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宇宙三助(スペースサンスケ)

作者: バスチアン

三助さんすけとは】

三助とは、江戸時代中頃から現代においては、銭湯で利用者の背中を流すなど直接的・間接的なサービスに従事する職業、またはその職業に就いた男性被用者を指す。

古くは小者や下男を意味した。


Wikipediaより



人類が宇宙に本格的に進出して1000年。

地球外知的生命体との遭遇から700年。

星間連合に加盟してから600年。

地球に異星人が当たり前にやって来るようになったのはだいたい300年くらい前。

そして今、俺の前には多種多様な異星の方々がいらっしゃる訳だ。


地球と衛星軌道上にある宇宙ステーションをつなぐ軌道エレベーター。

その根っこの部分にあるホテルのひとつ。

そこがオレの職場だ。

とはいってもドアマンでもなければ、フロントでもないし、コックでもコンシェルジュでもない。

三助、それがオレの仕事だ。

厳密に言うとホテルEDO(エド)・アメニティ部門・フロマスターって肩書なんだが、まぁ、風呂に入って人さまの背中を流すのがオレの仕事だ。


けったいな仕事だって?

まぁ、地球人にはかえって馴染みがないかもな。

そもそもうちの爺さんが始めた仕事で、コイツがどうにも異星人のお客さんがたにバカ受けしたらしい。

今では異星人向けのホテルにはだいたいいるもんだ。

こう見えても3代続いた三助の家系なんだぜ。

そのおかげでたまに雑誌の取材も来るんだ。

まぁ、その辺は爺さんサマサマだな。

ホテルEDOって言やあ一流ホテルの名前を挙げていきゃあ3つ以内に名前が出るような老舗だ。

そこのフロマスターともなると、けっこういい額の給料ももらってるんだぜ。

さぁ、今日も銀河の彼方から来たお客様にサービスサービスだ。




もうもうと湯気の立つ場所にオレはいた。

ここはホテルEDO名物のひとつである大浴場、つまりオレの戦場だ。

膝上までの短く黒い下履きに素足。

紺色の法被はっぴを帯で締め、頭には捻じり鉢巻き。

腰に巻くのは仕事道具の入ったポーチ。

これがオレの戦闘服よ。


オレはこれから始まる今日の仕事の前に浴場のチェックをする。

うん、黄色い洗い桶は綺麗に積んでるな。

ボディーソープとシャンプーも全部満タンよ。

あとは……むぅ?


「ちっ、いけねぇなぁ」


オレは湯気の一角を見て舌打ちをする。

視線の先にあるのはこの国の最高峰Mt(マウント)フジだ。

その頂上付近が霞んでやがる。

オレは捻じり鉢巻きの内側にある端子に触れて声を上げた。


「おい、ホログラムが荒いぞ。投射装置チェックしろ……馬鹿野郎、C5番じゃねぇ、あの角度ならD6番だ!」


俺が指示するとMt(マウント)フジの稜線がくっきりと空と大地を分けて見せる。

まったく世話を焼かせやがる。

これだから総チェックは必要なんだ。


「よし、開けろ!」


全ての点検が終わり、オレは番台フロントに指示を出す。

さぁ、仕事の始まりよぉ!




