恐ろしい魔道士との生活
オーク達に心配されて魔王軍から魔道士の手伝いに転職した主人公、第2話です。
恐ろしいと評判の魔道士、ハーフオークと勘違いされている主人公、果たして彼はバレずに助かるのか?人間の世界に戻れるのか?
人外魔物と男主人公のハートフルコメディ
もしかしてボーイズ○ブ?異◯間?優しいラブ出てきます!
ギギキィー
森の中の小さな庵の扉を開けると、暗い埃臭い部屋だった。
部屋の中は外見から想像したより広く見える。大きな壺や木箱やガラスの瓶、色々な物が置かれている。壁には色々な植物が干されていた、回復薬に使う薬草だろうか?
「誰か居ますかー?」
そろそろと入る、話は通してあると言ってたし大丈夫だろう。
「誰だ貴様は?」
地の底から響くような低い声。部屋の奥から闇を切り取ったような小柄な影が動きだす。
「お前か?か弱いハーフオークとやらは?」
「は、はい」
「はん?役に立たなそうな男だな」
低い声の主は目深にローブを着た小柄な男だった。顔は見えない。
「まぁいい、今から言う事を全て覚えろ。一つでも間違えたら叩き殺すからな。」
横暴そうな魔道士だ。
俺は早くも仲間のオーク達の優しさが懐かしくなった。
「クリスー!庭の水やりは終わったのか!」
「はい!ベランダの水やりも終わってます」
「塩漬けの薬草はー⁈」
「塩漬けから洗って干してあります!」
「ポーションは!」
「納品済みです!次の注文は机の上です!」
小さな庵の中で、俺は精一杯働いた。魔道士はフィルと言った。フィルは恐ろしかったが仕事は悪く無かった。植物を育てるのは元々好きだったし珍しい薬草を見るのも楽しかった。
一度だけ、俺が水やりを忘れて庭の薬草を萎れさせた事がある。
フィルは怒った。
雲ひとつなかった真っ青な空から、雷が俺の目の前に落ちた。
「二度目は許さん。」
落雷した地面から立ち上る煙の中、フィルは言った。
俺はフィルが雷を落としたのだと気づいた。叩き殺すんじゃなくて、雷で殺されるんだ。怖くて腰が抜けた、動けない。
フィルは動けない俺に羊皮紙とペンとインクを投げつけた。地面にペンが刺さった。
「覚えられないのなら書いとけ!」
俺は恐怖に駆られながら、記憶を頼りに必死にペンを走らせた。
俺は必死に仕事を覚えた、本当に命がけだったからだ。
何ヶ月か経って少しずつ信頼を得てきた。
気がつくとフィルは俺に仕事以外にも話しかけてくるようになった。世話をしてる薬草の種類や、煎じ方、処方の仕方まで。
知らない知識の話は面白かった。そして話を聞くうちに俺の中で小さな野望が生まれた。
もし人の世界に戻れたら、店を構えて薬屋をしよう。
俺のいた村では医者もいないし薬屋も無かった、病や怪我は遠くの町まで通っていた。きっと喜ばれる。
俺が見た村の最後は、家は焼かれ人々はいなかったがー
戦争の今だ、俺が得た知識は他の場所でもきっと役に立つに違いない。
熱心に話を聞く俺に、心を許してきたのか、フィルはさらに色々な話をするようになった。
本当は魔族の食事より人の食事が好きだとか
お風呂にもっと頻繁に入りたいとか
薬の研究やら魔法の研究で、寝食を忘れて倒れた事があるとか
とても恐ろしい魔道士だと知っていたが、彼を知る内に恐怖よりも親近感が優っていった。
「クリスはオークになりたいと思っているのか?」
休憩中に小鳥に餌を与えていると、フィルが俺の横に座って聞いてきた。
俺はちょっと毛深いだけの人間なのでオークになりたいと思った事はない。
「クリスは自分自身である事を嫌になった事はあるのか?もし本当に望むなら、他のオーク達みたいにしてやってもいい。今のお前は人と変わらない、オーク達の中ではきっと辛いだろう。」
「クリスは強いオークになって魔王軍に戻りたいか?」
フィルの口調はいつになく真剣だった。
俺は慎重に言葉を選んだ。
「確かに俺はオークとして見るなら非力です。でもそのおかげで、フィルと出会って色々と薬草の知識を教えてもらって。俺がこんなんじゃなきゃ今は無かった。」
まさか魔王軍の魔道士に弟子入りなんて、考えた事もない人生だった。人よりちょっと毛深いだけだったのに。
「フィルとの今の生活、俺は好きです。だから今の俺にも満足してます。」
嘘は無かった。隠してる事はあるけれど。
「ふん!」
フィルは鼻を鳴らして家に入っていた。
照れたかな?
