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その一 この灰色の空の下

不定期で更新です。

とりあえず書けるところまで書ければいいなぁと思っています。

 

 ◇


「きっとさー、チェスみたいなものなんだよ。」


「チェス?」


 目の前の木駒を動かしながら、黒髪の少女は言う。


「チェスってさ、どんどん手駒が減って行くじゃん。それが、殺される兵士。それで…」


 一旦手を止めて、たった今外した駒を当初の位置に戻す。


「足りなくなったところに若い兵士を置く。そうすれば、王さまにたどり着かないように足止めできる駒が増える。」


「ー終わらないんだよなぁ。」


 少女の言葉を聞いていたー同じく黒髪のー少年は、その手から目を離してぽつりと呟いた。


「そう。だからチェス。但し、減った駒を補っていいチェスなの。特別強いモノなんて望めないし、武器を作るのも限界がある。お互いそんなことをやってるから、、」



「終わらないんだよ。」



 少女は少年を一瞥すると、灰色がかった空に手をかざして、儚げに笑った。



 ***



 まだ真昼だと言うのに、空はどんよりとして暗く感じられる。その下、見渡せるほどに広がった枯れた草原には、暗いベージュや浅黒い緑色のテントがいくつも並んでいた。


 深緑の作業着のようなものに身を包んだ少女が一つのテントから顔を出す。手には大きな籠を抱えて、小柄な身をよたよたとさせながら進んで行く。


「ナタリ?」


 その声に振り返った少女ナタリは、声の主に気づいて軽くため息をついた。


「配給行ってくるね、エイヒ。」


 エイヒと呼ばれた少年は、真昼間から焚き木を焚いていた手を止めて、おう。と短い返事を返す。

 その少年もやはり、少女と同じようなものを身に纏っていた。



 大きな大陸が一つ。んでもって、その中に大きな國が二つ存在した。西側に栄えるのが、ルーツバーレ。そして東側が、ミレコルダという王国だった。いつから有るのか、作り上げたのは誰なのか、なぜ二つの国に分かれたのか。今となっては、誰にも知る由のないことである。

 そもそも、知ろうとする者が居ないのだ。

 そんないくつもの謎を抱えたまま、二つの国の溝は徐々に深まっていった。


 わかり得る最古の王が即位した年から数えて、現在は284年と言われている。それより40年ほど前、

 ミレコルダ暦241年、ルーツバーレとの領土争いが本格化し、両国の境目ミレコルダでいう、南部地域ルーバスにて、戦争が始まった。

 それからは酷いもので、次から次へと色んな問題が重なって、一つの戦争じゃ収集がつかなくなっちゃったんだな。


 そんな訳で、今も戦争は続いている。


 男子は、15歳を過ぎると、兵として戦場に赴くようになる。勿論、その時期は人それぞれだが、行かずに済むという人は、まず居ない。

 そして女子はただ家族の帰りを待っている事になる。


 あの淀んだ空の下、薄暗いテントの中でー。



 深緑色のテントの中で、二人の少年少女が静かに息をつく。二人の前にはそれぞれ木をくり貫いた椀が置かれ、茹でたばかりの芋が一つ、湯気を上げていた。


「俺まだ成長期……」


「文句言わないで。私だって我慢してるんだから。」


 ナタリは、大袈裟にエイヒを睨んだ後、自分の芋にかじりついて、隅の樽にあった水をゴクゴクと飲んだ。


「はぁい…」


 エイヒはそれを見て観念したのか、飲み込むように芋を平らげると、自分も水を樽からすくい出して、空いた腹を紛らすように一気に流し込んだ。

 不意に紅い光が射し込んで、ナタリは入り口の布を持ち上げる。


「綺麗…」


「何が?」


 エイヒも外に目を移す。

 周りにも足を止める者がある。ひどく寂れた最前線の基地の上空で、沈みかけた夕陽が、空に残る雲を鮮やかに照らしていた。



 ミレコルダ軍最終基地《本部》テントにて。

 物々しい雰囲気を放つ大柄な男性が、たった今受けた報告に、顔をしかめる。きちんとした軍服に位の高い者を表す腕章をつけ、その椅子にどっしりと構える姿を見れば、誰だって威圧感を覚えるだろう。


「それは、本当か。」


 静かに発した一言に、報告にきた小柄な男性はきっぱりと言い放つ。


「嘘は申しません。チェバール大将。」


「そうか。」


 大将がそういったのを聞いて、男は、短めの金髪を揺らしながら軽く礼をする。


「…」


「どうした。」


 何かを思い出したように動きを止めた男を見て、大将が顔を上げる。


「いえ、、次に送る者は決まっているのですか?」


「ラクス達が申請に行っている筈だ。」


 大将が間を空けずにそう答えると、男はやっと納得した顔をして、今度こそ礼を告げて去って行った。


「……お前もな、ハークル。」



 一晩が明けて、また次の朝陽が昇る。

 何も変わりない灰色の空に、人々の心は晴れない。


「そういえばさ、」


 半分ほど崩れ落ちた石垣に腰をかけ、ナタリはやけに暗い声で言う。


「エイヒのお父さんって戻ってきたんだっけ。」


 そして、そこまで言うとやっと顔を上げた。


「いや?戻って来たのは手紙一枚だったぜ。」


「…そっか。…会えなかったんだね。」


 そんなナタリを見つめながら、エイヒは、隣に置いた桶から掴み取った氷を、ガリガリと食べる。


 冬である。


 少し北の地域でとれた、氷を運んでくるようになった。氷があるということは、それなりに寒くなって来たのだろう。ナタリやエイヒの服装も、変わらぬ作業着の下に何枚も服を重ねることが多くなってきた。


