第十二話・クレーマー三番勝負(3)
2人目のクレーマーは、金属バットを持ったゴーレムのような巨漢だ。彼は富樫に向かって、見せつけるようにアイスキャンディーを掲げていたが、その手を降ろし、レジに近づいてきた。富樫と金属バット野郎の間に、緊張が走る。
(ふふっ、この俺の氷系魔法による攻撃を、とくと味わうがいい)
(かかってこい。いざとなったらそのバットを食らう前に、俺のエルボーでぶっ倒してやるぜ)
富樫の放つ殺気を感じ取り、セファが慌てて富樫に釘を刺す。
「暴力は駄目よ! なんとか言葉で解決してね! ポテチと違って正解はないんだけど、2人目は、お客様の言う通りにすればクリアできるからね!」
「わかった、努力してみるよ。だけど失敗した時には、みすみす殺されはしない。俺のエルボーが通用するか、試してみたい。いいな?」
「う、うん、わかったよ。でも失敗した時に死亡っていうペナルティーは変らないから、そのNPCを倒しても、結局は別の人に殺されちゃうからね」
「そ、そうなのか! ま、まあいい。俺はこの男が許せないんだ!」
そうこうしている間に、金属バットの男がレジカウンターにアイスキャンディーを置き、ニヤリと笑って言った。
「このアイスキャンディーの、温めをお願いしたいのだが」
「お、お客様、アイスキャンディーは氷菓子ですので、温めるとただの砂糖水になってしまいますが、それでもよろしいでしょうか?」
「ふっ、知れたことを。いいから温めていただこうか。三度は言わぬぞ」
「ぬ、ぬう……」
富樫は、どうしたものかと考えた。セファの助言に従って、ここは男の希望通りアイスキャンディーを温めれば、課題はクリアできるかもしれない。しかし、富樫にはやすやすとそうはできない理由があったのだ。その理由を知るヒントは、さっき富樫が言った、「あいつ……、某ユーチュバーのようなことしやがって」、という言葉にある。
そう、ネットではこの、「アイスキャンディー温めをコンビニ店員に頼んで反応を見てみんなで笑う」という悪ふざけが、大流行しているのを富樫は知っていた。最初は笑って見ていた富樫だったが、「電力を使って冷たく凍らせているお菓子を、わざわざ余計な電力で水に戻して楽しむ」、という無駄を見て、だんだん怒りがわいてきた。「地球にやさしいニート」を目指している富樫にとって、許せない行為であったのだ。
(地球上にそんな馬鹿が数人いても、俺には関係ないと思っていたが、まさかそんな俺が、アイスキャンディー温めを依頼される当事者になるとは、運命とは怖ろしい。いや、怖ろしいからこその運命か。ま、どっちでもいい。今はこの場をどうしのぐかだ……)
約1秒後、富樫はセファの助言に従うことに決めた。ふう、と深呼吸して富樫は言った。
「わかりました。温めさせていただきますね」
にこっとほほ笑む富樫。アイスキャンディーのバーコードを読み取り値段を告げた後、手に取り電子レンジに入れる。10秒でいいか、と考えて「1」と「スタート」を押し、温めを開始。チーン、という音とともに取り出すと、ぱんぱんに膨れたパッケージの中で、溶けて砂糖水になったアイスキャンディーが、ゆらゆらと揺れるのがわかった。
(俺は何をやってるんだ!)
再び怒りを覚えた富樫だったが我慢し、白いコンビニ袋にそれを入れて金属バットの男に手渡した。男は中身を確認して言った。
「おい、完全に溶けて、砂糖水になってる。ここまで温めろと俺は言ってないぞ。どうしてくれるんだ!」
「ぐっ!」
「トガシ、我慢して! ここで謝罪すれば2人目クリアーだから!」
両手を握り、歯軋りをしていた富樫が、あきらめたように深々と頭を下げた。
「も、申し訳ありませんでした……」
金属バットの男は、そんな富樫の姿を見て満足げにほほ笑んだ。
「ふっ、ザコが。よかろう、今回は許すが、次回は失敗しないように精進するように。といった所で2人目クリアだ。嫌な思いをさせて悪かった。ステージ3クリアまであと一人だ。がんばれよ」
富樫は頭をあげて男を見た。男はにこっと笑って手を振り、コンビニを出ていった。必殺スキル、「七色のエルボー」の使いどころを失った富樫の心は複雑だ。
「俺、何やってるんだろう……」
「大丈夫、トガシはよくやったよ。がんばったよ。負けて勝つっていう言葉があるけど、そういう意味で、今のはトガシの大勝利だよ。あの人もバットを使わなくてすんだし、トガシも暴力を振るわなくてすんだ。みんなトガシの選択のおかげだね! それより次の人が最後だよ、がんばって!」
「あ、ああ……、そうだな、ありがとうセファ」
(セファの言う通りだ。電力の無駄使いという行為は、確かに地球にやさしくない罪だけど、それを理由に人間同士殺し合うなんていうのは、もっと愚かな罪だった。俺はさっき、少しだけ電力を無駄にしちまったけど、無駄なトラブル、流血を回避して、このコンビニの平和を守ったんだ。やったぜ俺! さて、次の相手は……)
最後に残ったのは拳銃を持つ男。マスクをしていて口元は見えないが、少しやせていて神経質そうな感じだ。店の奥の方から、富樫の方をちらちらと盗み見ている。
「金属バット野郎も手ごわそうだったけど、こいつも別の意味で厄介な感じだな。武器が拳銃ってのもまた厄介。いざとなったら、相打ち覚悟で俺のエルボーを叩きこんでやるか。って、あれ?」
富樫は首をかしげた。拳銃の男が何も持たずに、カウンターに向かって歩いてきたからだ。
「商品も持たずに、だと? ま、まさか、こいつ……」
(続く)




