ドクハク
この小説はフィクションです。名前、キャラクター、場所、出来事は、作者の想像力の産物として登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。または架空のものとして使用されています。実際の出来事、場所、(故人、現存する人を問わず)人物の類似は、すべて偶然によるものです。また流血や殺害などの残酷な描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
「お前は"ーー"じゃない、違う、ちがう……」
「っ、う」
目の前の男は虚ろな目をして、自問自答するかのように呟きながら僕を絞め殺そうと首に両手を添え、段々とその両手に力を加えていく。
男が素手で人を殺すのは造作の無いことだ。それに僕は無抵抗なんだから余計だろう。
ーーー知っていた。こうやって殺されることを。
最初は殺されそうになれば抵抗してたが、今ではもう抵抗も何もしない。
今回だって頑張ればこうなる事を避けることが出来たのに首を掴まれてるのも、どうせ今絞殺されることを避けてもまた別の方法で死ぬんであれば、避けても別の誰かに殺されるか、死に方が変わるだけで意味は無いからだ。
そりゃあ、目の前で僕を絞め殺そうとしている男を含めた仲のいい友人に、義理ではあったが家族も居たのだからこの先、もっとその人達と同じ時間を生きたいとは思った。
けど、どうせこの先生きるなら家族や友人より"本当に血の繋がった兄弟"がいて欲しかった。まあ、居ても結果はあまり変わらない。寧ろ今より後味の悪い結果になったこともあるし、なるかもしれないが、居たら少しは違ったと思う。今の状況を打破するには目の前の男をどうにかしなければ行けない。不可能じゃないが、骨の折れる作業だ。何せ相手はプロの武闘家顔負けの護衛家業一筋の一族の息子だ。僕にも同じ血が流れていると言っても育ってきた環境が違いすぎて無理がある話だ。
僕の兄弟である|"ーー"《あいつ》は今回は居ないし、居ないせいでこうやって一応血縁である友人に殺される。こいつに殺されるのも数回目だと言っても、友人に殺されるのは気分が悪いと、原因となった"ーー"を少し恨む気持ちが出てくるが、無抵抗に殺されるつもりの僕に今回生まれてこれなかった"ーー"を恨む権利はない。
「"ーー"、何処に…」
……数回前から、こうやってここでは僕しか知り得ないことを僕同様知ってる、と言うより本能的に違和感を感じ出す人が出てきた。
今回も存在しない筈の"ーー"を、目の前の男はそいつの名前を狂ったように呟いてる。
少なからずあいつと僕は兄弟で、双子なのに異常に似ていなくても、"ーー"がいる時には目の前の男の視線はよくあいつを追っていたし、仲が良いを通り越して好意も持っていたのだから"ーー"との差はあいつが居ない"今回"でも強い違和感として目の前の赤髪の男にはわかってしまったんだろう。
「"ーー"じゃない。どこにっ、なんで……」
男自身は自分が呟いてる名前が誰のものか理解していないんだろうが、途絶えさせることなく狂ったように呟き続ける。
「俺はまだ、何も伝えられていないのに……!」
後悔を口ずさむ男の表情は愛しい人を探すようであり、泣き出しそうな迷子の子供のような、平時の彼では見せない感情のコントロールを失ったものだった。
ゆっくりと酸素不足で霞んでいく視界に映る赤に深い親近感と感慨深い気持ちで見つめる。
……どうせまた今回で終わることは無いんだろう。答えが解らず、糸口も掴めたようで掴めていない。何よりアイツが居なかったのは痛かったな。だから、こんなことになった。
殺されかけているのに、短い間ながら慣れた様子で反省点を上げていく。
そうしながらも、うんざりした気持ちと目の前の男に殺人をさせてしまうことに罪悪感を感じながら男の手にさらに力が加わったのを察知し口を動かす。
「また、ね」
……そして、ごめん。
最後の最後に笑いながら言ったからか、男の虚ろだった青灰色の瞳に一瞬理性の光が差し、驚きに見開かれる。
だが男が気づいた時には既に力を入れた後であり、
……遠くから勢いよく教室のドアが開く音と何かを叫ぶ声が響く中、骨の折れる音を最後に意識は途絶えたーーーー。
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「…ょ、…な……なぁ!」
「っは、」
ぼうっとしていた意識が子供特有の甲高い声が脳に響き、段々と視界がはっきりしてくる。
「いきなり立ち止まって、どうした?具合悪いのか?」
「……いや、何も無い。大丈夫だよ」
そう言うと声の主である鮮やかな青色の瞳をもった少年はそうか?といいながら無邪気な笑顔を浮かべる。
そんな少年を見て心中ではまたか、という失望と"ーー"が今回居ることに対して喜びが広がる。
さっきまで少年と遊んでいた事を思い出したのと同時に今の家族構成、年齢、生い立ちや過去、今さっきまでの行動や思考が脳裏に浮かぶ。
それらが全ての記憶と交わっていく感覚に暫く蝕まれた。
(……今回は随分とあっさりだな)
前までは少なくとも動揺したり頭痛を催したのに、と過去の経験と言えるかわからない記憶を思い出して心の中で皮肉げに笑う。
そして次に思い浮かべたのはさっきまでの光景。
光景と言っても記憶であって"今さっき"では無く、過去でも無い。何方かと言えば未来に近いもの。
彼が居ることに対してか、戻ってしまったからか泣きそうになる。…まあ、泣かないが。
「やっぱり具合悪いか?」
いつの間に顔を顰めていたようで、少年は少し不安そうにこっちを見つめてくる。
不安がらせないように顔に微笑を貼り付けて少年に言う。喉から出たのは少年と同じく子ども特有の高い声だった。
「ううん。本当に大丈夫だよ……"カイ"」
「…そっか!」
少年は僕の手を掴み機嫌良さそうに隣を歩く。
僕もいつもの事と手をにぎり、さっきまでとは違う視界の高さに不慣れな違和感を感じながら 少年の小さな手を掴む自身の小さな手に少し力を込める。次第に慣れるだろう。
少年はさっきまで話していたことなのか思い出した様に口を開く。
「でさぁ、オレらのお父さんって誰なのかな?」
そんな話をしていたか。
「…うーん、誰だろうね?まぁ、学校の宿題だからそう書かないといけないけど」
少年が口にした"お父さん"を知っているが、知らん振りして、先程までの会話を思い出しながら答える。
当たり前だ。今の僕は知らなくって当然で、答えられたら不自然だから。
「まぁ、オレはカヨが居ればいいけどなっ!」
「ふふ、僕もだよ。でも、お母さんも居るでしょ?」
少年の言葉に苦笑しながら答え、先にあるものが幸でないと知りながらも、やはり兄弟は良いなと思い、二人語らいながら家に帰った。
ーーーその数週間後、少年は僕の隣から居なくなった。理由は件の"お父さん"が引き取ったからだと、少年と同じ青い目を赤く泣き腫らしながら母親が言った。
それを僕はああ、またか。という気持ちとこれから先に起こるだろうことに思いを馳せながら目を腫らしながら泣き続ける醜く美しい母親のことを、母が唯一愛する眼で見ていた。