あれが城主である、アレク・ド・アンティーク男爵。帝国よりこのお城の管理をまかされたお方だよ」


セファの視線に気付いたエドが、セファに説明した。


「男爵……」


セファ達の視線に気づいたのか、男はコートをひらりとひるがえして、時計塔の中に消えた。


(続く)

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