第二十三話・執事長ダミー
エリスとエドは、弁当などを片付けて立ちあがった。セファは泉の方を振り返った。泉の見張り台を見上げたセファの思考に、精霊の声が聞こえた。セファはそれに答えた。
(セファ、すまない……)
(大丈夫、きっと戻ってくるから。そうだサファイア、あなたは泉のマナしか食べられないんだったら、ここにいて。マナが切れちゃうと、消えちゃうかもしれないし)
サファイアは、何か言いたそうにリボンをひらひらと揺らした。その時、サファイアの思いがセファの脳裏に伝わった。
(いやだ。ボクも、一緒)
(セファ、あなたも思考共有が使えるのね!)
(うん、おぼえる、きょうゆう)
(だったらなおさら、あなたはここにいなきゃ。みんなと一緒にすごして、しっかり言葉を覚えるのよ、わかった?)
(……)
サファイアは寂しそうに体を少し震わせた。かわいそうだけど仕方がない、これがサファイアのためなのだと決意し、セファはエリスに訴えた。
「エリス、この子は泉から離れちゃうと、マナが補給できなくなって、消えちゃうかもしれないの。それに生まれたばかりで、ちゃんと言葉を喋れるようになるまでは、ここにいさせてあげたいの。だから、エドに協力するのは、あたしだけにして」
「ほう……。言葉を覚えられるの? だったら協力してもらうのは、その後の方がいいけど、でもまたここに来て、その子に協力をお願いしようとしたときに、ほかの精霊たちが襲ってこないと保障できるのかしら?」
「う、それは……」
考え込んでしまったセファを見て、エリスは譲歩して言った。
「わかったわ、その子にも一緒にお城に来てもらうけど、その子の身体に異常が見られたら、すぐにここに戻ってきて解放してあげる。そういう約束でならいいかしら?」
「う、うん、ありがと。それならオッケーよ」
それを聞いて、サファイアがうれしそうに回転した。そんなやり取りを見ていたエドがにっこりとして言った。
「じゃあ急ごう。泉の調査が必要なくなったから、時間的には余裕があるんだけど、ダミーを待たせてるからね」
「ダミー?」
「ハイデルベルク城の執事長にして、私の師匠よ。ほんとの名前はダミアンなんだけど、みんな彼のことをダミーって呼んでるのよ」
「ふうん」
平原はゆるやかな下り坂だったが、しばらく下ると今度は急な登りになり、そこを少し登った所で、遠くに黒い服を来た小さな人影が見えた。それが、ハイデルベルク城の執事長であるダミーだった。黒い執事服を着、白髪と白いひげを綺麗に整え、精悍な目つきをした有能そうな男だ。エリス達が坂道の下から現れたのをすばやく発見して、疑念のこもった眼でこちらを見ていた。
「あ、あたし、どこかに隠れた方がいい?」
「いいのよ。ダミーに隠し事なんて出来ないから」
「そ、そうなの?」
「そう」
セファはダミーの後ろに、黒く巨大な金属の機械が置かれているのを見て、少し不安になってエリスにその機械のことを尋ねた。
「あの人の後ろにある、黒い機械は何?」
「機械? ああ、自動車のことね。ガソリンで動く乗物。馬と違って休憩が必要ないから、すごく便利よね、あれ」
「自動車……」
ダミーの視線を痛いほどに感じながら、セファ達は坂を登りきり、ダミーと対峙した。
「これは……、計画通り、マナの源泉は見つかったということでしょうか?」
「え、ええ……、そうなんだけどね。ちょっと問題があったの」
「問題?」
「エリス、あたしが説明した方がいい?」
セファが口を挟むと、ダミーは興味深そうに口ひげをなでながら言った。
「ほう……、喋れるのか。妖精のようなサイズと羽、そして人語を喋る。いったいこの生物はなんなのですか、エリス」
「あ、あたしはセファ。エルフの末裔。この子はサファイア。癒しの精霊よ」
「エルフ? エルフは遠い昔に人間との大戦争で滅びたはずだが?」
まだセファから詳しい話を聞いていない、エリスとエドも興味深そうな表情で、セファの返事を待っている。だがセファ自身も昨日うまれたばかりで、事情はよく呑み込めていない。それを正直に話した。
「なるほど、エルフ最後の秘術ですか。恐らく転生の魔法か何かなのでしょうね」
「転生……、それはある意味、不老不死のようなものなのかしら?」
「詳しい話は移動しながらでもいいでしょう。ところでこの生物達のことは、城主様には報告するつもりですか? エリス」
「それを今考えてる所なんだけど……」
自動車に乗り込みながら、エリスは考える。
「変わり者で、行動が読めない城主様だけど、私はセファやサファイアの気持ちを無視してまで、泉の探索を進めるような人だとは思わないわ。せめてこの戦争が終わるまでは、そっとしておいてくれるんじゃないかしら?」
「ふむ……」
自動車の前列にダミーとエリスが、後列にエドとセファとサファイアが乗り込んだ。エンジンをスタートさせ、運転を始めたダミーが、言葉を続けた。
「ひとつ言っておきましょうエリス。彼があなたに、例の古びた本の解読を命じたのは、エドの戦場でのサポートのため、などではなく、この偉大なるドイツ帝国を勝利に導くためなのです。だからあなたには、報告の義務がある。城主様に泉のマナと精霊のことを伝え、それを調査するかどうかは、城主様のご判断にお任せするのです。わかりますか?」
「そ、そんな! 約束が違う!」
セファが叫んだ。
「大丈夫よ、セファ。さっきも言ったけど、私は城主様が、セファやサファイアの気持ちを裏切ることはないと思っているから。私はね、ドイツ軍の参謀補佐なの。軍の大人達も脱帽するほどの、予想と戦術の天才。そんな私が言うんだから、間違いはないわ」
セファは黙り込んだ。ついさっき初めてあったばかりの金髪の女の子の言葉を、どこまで信じられようか。不安の消えないセファに、ダミーが言った。
「セファとやら……、今のエリスの言葉は本当です。この子は幼い頃から私がさまざまな学問を教え込み、私を超える天才となったのです。だからこそ私と城主様は参謀補佐として彼女を軍に推薦し、軍はそれを承諾したのです。今の所、戦争はエリスの予想通りに進んでいます。エリスの言う通りにしていれば、恐らくこの先も間違いはない。我がドイツ帝国はパリに攻め入り、フランス軍に勝利するのです」
「……」
セファの不安は消えない。エリスの顔色をうかがってみたが、金髪からちらっと見え隠れするエリスの後ろ姿には、やはり不安による緊張が宿っているように感じられた。
(続く)