よくよく観察して見ると、フィルはシャイというか照れ屋らしい。褒めたり喜ばせたりすると不機嫌なフリして離れていく。
ドカドカ足をふみ鳴らしながらフィルが戻ってきた。
「お前にこれをくれてやる!」
本を投げつけられた。初級薬草学の本だった。
「ふふ、ありがとうございます」
「はん!」
口も態度も悪い魔物だが、彼の不器用な優しさは俺に伝わるようになっていた。
「もうダメです、寝ましょう」
「も、もう少しー!」
「ダメです」
俺はフィルが抱えている研究薬品を取り上げた。彼は集中しだすと、すぐに寝食を忘れてしまう、もう二徹目だ。寝かさないと。
「静かに寝ててください。晩にはフィルの好きな人間用のシチューを作りますから。」
「本当?わかった…絶対だぞ!」
彼の扱いにも慣れてきた気がする。
薬草学も詳しくなった、フィルがいなくても簡単な回復薬くらいなら作れるようになっていた。どこにでも店を出せそうなくらい。まだ予定は無いけれど。
「クリスゥ、シチュー…」
寝言だ。
「ふふ」
俺の口から笑みがこぼれた。
知れば知るほど、彼は少し間が抜けた所もあって愉快な魔物だった。人間臭いし照れ屋だし。彼との生活は楽しかった。
「左、違う!もっと左!」
「この赤い瓶ですか?」
「そう、それ」
小柄な彼の代わりに高所の物を取る、それも俺の仕事になっていた。
部屋の中は、恐ろしいほど物が多かったが、フィルは何がどこにあるのか全て頭の中に入っているようだった。
「気をつけろ、隣の瓶は魔物には劇薬だ。」
「これですか?」
黒い小瓶を指差す、うっかり当たってしまう。
コト、コロコロ、ポタッポタッポタッ
鉄仮面の上にこぼれてしまった。
「ぬ、脱げー‼︎」
「え?いや、えと、いや」
「バカ早く!」
不味い!鉄仮面を抱え込んだ俺をフィルは強引に引き剥がす。
ズポッ
あーーーーーー
もうダメだ、本当にダメだ、これまでバレなかった事が奇跡だったんだ!
フィルの鮮やかなグリーンアイズと目が合った、初めて見た彼の瞳。あれ?フィル思ったより若い。たっぷり5秒くらい見つめ合った。
「ゥ、ウォタァァア」
俺を包んで水柱が立つ。フィルが水魔法を唱えたようだ。
叩き殺されるんじゃなくて、落雷でもなくて、溺死か…
走馬灯のように記憶が蘇る。
村のみんなはどうなっただろう?
オルクやニックは親切にしてくれたな。
そうだ、フィル。彼の世話は誰がするんだ?不器用な彼の事をちゃんと理解してやって欲しい。口も悪い、態度も悪い、手も早い。けど懐に入ってしまえば、甘えてきたり感謝を伝えてきたり、可愛い所もあるんだ。彼の仕様書、作っておけば良かった……
目が覚めた、顔の周りがザラザラする。
ここは?いつもの寝室だった。誰かに手を握られている、フィルが俺の手を握っていた。
なんで生きているんだろう?殺されたと思ったのに。
「ん、んん。」
フィルも目が覚めた。
はっと気がつくと大慌てで、ザラザラしたフードごと俺の顔を押さえて付けてきた。
「これを身につけとけ。」
フィルは声を潜ませて言葉を続けた。
「クリス、人間がどうしてここにいるのがわからないが。このフードを被っていれば他のオークと同じように見えるし、身体的には何十倍も強くなってる。絶対に外すなよ。」
フィルが俺の頭からそろそろと手を離す。
「急に水を掛けてすまなかった、薬を洗い流そうと思って。」
フードは何かの動物の革で作られているようだ。
「俺を助けてくれるんですが?」
フィルのグリーンアイズが揺れた。
ぐっと顔をしかめると、
「クリスがいないと困る、いなくなったら寂しい。」
胸の奥から熱い気持ちが湧き上がってきた。
「そんな風に思ってくれていたんですか…」
このフードは俺に黙って用意してくれたんだろうか?無駄になるかもしれないのに?
彼の不器用な優しさを知っていたし、俺も好意を持っていたけれど。
目の前の健気で頼りなさげに寂しがる彼に、俺は深い愛情を感じ始めていた。
「わかりました。そばにいます。」
俺は彼の小さな手にそっと手を置いた、フィルは俺の手をギュッと握り返してくれた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
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次回も明日の夕方に投稿します。
次のお話で最終話となります。
魔道士フィルと主人公クリスの友情?愛情?はどうなるのか?魔王軍と人間との戦争は?
また読んでくださると嬉しいです。
よろしくお願いします。