理事長は空気清浄機系ハンサム 1
天野に案内されて来た保健室と書かれたプレート下の責任者名には『速水智也』とあった。
流石金持ち学園と呼ばれるだけあって一般的な保健室と違って広々とした空間で、備え付けられたベッドや寝具の一つ一つが無駄にふかふかで上質なもので揃えられていた。
豪華であっても保健室特有の消毒液のアルコールや薬の匂いが混じった独特な香りはどこの学校でも変わらないと思いながら室内を見回してると天野が口を開いた。
「保健室の先生は基本人は居らん。居るのは本っっっ当に稀に保健医に、ヤり目的のヤツとサボりだけや」
「へえぇっ?!や、やり……!」
天野の発言に姫川は素っ頓狂な声を上げた。天野は気にせずに続けて言った。
「大した怪我じゃない時は居らんのやけど、ほんまに具合悪い時来るとそういう探知機でもあるんか?っていうぐらいの確率で出てくるんや」
保健医はサボり癖が凄いらしい。…まあ、金持ちの子息が集まる学校でも、この学校の特色を考えれば保健室に居づらいのも頷ける。
「あとここの保健医はカウンセリングもしとるで。元々精神科と神経内科の先生やったから、そこの腕はピカイチやで。まぁ、見ての通り居らんけど」
言葉の通り保健室の主は在中の札がかかってるにも関わらず居ない。"速水智也"は確か、大学病院の院長の息子だったような気がする。
ドアを開けた時に奥の準備室らしき部屋から気配を感じたことからそこに居るんだろうが、時間が迫ってたのでベッドに鈴井を置いてさっさと保健室を出たので顔を合わせることは無かった。
資料室やらの札が付いた教室が並ぶ廊下は人が横に十人以上は余裕で並べるぐらい広く、オフホワイトの壁にはシミひとつ無く、学校とは思えない程清潔感がある。
廊下には僕ら以外の生徒の気配は無い。三人の歩く音が響くが、遠くからは学校らしい喧騒が聞こえる。
理事長室へ向かう途中、姫川から気遣わしげに話しかけられた。
「えっと…安曇くんは何で転校することになったの?」
「あら、早速聞いちゃう?」
おちゃらけたように返す。
「お、それは俺も気になるなぁ」
天野もニヤニヤと笑いながら口を挟んできた。天野は聞かなくとも知ってそうだが。
「ご、ごめん、嫌じゃなければだけど…」
「いや、そんな言えないような理由じゃないから平気だよ」
どうせすぐ知られることだろう。
「……んー、主な理由は僕が問題を起こしまくったからかな?」
「問題を起こしたって…問題児だったの?」
問題児だったのは否定しない。
「いや、全部僕が問題を起こしたわけじゃないよ」
「??」
姫川は僕の矛盾した言葉に首を傾げた。
「そうだな……強いて言うなら僕が問題の発症点って言うのかな?僕が直接関わってなくても僕のせいでそういうのが多発したんだ」
青嵐側は僕を自主退学させたかっただろうが、それは僕の家柄と起きた事件が学校側が有責であったこと、それなりの学力が許さなかった。どう考えても被害者の僕自体は何もしていないから退学にすることはできない。そもそもの学校側の監督不届きな部分を突かれるのを恐れたんだろう。
今回の件は僕が親に不愉快だったと訴えかければ、加害者に対する社会的制裁からの流れで青嵐の名高い知名度は地の底まで落とされていた……かもしれない。それ程の力を安曇はもっている。
青嵐は成績優秀者であり、企業としてのサポート以外に支援者として高額寄付をしていた安曇が居なくなるかわりに学校には学校存続を揺るがす世間的な問題が起きなくなり、安曇家や加害者らに板挟みになるストレスが無くなる。僕は本来入りたかった鳳凰学園に入れてwin-winだ。
「間接的に冗談では済まない事件を日常で起きるのを見過ごせなくなっていた中、それを受け入れるから鳳凰に是非にと編入を薦められたって言うのが一つ」
