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幸田露伴「新浦島」現代語勝手訳  作者: 秋月しろう
19/22

幸田露伴「新浦島」現代語勝手訳(19)

其の十九


鬼神きじんは『その道』に外れたことはしないとか。これを思えば人間は何と不埒ふらちな存在であることか。


同須どうしゅは次郎に向かって、

「仰せではございますが、ご期待にはどうにも添いかねます。御手伝いだけは何卒なにとぞお許しくださいませ。その他のことであれば、どんなことでも仰せのままに働きますが、『勤勉』、『倹約』という言葉は我等の世界にはございません。我がままからというのではなく、そもそもほんとうにできないのでありますので、どうしようもございません。その代わりに、他のことはどんな難儀なことでもきっと成し遂げてご覧にいれます。美女、美少年を解放する件、また、この宮殿を打ち崩してもとのようにいたします件につきましては、心得ました。今夜、お就寝やすみになっておられる間に仰せの通りにいたしましょう」と言って退出したのだが、しばらくしてまた戻って来て、

「こちらへ連れてきました美女、美少年達に、解放して、各々元いた場所に還してやるとさとしましたが、どうしてもこのままここにいて、長く仕えたいと口々に申し立て、力づくでもってでもしなければ、仰せの通りにはならぬ状態。私の通力で疾風はやて旋風つむじを起こし、力づくにでも追い返しましょうか。どうすればよろしいでございましょう。お考えをお聞かせいただけましたら、その通りにいたします」と言う。


元いた場所を離れてここに来た者達が帰してもらえると聞いて喜ばないとはどういうことなのか、合点が行かず、

「皆ここへ呼べ。私が自ら確認してみる」と言えば、同須は隣の部屋に出向いて行き、

「我が君がお呼びになっておられるぞ」と叫ぶ。その声に、十八くらいの美女と二十歳くらいの美少年を頭に、かどわかされて連れてこられた『人の子』八十人余りが、しずしずと次郎の前に歩み出て、女は右に、男は左にずらりと座ってひれ伏した。次郎はおのずと力が入った声で鋭く、

「お前達は、親も兄弟もいるのに、ちょっとした心の迷いでここに連れられて来たのだが、故郷本国を離れているのが不憫だと思い、各々に自由を与え、元の場所に帰してやろうというのに、それに従わず、私の言葉を無駄にするようにここに留まりたいと同須に迫ったそうだな。不埒、不届き、不覚悟千万、言語道断とは思うが、その訳を聞かねばますます仔細が判らぬ。無礼は許す、遠慮は要らぬ。思っていることを包まず申して聞かせてみよ」と命じると、派手な黄八丈きはちじょうに藤色の裏地をつけた着物の、少し油気のあるまとめ髪をした、見るからに少し淫の気がありそうな艶めかしい眼をした、寄席など人の多い中で見知らぬ男に後ろから何かされても黙って色目で応えそうなたちだと、悪口を言いたくなるような女が進み出て、

「我が君の仰せではございますけれども、それはあまりにも素気すげないお裁き。私は八百屋の娘でおしちと申す者でございます。育ちが育ちでございますので、女学生の格好をしておりますけれども、言葉に品がないのはご容赦くださいませ。なるほど、親父おやじは本郷で商いをいたしておりますけれど、耄碌頭巾もうろくずきんを首に巻いて、萌黄色もえぎいろ股引ももひきを履き、草鞋わらじばきで働いておりますだけの身汚い男。千生せんなり酸漿ほおづきのような大きい水洟みずばなを鼻の先からぶら下げて、山芋、人参の世話を焼くだけならいいのですが、おろ山葵わさびが干からびたような目やにだらけの怖くもない眼を光らせて、学問など適当に切り上げて、早く釜武かまぶ殿と祝言をせよと余計な世話を焼くばかり。そんなむじなのような顔を立てて、どうして吉三きちざ様のようなお美しい方のことが思い切ることができましょう。考えてみるまでもございません。それを何だかんだと言われるため、吉三様と逃げて、大磯の海水浴場にしばしの間逗留したのでございました。宿帳に初めて夫婦とつけた時のそのうれしさも懐のお金が乏しくなるにつけ、辛さが増して、どうしようかと心も折れかけてていたところ、家からの追っ手に引き戻されて、別れたくもない吉三様と別れて仕方なく帰ることとなりましたが、途中でまた逃げて、吉三様に逢い、もう、退くに退かれぬお互いの中、一緒に身を捨てようとしたところを同須様に助けられて、こちらへご奉公することとなった次第でございます。好きな同士、顔を見合わせながら結構な御殿に宮仕えする、こんなうれしいことはないと喜んだ矢先、甲斐も何もなく、おいとまとはむごく、お情けがないと存じます」と喋り終わった後からも、黒に光琳梅こうりんうめの裾模様で、おとなしそうな島田髷しまだの娘をはじめとして、三十何人かが頭を下げ、

「私どももいずれ似たり寄ったりの事、前の家には戻りたくもない。ここを極楽のように思っております。何卒長くお召し使い下さいませ」と言う。

男どもも同様に、同じようなたわけた話をすれば、次郎はもう我慢がならず、

「同須、こやつ等を魔風でもって早く吹き飛ばせ」と息巻いて命じた。心得ましたとばかり、同須は口をすぼめて、ふう~っと息をゆっくりと吹き出せば、やがて狂風が吹き荒れ、渦巻きが起こり、天地を黒くして美女美男を忽ちのうちにどこへとも知れず捲き去った。


つづく


あと三回で終わる予定です。

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