第二十一話・幼女エリスと少年兵エド
東からこの泉に近づいているという人間を確認するために、セファとサファイアは、泉の上空にある見張り台まで飛んだ。
「あれが見張り台ね。透明だけど、少しだけ光っているからわかるわ」
見張り台では、二匹の精霊が東方の監視を続けている。彼らの向いている方をセファは見た。木々がまばらにはえた草原が遠くまで続き、その向こうに深い緑色の木々をたたえた山が見える。山の斜面には巨大な城があり、その裾野には町並みが広がっている。
草原の北には小さな川が東西に流れており、その南の岸を、小さな小さな人影が二つ、こちらに向かって歩いていた。
「いけない。このままだと泉が見つかっちゃう」
その時セファは、泉の精霊たちの思考を感じ取った。それは見張りの二匹の精霊のうちの、一匹の思考だった。
(ちいさなニンゲンめ、かわいそうだけど、やるしかない)
「やるって……、何を?」
(コロスのさ、この泉はボクたちの聖地。絶対にニンゲンに知られるわけにはいかない。それがここの決まりなんだ。その決まりはニンゲンも知っているはずなんだ)
「コロス?」
泉の周囲が異常な緊張感に包まれた。セファの脳裏に、先祖であるエルフ達の記憶のひとつが蘇った。それは遠い遠い昔、人間とエルフの間で行われた大戦争の記憶であった。エルフは魔法と武器の強さでは人間を上回っていたが、凶暴さ、卑怯さ、強欲さでは人間がエルフを圧倒し、エルフの住処を次々と廃墟に変えていった。エルフは運命を受け入れ、滅びの道を選んだのだった。セファは声を震わせて叫んだ。
「だめ。殺すのはだめ。暴力は暴力を生むだけ!」
(じゃあ、どうしろと)
「あたしがなんとかするから、あなたたちは隠れてて」
(ダメだ! セファ!)
セファは二人の人間めがけて飛んだ。サファイアが慌ててついてきたため、セファは止めようとしたがサファイアは聞かない。セファはあきらめ、サファイアとともに人間めがけて高度を下げていった。小さな金属製の箱を両手で持つ金髪少女と、銃を抱える少年まであと少しという所で、セファとサファイアはスピードを落とした。
「ねえエリス、その機械ほんとに信用できるのかい?」
「エド……、それは私じゃなくて、この機械を考えた大賢者に言って。私は大賢者の書いた本をもとに、これを復元しただけだから」
「そこからもう胡散臭いんだよなぁ。ハイデルベルク城に古くから伝わる、暗号のような文字で書かれた謎の本。それをエリスが解読して、そこに書かれていた大賢者の発明品を一週間で復元……、どこから突っ込めばいいのか」
「うるさいわね。過去のほとんどの学者は出来なかったみたいだけど、私には出来た、それだけのことなの。それにこれは、全部あなたのためなのよ。私のそんなあなたへの愛の証を茶化すなんてひどすぎない? 最後には怒るわよ」
「そ、そうだったね、わるかったよ」
エリスは少年の半分ほどの背丈しかない、小さな小さな女の子であったが、その言葉からは大人に負けないほどの賢さがにじみ出ていた。彼女は大人用の弁当箱くらいの大きさの、2本のアンテナのついた金属製の箱を左右に動かし、その表面に埋め込まれたメータの針の動きを観察していた。
「こっちよ。マナらしき物質の大量発生ポイントが、あと数十メートルから数百メートルの地点にあるわ」
「そうか、もうすぐわかるな、その機械が本物かどうか……」
振り向いてじろっと睨むエリスを見て、エドは口をつぐんだ。
「いいのよ。私もそれを確かめるために、ここまで来たんだから。もしこの機械が本当にマナ探知機なら、戦争の流れは一気に変わるわ。我がドイツ軍が圧倒的有利になるはず。あなたも戦争に行かなくても済むかも」
「そうだね、そうなれば助かるよ」
戦争、という言葉を聞いて、たまらずセファは叫んだ。
「せ、戦争って何のことよ! あなたたち人間は、今度は誰と戦争してるの?」
「え?」
「は! しまった!」
セファはあわてて口を手でふさいだが、すでに遅く、エリスとエドが目を丸くして、空中に浮かぶセファとサファイアを見つめていた。
「見慣れない妖しい生き物が2匹。ふふ、面白くなってきたわね」
幼女エリスの目が、冷たくきらっと光った。
(続く)