浴場が開くと次々と客が姿を見せる。

この日のこの時間は常連が多い。

自慢じゃねぇが、オレ目当てよ。

最近は現場に出ることも少なくなってるんで、オレの来る日は予約が全部埋まってるんだ。

まったくこれだから管理職は面倒なのよ。


「ゲンさん久しぶりだなぁ」


さっそく挨拶してくれたのは今日の最初の客。

鋭い牙、鍵爪、全身を赤い鱗で覆ってるのはガニバ星から来たバズバズさんだ。

わにのような容貌をしたこの御仁は地球を訪れるたびに俺を指名してくれるのよ。


「半年ぶりになりますかね」

「前回はゲンさんと予定が合わなかったからなぁ。今日は楽しみにしてたよ」

「任せてくだせぇ」


さぁ仕事の始まりよ。

オレはバズバズの旦那を椅子の上に案内する。

見た目は小さいが強化プラスチックで出来たこの椅子は象が踏んでも壊れない逸品だ。

実際に異星の方々には象みたいにデカい奴らもいるからな。

実際に旦那も見た目だけなら二足歩行の鰐だ。

だがどんな見てくれをしてようと、わざわざ銀河の果てから地球に来てくださったなら立派な客よ。

オレは腰に巻いたポーチに手を突っ込むとタワシと金属製の缶を取り出した。

こいつは見た目こそ弁当箱程度の大きさしかねえが、四次元格納機能のついた自慢の逸品で四畳半の部屋に入るくらいの荷物までなら入れることが出来る。


「じゃあ、やりますぜ」

「ああ、頼むよ」


どっかりと座った旦那の広い背中にオレは湯をかける。

シャワーじゃなく、荒い桶に入れてかけてやるのがポイントよ。


「ああ、やっぱりここの風呂は湯は違うね。鱗に染みるよ」


温かい湯が背を這いながらじんわりと温もりを伝えていく。

それを三回ほど繰り返す。

三回だ。

三回やると鱗の溝に溜まった汚れが少しずつ浮き出すんだ。


「あぁ……いい」


ほら、これだ。

厳めしい顔の旦那の口から心地よさそうな声が漏れる。

だがまだまだこれは序の口よ。

濡れた赤い鱗を確認するとオレは缶の蓋を開き、中に入った粉状の洗剤をふりかけた。


「じゃあ、始めましょうか」

「ああ」


旦那の短い声を聞くと、オレは背中にゆっくりとタワシを当てる。

ゆっくり。

タワシの毛先が鱗に馴染むのを感じると、オレは上下にゆっくりとタワシを走らせた。

新品のタワシはシャカシャカと子気味のよい音をたてながら旦那の背中の汚れを落としていく。

鰐のような外見をしたガニバ星人の背中は硬い。

だが力づくじゃいけねぇ。

特に最初は肝心だ。

細かい動きで円を描くようにして背中を撫でる。

その度に洗剤が水と混ざり合いきめ細かい泡を作り出した。


「背中が温い。血が通っている感覚が解るなぁ」

「旦那はいつもお疲れですからね」

「それを言うならゲンさんもだろ」


泡を背中全体に広げていく。

右の背中からゆっくりだ。

地球人でいうところの肩甲骨のラインをゆっくりなぞっていく。

ほらな、洗い終わると右と左で肩甲骨の位置が変わっている。

僅かな差異だが、少し離れて見れば判る。

洗い方ひとつで筋肉も緩むのよ。

さぁ次は左、こっちもゆっくりだ。

タワシの毛先をたわませながらゆっくりと汚れをこそぎ取っていく。

ここをしっかり刺激してやると風呂に出てからの爽快感が違うんだよ。


チラリと旦那の顔を覗き込めば心地よさそうに半眼でタワシを受け止めている。

さぁ、そろそろフィニッシュだ。

オレは背中のど真ん中である背骨。

その一番上の部分から尻の近くまで、一直線にタワシを走らせた。

これまでより明らかに早くだ。

背骨ってはのは神経の出入り口になってるから、こうやって刺激してやるとリラックス効果が出てくるんだよ。


コイツで背中を流すのは終わり。

あとは背中に湯をかけて泡と汚れを流してやるだけだ。

人によっては軽くマッサージしたりもするんだが、ガニバ星人の背中は硬いからな。

こいつで仕舞いよ。


「ありがとう、ゲンさん。また地球に来た時には頼むよ」

「おう、待ってますぜ」


オレは使い終わったタワシを腰のポーチにしまう。

濡れてるが問題ねぇ。

どういう理屈かオレにも分からねぇが、中の物が濡れたりしないんだ。

何しろ四次元だからな。

地球じゃあ、だいぶ廃れた公衆浴場の文化だが、異星の方々には何とも言えぬエキゾチックなシロモノらしい。

もちろんオレも好いもんだって、思ってるぜ。

飯のタネだし、爺さんの頃から続けてる仕事だからな。

湯煙に消える旦那の背中を見れば、惚れ惚れするほど赤い鱗が美しい輝きを放ってやがる。

オレは捻じり鉢巻きの内側の端子を押さえて指示を出した。


「さぁ、次だ。案内しな!」


この後も予約がみっちり詰まってやがる。

オレは気合を入れながら法被の帯を締めなおした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 宇宙人の形態に合わせて自由自在に道具を駆使し、癒しへと誘ってくれそうなこの主人公。 赤鱗ワニさんではありませんが、癒されました。 肩こり、肩甲骨周辺ぜひワシワシして欲しい! どんな出会いと…
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