どうせ今姫川に言っても言わなくてもいつか風の噂でこの学園内にも流れるんだろうし、敢えて詳しくは言わない。と言うか面倒だ。姫川の父親は理事長なのだから近いうちに聞かされるだろう。
「じ、事件って…」
「青嵐で教師しとった山中先生。この鳳凰の大学部や他の大学でも名誉教授もしとった全国的に結構有名な先生がいつの間にか学園、いや教育界から姿を消した……これ、安曇のせいやろ?正確に言えば容姿のせいか」
「えぇっ…」
予想通り、天野は理由を知ってるみたいだ。
「やはり、天野先輩は知ってるんですか?」
「青嵐は全国的にも頭ええ学校やからそれなりの数、金持ちのお坊ちゃんは居るし。全部は知らんけど、かねがね噂は聞ぃとんで。何でも山中先生以外にも人生を狂わされた人が居るとか言うやん」
「うぇ?!」
姫川がまた変な声を出した。それは転校理由に普通なら出てこない単語が出たからだろう。
確かに、元々そこそこ歴史のある進学校として全国的に評判のいい高校に通っていたのに、金持ちの集まる由緒正しい超難関、名門私立学園に転校する理由ではない。
言葉通りであれば鳳凰のような一定の財力、学力のある生徒が集まるエリート校よりも不良校のほうが似合うし、そうじゃなくとも普通の高校に転校してるだろう。
まぁ、僕の場合は単純に財力があるから青嵐を追い出されてもコネやら何やらで何処にでも入れたんだが。僕の場合は学校に通うより、通信教育が一番向いてるんだけど……。
「そんな、言い掛かりですよ。相手が勝手に自爆しただけですから、成る様になっただけです」
天野の言葉に笑いながら返す。
そう、勝手に僕の容姿に誑かされてるだけ。山中先生の件に関して言えば、あの人は僕が高等部に上がる前から僕に目を付けていたのか、あれこれ理由をつけて高等部の非常勤講師が関係ない筈の中等部の校舎で何とも態とらしくばったり出くわすというのを山中先生が来校する日には絶対まぐれを装って起こし、高等部になれば頻度はもっと上がった。
そして未遂ではあるが事件は起き、それなりの対応し今に至る。
少し相手を都合よく操作した自覚はあるが、元々相手から最初に僕に手を出してきたのだから正当防衛として対処したら皆謹慎、退学、解雇処分になっただけだ。それ以降の堕落は知る由もない。
「噂がほんまなら罪な男やなぁ。魔性ってやつやな」
ケラケラと天野が笑いながら言う。それを言ったらお前もそれなりの数の人間をその容姿で誑かしてるだろう。
「お互い様ですよ」
「凄い綺麗な顔立ちなんだね…」
チラチラと天野と僕を交互に見ながら姫川が言う。
「そうだねぇ……」
そういう姫川も変装させられるぐらいなのだから、綺麗な顔なんだろう。
姫川の地味な装いをするのは自己防衛としては役立つだろうが、行き過ぎてあからさまな変装は逆に目立って学生生活には支障をきたすと思うが。いかにも曰く付きだと自ら言ってるようなものだろうに。
あと行動や言動も気を付けるのも重要か。姫川はカマをかけたらポロッと吐いてくれそうなほど抜けてそうだ。
見た目が良すぎて問題が起きるんだ…とか言ったら中々自意識過剰過ぎて誰も信じない馬鹿馬鹿しい理由だが、実際は問題の域を超えて事件に発展することの方が普通になっている。トラブル吸引体質というやつか。
この学園の生徒は顔面偏差値が高いことでも有名だ。僕みたいな動く廃人製造機レベルに行かなくとも、家柄から誘拐されたりストーカーされた経験がある人は多いだろう。それと同時に家柄からトラウマ持ちのひねくれた面倒な連中が多い。
「まあ、単純にこの学園に元々通いたかったから渡りに船と思って話に乗っただけだよ」
「そ、そうなんだ。そんなこともあるんだね……おれの理由がしょぼく感じる…」
そういうのにしょぼいも何も無い気がするが。普通が一番だろう。
「そういう姫川君の転校理由は?」
理事長の養子になったから、というのは安易に予想できるが、それだけではないだろう。それを抜いても理事長の養子になった時点で姫川も普通の理由じゃないと思うが。
