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 慎重に狙いを付けて、持ち手の突起を押し込んだ。銛の穂が飛び、敵の脇腹の辺りに刺さる。第一関門はクリア。続いて第二関門だ。

 息を吸う。止める。三歩の助走で屋根から跳んだ。もう一度突起を押すと、銛の穂と竿を繋ぐロープが巻き取られていく。敵の体に飛び移る際、勢いを殺しきれずに体の前面をぶつけたが仕方ない。敵はこちらには気づかず、相変わらず建物を壊しながら市街地を闊歩している。銛にぶら下がったまま足で表面の凹凸を探る。無事足を上手く乗せられる場所を見つけ、体制が安定した所で通信が入った。

 『そのまま上に向かってください。首にあたる箇所に核があるようです』

 「わかった」

 ぷつ、と音がして通信が終わる。セナは銛の竿だけを腰に付けると、敵の表面の凹凸を掴んでその体をよじ登り始めた。

 敵の肩の上に登ると、セナはロープを引いて最初に刺したままだった銛の穂を引き上げ肩に刺し直す。これで万一落ちても戻ってきやすくなった。

 『もうあまり猶予がありません。急げますか』

 「うん」

 セナは立ち上がろうとして、吹き付けてきた風に慌てて敵の肩にしがみ付く。あのまま立っていたら転がり落ちていたかもしれないと肝を冷やす。首にあたる場所までは10メートルほど。セナは四つん這いでそこを目指した。

 「……何もない」

 指示された場所に着いたセナは、困ったように声を零した。首にあたる場所に核があると言われたが、そこは他の表面と同じように金属のような黒い物質で覆われている。核を壊さなければ敵は倒せない。どうすればいいのか。

 『核は内部にあります。武器を打ち込んでください』

 「分かった」

 そういうことか。セナは新しい武器を取り出した。今度は片刃の刀状の武器だ。刀を逆手に持ち、立て膝の体制で振りかぶって敵に突き刺した。刀は半ばまで埋まったが、敵の動きに変化はない。まだ深さが足りないのだろうか。

 『まだ核に達していません』

 セナはハンマーを取り出し刀の柄を上から叩く。刀は少しずつ敵の体に食い込んでいくが、敵の動きは依然として変わらない。

 まだ。まだか。

 緊張から息を荒げながらハンマーを振り下ろし続ける。

 『時間がありません。急いでください』

 分かってるし急いでる。刀は八割以上埋まっているがまだダメだ。

 「……このっ!!」

 苛立ちと怒りを込めて渾身の力でハンマーを振り下ろす。刀は柄の先まで埋まり、敵の体が少しへこんだ。

 カシャン、と軽い音が聞こえた。敵の動きが震えと共に急に止まり、セナはその場に尻餅をついた。敵の体に亀裂が入る。

 『核の破壊、歪みの停止を確認』

 間に合った。それが分かって安堵した瞬間、セナのいる場所が崩れた。校舎くらいの高さを背中から落ちていく。目前で崩れ落ちる巨大な首のない三頭身の姿の敵。その向こうに白でできた無機質な街と、雲ひとつない青空が広がっていた。

 『回収に入ります』

 耳元の声を聞いて目を閉じる。今回も、何とか上手くやれたようだ。



 気づくといつもの部屋に転がっていた。

 白い壁、白い家具、黒い木の床。正面のフルハイトの窓と一面に見える青い空。それらを背にして座るガイド。

 本から顔を上げ、ガイドがセナを見る。

 「辛うじてではありますが、間に合いました。業務完了。お疲れ様です」

 「間に合ってよかった」

 床に転がったままセナが言う。

「脈拍、呼吸、血圧、正常。外傷は治療しましたが、体に不具合はあるでしょうか」

 「ううん。大丈夫」

 ガイドの質問に、セナは首を横に振る。身に付けていた装備を返し、ぐっと伸びをする。

 「じゃあ行くね」

 「はい。確認、16時23分、市立御小戸高等学校、校門で宜しいでしょうか?」

 「うん。今日は特に用事がないから、このまま帰る」

 かちん、と鍵の開く音がした。

 カバンを肩にかけ、背後にあるドアに向かう。

 「ご協力ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。あなたの守った世界が良いものでありますように」

 「うん、またね」

 お決まりの台詞に、セナはガイドを振り返って笑う。

 一歩ドアの向こうへ踏み出すと景色が変わる。非現実な白い部屋は、セナと同じ制服を着た生徒達が行き交う校門になった。壁は消え、木の床はコンクリートの道に変わる。セナはそのまま歩いて行く。さっき玄関を出て、たった今校門を通りましたよとでもいうように。

 本業である学生の傍ら、セナはウォーカーというものをやっている。

 必要に応じて呼び出され、世界の裏側とやらに現れる歪みと戦う正義の味方のようなことをやっている。



 ピシッ、と陶器が割れるような音。続けて砂のような物が降ってきた。何かと思って上を見ると、服飾店の天井が崩れ落ちてきた。

 ああ、これは死んだな、なんて思った。

 「……?」

 おそるおそる目を開ける。

 天井だった巨大な塊、照明器具、落ちてくるそれらに咄嗟に目を瞑り、頭を抱えて蹲った。しかし、いつまで経っても衝撃も痛みもない。頭から手を下ろして体の緊張を解く。幸運にも、天井や照明が当たらなかったのだろうか。それでも全く何もないのはおかしい気がした。

 顔を上げ何度か瞬きして、きつく目を閉じていたせいでぼやけた視界を治す。周囲の景色を見て、さっきとは別の意味で体が強張った。

 白い部屋だった。

 教室くらいの広さ。壁は白。天井も白。置かれている家具も白が基調だ。へたり込んでいる床は黒い木材だったが、それが却って他の白を際立たせていた。

 正面の壁は全て窓になっていて、一面に広がる見慣れた青さに目が眩んだ。まさか、空なのだろうか。

 窓を背にする形で椅子があり、誰かが座っていた。揃えた膝の上で本を開いている。椅子に座る誰かは顔を上げ、本に落としていた視線を向ける。

 「おめでとうございます。あるいはご愁傷です」

 さっぱり訳が分からない。

 デパートの服飾店にいたのに、白い部屋にいること。椅子に座る青年に突然祝いと慰めの言葉をかけられたことも。現状全てが分からない。

 「世界は危機に瀕しています。あなたには境を越える素質があります。世界を救わなければ、あなたは押し潰されて死ぬでしょう。世界を救いますか?」

 本当に、分からない。


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