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 意識が戻ると白い部屋にいた。いつもは床に転がっているが、今は違う。壁際に置かれたソファに横になっているようだ。体に力が入らない。寝起きのように頭がぼんやりしている。

 「おはようございます」

 すぐ隣から声がした。頭を横に動かすとガイドがいる。

 「脈拍、呼吸、正常。血圧、やや低下」

 ガイドは左手に誰かの腕を持っている。右手にはピンセットとそこに挟まれた綿球。ガイドは腕の治療をしているらしい。腕は目を逸らしたくなるほど酷い怪我をしていた。血や汚れがない分、傷が生々しい。見ているセナまで痛くなる。顔をしかめてから気がついた。これはセナの腕だ。

 意識がはっきりしてきた。最後の記憶も思い出す。歪みに踏み殺される直前、その歪みの足が吹き飛んだ。そこで気絶した。ここにいるから、死ぬ前にガイドに回収されたのだろう。

 「麻酔が効いているはずですが、痛みはありますか」 

 セナは黙って首を横に振る。痛みはないが、体全体に妙なだるさ、重さがあった。麻酔のせいか。

 ガイドは手際よくセナの腕を治療し、包帯を巻いていく。

 「治してる所、初めて見た」 

 いつもは気づいたら怪我ひとつないから、もっと未来的な方法で傷を治していると思っていた。未来的な方法といっても、よく分からないが。

 「腹部の外傷で治療可能量を使いきりました。そのため、このような治療を行っています」

 「……どういうこと?」

 「ガイドがウォーカーに行う治療は生物本来の治癒能力から逸脱しています。身体への悪影響を防ぐため、ガイドの治療には制限がかけられています。今回、セナは腹部に重篤な外傷を負っていました。腹部の外傷の治療で治療可能量を使い切ったため、従来の治療を行っています」

 「私が怪我をし過ぎたから、治しきれなくて普通の治療をしてるってこと?」

 「はい」

 にべもないガイドの答えに居た堪れない気持ちになる。慰めは期待していないが、正面から力不足を示されるのは辛かった。

 「あの後、どうなった?他のウォーカーは間に合った?」

 「セナの回収直前に他のウォーカーが到着、歪みは破壊されました。表側に被害の反映はありません」

 それを聞いて、セナは大きく息を吐いた。気絶する前に見えた小さな影。おそらく、あれが他のウォーカーだったのだろう。

 「これ、いつ帰れる?」

 「帰還可能になるまで約10時間です」

 「そんなに酷い怪我なの?」

 「骨折、挫傷が主です。確認しますか」

 「しない……」

 積極的に自分の怪我を見たいと思わない。

 「腕の治療は終わりました。足の治療に移ります」

 「申し訳ない……」

 「ウォーカーの補佐、支援がガイドの役割です」

 包帯でぐるぐる巻きになった自分の腕を見る。この怪我のまま学校に戻って、どう誤魔化せばいいのか。

 「……そういえば、制服は?」

 今のセナは入院着のような服を着ている。着替えた覚えは当然ないので、おそらくガイドが着替えさせたのだろう。

 「修復済みです。外傷が帰還可能まで回復した後、返却します」

 「何から何までありがとう」

 「ウォーカーの補佐、支援がガイドの役割です」

 しばらく無言の時間が続いた。先ほど治療されていた腕とは反対の手には点滴が打たれている。点滴の針はずれると物凄く痛いと聞き及んでいたため、手を動かしたり起き上がることは躊躇われた。

 そのうち眠ったセナが目を覚ますと、体の重さ、だるさが消えていた。点滴は外れている。

 「おはようございます」

 ガイドは変わらず隣に座っていた。違うのは、手にしているのがセナの腕か本かというくらいだ。

 「……体、痛くない」

 体を起こしたセナは手を握って閉じてを繰り返して呟いた。包帯は巻かれたままだが、痛みや動かし辛さは感じない。

 「外傷はほぼ治癒しましたが、帰還可能まで約1時間必要です。変わらず安静にしていてください」

 「少し歩くのも駄目?」

 ずっと同じ体勢で寝ていたせいで手足の筋肉が固まっている。

 「問題ありません」

 「やった」

 ベッドから降りて歩き出すと、なぜかガイドも付いてきた。

 「わざわざ付いてこなくても平気だよ」

 「不測の事態に備えています」

 広い部屋の中をぐるぐる歩き回った後、セナは寝ていたソファとは反対の壁に設えられた棚に近づいた。壁一面の棚は、隅に数十冊の本が入っているだけであとは空だ。

 「これって全部、ガイドが読んだ本?」

 「はい」

 「ガイドはよく本を読むね」

 「そうでしょうか」

 「うん。好きなジャンルとかある?」

 「特別好む種別はありません」

 「そっか」

 だろうなあ、とセナは内心で頷いた。

 図鑑、小説、教科書、辞典、料理本、哲学書、幼児向けの絵本。棚に並んだ本のジャンルは見事にバラバラで、無秩序という言葉がぴったりだ。ただ暇を潰すために、手に入った本を手当たり次第に読んでいるのだろう。

 「帰るまで、何か借りて読んでていい?」

 「どうぞ」

 セナは興味を持った本を数冊持ってソファに戻る。

 斜め読みを始めて数ページ経った頃、ガイドが声をかけてきた。

 「セナ、一点質問があります」

 「なに?」

 ガイドから質問は珍しい。初日振りではないだろうか。

 「セナにウォーカーを継続する意志はありますか?」

 セナはおもむろに姿勢を正す。ガイドは動かない。

 「ウォーカーには、登録解除の自由が認められています」

 「それは、あれかな。戦力外通告?」

 自分の声は戸惑いも動揺もなく平素と同じもので、いっそ他人の声のように聞こえた。我ながら驚くほど冷静、だと思う。自分でも力不足であると薄々分かっていたからだろうか。

 「このタイミングで、私にそれを言う理由は?」

 「業務中に重度の外傷を負ったウォーカーは、その業務後に登録解除を申し出る前例が多くあります。また、登録解除を希望しながら、申し出ることができないウォーカーも存在します。そのため、ガイドは定期的、および必要と判断した場合、担当するウォーカーに継続意志の有無を質問します」

 「なるほど」

 また無言。

 「あのさ、」

 「勧誘時と同じく、返答には3日間の猶予が認められています」

 セナの言葉を遮って、ガイドが淡々と言葉を繋ぐ。

 声に温度があったら、ガイドの声は25℃前後だろう。寒くはないが、暖かくもない。

 「……わかった。よく考える」

 その後の時間は緩やかに過ぎた。

 帰還可能になり、傷が癒えたため包帯を外していく。ふくらはぎや肩に薄く火傷のような痕が残っているが、一晩も経てば消えるという。制服を着てハイソックスを履けばひとまず隠せるので問題はない。

 「確認。12時15分、市立御小戸高等学校南校舎2階、廊下で宜しいでしようか」

 「うん」

 かちんと鍵の開く音。

 「ご協力ありがとうございました。あなたの救った世界が、良いものでありますように」

 ガイドは「次回」を言わなかった。

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