「ぅ、あー。何て言うか、家の事情で…」
「理事長の養子になったからとちゃうんか?」
「えっ、な何で知ってるの?」
「この学園の高等科の生徒は大体知ってるんじゃないかな。他校に通ってた僕が学校で噂聞くぐらいだし」
姫川の養父は実業家の側面を持つ人だ。教育機関の重鎮でもある鳳凰学園の理事長の知名度は上流階級の人以外にも知れているし、ある程度の情報は知ろうと思えば知れる。
「社交界ではあらゆる有名企業や名士の令嬢が嫁の座を狙ってたし、そんな独身貴族貫いとった理事長が親戚とはいえ、養子を引き取ったんやから俺らに関わらず大ニュースやで」
「えぇ……そこまで!?」
驚いてる姫川には悪いが、これぐらいのことはこの学園以外でも鳳凰と関わりがある学校関係者や保護者なら知っていること。わざわざ集めなくても知れる情報だ。
姫川は一般家庭で育っただろうから上位階級の情報の回る速さを分かってないんだろうな。個人情報はある程度なら自らの伝を使って入手可能だ。それも今は理事長がある程度守っていると思うが、養子になる前の情報は沢山ある。
それにしても、どんな心境の変化があったのかねぇ……。
まあ、名門学園の理事長が養子を取ったというのが話題になるのは簡単に予想できたことだろう。
養子に入ったのは今年の初めらしいし、今までの感覚とは違くなってしまったから姫川は大変だろう。
「そんなん、実家のコネ使わなくても分かるわ。理事長イケメンで公害にまでファンがいる程有名やし、そもそも学園自体が有名やからな。情報は力なりやで。
あと、この学園は顔が整った野郎が多いから親衛隊……ファンクラブが沢山あるんや。気ぃつけや?」
注意喚起こそしているが、BでLな事件を起こしてくれることを期待してフラグを立てているのが天野の表情からありありと感じ取れる。
あ、因みに俺も親衛隊居るよ★と天野が聞いてもいない事を言うが、姫川は不思議そうな雰囲気を出しながら「親衛隊……?」と呟く。
「姫川んとこは親衛隊は居らんかったか?」
「し、親衛隊ってファンクラブみたいなやつですよね?」
「せや。うちのはファンクラブの過激派みたいなのが居る。生徒会に近づくだけでそいつらに制裁されるんや。ま、そんなんは一部で、他はアイドルのファンクラブと
変わらへんけど」
「僕も中学の時凄かったなぁ」
「あ、ソレ夏目やろ?高等科からこっちに来た双子の片方」
「ええ、そうです。夏目憐です」
「はあぁ、アイツ兄の方と見た目と性格も全く似てへんよな。俺が言うのもなんやけど、趣味あかんし」
「確かに褒められた趣味ではありませんけど、面白い奴です。この学園に入れることを喜んでいましたし……」
「ーに…こと…ょろ…ぶ……?」
姫川は何か呟いて不思議そうに首を傾げるが、何を不思議がっているのかはわからない。
「何か他に質問とかあるか?」
天野が僕と姫川に聞いてくる。姫川が「あ、あのどんな生徒が多いんですか?」と質問している様を横から見る。
「親に決められた婚約者が居るような生徒が多いんじゃない?」
ふざけた感じに横槍を入れる。
「婚約者?!」
「アハハッ、確かに多いな!あと人間不信なせいで神経質でプライドの高い奴が多いかもしれへんな。野心家で現状に満足しとらん奴や、親との折り目がつかん奴とか。勿論ええ奴は居るで?」
「と、友達できるかな……?」
姫川は不安げに言う。
「できる出来る、すぐできるわ」
下衆な笑みで天野は言う。それは王道な面子であって、姫川の言う友達になれるかは違う気がするが。
「で、できるかな……?」
「うん、出来る出来る」
姫川が僕に聞いてきたので、適当に返す。姫川の世間一般的な年相応の無知さと純粋さが眩しく見える。容姿はアレだが……。
僕達は談笑しながら理事長室へ足を進めた。
理事長出てきおらんやんけ(;´༎ຶ༎ຶ`)