 ー『11月20日』声にならない声でナタリはそう呟いた後、エイヒに向き直って、今にも泣き出しそうな顔をして、、こう告げる。


「15歳おめでとう…エイヒ。」


「…どーも。やっとお前に追いついたな。」


 棒読みに言ったエイヒの台詞に、ナタリの目から涙が溢れる。


「なっちゃったね…、父さん、お前達が15になるまでには終わるって、言ってたのに、、。なっちゃったね……やっぱり、何も、できないんだ…ぅっ、うう」


 エイヒは一瞬目を丸くしてから、震えだしたナタリの肩を優しく抱いて呟いた。


「お前も前にも言ってたろ?終わらないんだよ、なんでだろうな…」


 エイヒは泣き続けるナトリを優しく撫でながら、一人空を見上げる。その目に溜まった涙を、流すまいとして。




 ナタリは夢を見た。


 エイヒがいて、彼の家族がいて、父さんがいて、母さんがいて、幸せそうに笑う自分がいる。

 学舎で自由に勉強ができて、誰かの誕生日はエイヒの家族と一緒に盛大にお祝いをする。きっと楽しい。

 大人になったらお金をいっぱい稼いで、エイヒと、、

 、、………


「夢…だよね。」


 薄暗いテントに、ナタリの声が木霊する。隣では、同じ布団に包まったエイヒが、時折、顔を歪ませながら寝息を立てていた。


 ありえない話だ。現にナタリ、エイヒの両親はとっくに死んでしまった。こんな世の中で面倒を買ってでる者もいない。当然のように二人は二人だけになった。


 安物の羽布団を押し上げて、ナタリはテントの外へ足を踏み出した。裸足のままブーツに足を突っ込んで無理やり履くと、夜の基地を歩き出す。


「寒…」


 寝間着は当然のように薄めの生地でできている。出て一分も経たないうちにナタリは寒さに歯を食いしばった。


「帰ろ…」


 誰に聞かせるでもない言葉を、ナタリは一人呟く。

 ナタリがテントに戻った頃、二人のテントの外で動く人影があった。




「…ぅぅん?」


 エイヒはうっすらと瞳を開いて眠たげな声を漏らす。

 やがて光に目が慣れてくると、体を持ち上げて大きく伸びをした。

 隣では、エイヒにぴったりと寄り添うように目を閉じているナタリがいる。


「ナタリ?おーい、…昨日夜更かしでもしたか。」


「ぅぅ…」


 ナタリが寝返りを打って、大きめの寝間着がめくれ上がる。エイヒは慌てて目をそらすと、布団から這い出てテントの入り口を少しだけ開いた。途端に冷たい空気がテントの中に流れ込む。


「…何だこれ。」


 外の地面に置かれた書類がエイヒの手に当たる。持ち上げて紙をめくったエイヒの目は驚愕に見開かれていた。




 色のない空に、冷たい風が吹き抜ける。


「エイヒ?今日はアリーさんと一緒に武器の整備に行かなくちゃ。」


 肩に届くほどになった黒髪を結い終わったナタリが、焦点の合わない目で動きを止めていたエイヒの顔を覗き込む。

 二人はとっくにいつもの作業着に着替えていた。


「…エイヒ?何見てるの?」


「ナタリ。…何でも、ないよ。」


 エイヒは珍しくナタリと目を合わせないまま立ち上がると、持っていた紙束をテントの奥の紙袋に押し込んだ。


「エイヒ?」


「何でもないって。行こうか。」


「…うん。」


 エイヒに背中を押されて歩き出したナタリは、エイヒがしまった何かを探るように、遠ざかる自分たちのテントを見つめていた。




 基地本部北、珍しくきちんと建てられた石造りの壁に様々な作業音がぶつかって耳の中を木霊する。

 足を踏み入れたのは、武器を造ったり、戦場で傷ついた武器を修理、整備する工場だった。


「アリーさん!」


 ナタリが声を上げると、右端の方で刃物を研いでいた女性が顔を上げた。


「おぉ!ナタリー。よく来たな。こっちこい。こっちこっち。」


 …



「よしっ、今日はこんなもんだな。」


「「お疲れ〜」」


 アリーが二人の肩に手を置くとともに、最後まで残っていた他の作業員たちも手を止めて帰り支度を始める。


「いやー、これ結構しんどい。」


 ナタリが小さく不満をこぼすとそれを聞いたアリーは大袈裟にナタリの頭を撫でて、「そのうち慣れるよ。」と笑った。


「それよりさ、今日はエイヒ君元気ないね〜。何かあったの?」


 いきなり話題を振られたエイヒは、眺めていた銃から手を離した。


 ガッターンという大きな音が、静かな工場内に響き渡る。


「す、すみません!」


「エイヒ大丈夫?」


「あ、ああ。」


 アリーはやれやれといった様子で手を振る。


「疲れてんなら無理しなくていいよ〜、そら、もう終わったんだから。帰んなさい二人とも。」


「わ、分かりました!」


 ナタリは慌てて返事をすると、未だ活気が見られないエイヒの手を引いて工場を後にした。




 ほのかな夕陽がテントの中に差し込む中、ナタリはエイヒの顔を覗き込む。


「どうしたっていうの?」


「…入隊命令が来た。」


「!」


「いつ?」


「今朝」


 ………


「そう」


 ナタリはエイヒに背を向けると、温かみのない笑顔をつくってそう言った。


「ナタリ?おい!」


 ナタリはエイヒに背を向けて走り出す。


 いつかはくると分かっていたこと。でも、まともに受け入れたくなくて、逃げる。


 ナタリの目から、大粒の涙が流れ出て、淀んだ空気に消えていった。


「ナタリ…」



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