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軌道砲兵ガンフリント  作者: 冴吹稔
episode-3:流星作戦(Mass Catchers)
29/47

ダブル・バインド

 取り越し苦労だった――言ってしまえばそうなる。先行するコンテナ群へのアプローチと砲撃は必要なかった、と今いうのは簡単なことだ。

 

 だが、ヴィクトリクス号が受信するまで電波標識(ビーコン)の電源が残っていたことは、あくまで幸運な偶然に過ぎない。誤認と取り逃がしの可能性を可能な限りつぶしてきたからこそ、彼らは確信をもってアルミを出迎えるこの場に立っている。


 ヴィクトリクス号のアンテナがとらえた通信波は、メッセージで記されていたよりもいくらか高い周波数を示していた。ドップラー効果によるものだ。

 アルミ・ロビンソンを収めたコンテナは艦の存在する空間にむかって接近しつつあった。太陽に近づくにつれて、その速度は今も増大し続けているのだ。



 クルベはヘルメットの中で深く息を吐いた。バイザーの内側がわずかに曇り、スーツに内蔵された空調装置によってそれはすぐ取り除かれた。


(疲れているな、俺は――)


 無理もなかった。火星の周回軌道を離れてすでに二か月近い。人員削減によって物資はまだ余裕を残しているが、それはパイロットにほとんど交代要員が居ない、ということでもあった。

 加えて、センチュリオン本体に十数倍する質量の深々度(デプス)単独侵攻用ブースター(・イントルーダー)ユニット『(ブルーム)』を引きずっての、慣れない機動。今この瞬間にデブリと衝突するかもしれない、という強迫観念。


 睡眠でも食事でもいやせない、水道水に溶け込んだ錆のような疲労が、じわじわとクルベを――軌道砲兵たちを、そして乗組員全員を蝕んでいた。


(だが、もう少しだ)


 今やそのコンテナはクルベの眼下にあった。彼とクローガーのセンチュリオンは、太陽方向へ向かうその速度にほぼ完全に同調している。

 ありがたいことに、コンテナに軸回転は認められない。円筒形や球形ではないから、見ただけでその判別がつく。

 あとは慎重に、外殻を囲むトラス構造の枠にとりつくだけ――


〈さて。ここからが問題ですな、クルベ中尉〉


 ヘッドセットからクローガーの声が響いた。


「ああ。やはり狂気の沙汰だな、これは……俺でよかったのかな? 滞空時間は皆の十分の一にも足りんというのに」


〈何をおっしゃいますか。あなたは小隊長だし、センチュリオンのコクピットにいた時間で言えば、自分たちの三倍です〉


「そういう計算に、なるか……」


 クルベは苦笑した。

 クローガーの言い分もある意味正しい。ボストンでの十八日間の漂流中、クルベが握っていたのはセンチュリオンの操縦レバーなのだ。『(ブルーム)』の使用に至っては全くの同条件。


 それでも宇宙に不慣れなのは変わらないし、漂流で頭に染み付いた恐怖感もいまだにぬぐえない。


 コンテナ側面にとりついた後、彼らは機体後方に延びる巨大な『(ブルーム)』を、左右対称を崩さない動きで太陽方向へ向けるという、ちょっとした難題をこなさなければならないのだった。


 コンテナを太陽への落下軌道から引きずりだし、ヴィクトリクス号とともに火星への遷移軌道に乗せるには、まず減速させる必要がある。コンテナの枠にとりついたセンチュリオンの姿勢を変えることで、スラスターを適切な方向へ向けるのだ。手足を有するモジュールならではのプランだった。


〈これまでの『靴合わせ(シンデレラ・テスト)』飛行で推進剤を消費した分、『(ブルーム)』の質量もだいぶ減ってます。慎重にやれば、接続部のヒンジが折れるようなことはないでしょう〉

 

「だと、いいがな」


 いつもの調子で懐疑的な物言いをしてしまったが、クローガーの判断に間違いはないだろう。彼は軍に志願する以前は、ステーション建設に従事する技術者で軌道作業艇のパイロットだったのだ。宇宙でのこういうデリケートな作業は彼の独壇場だ。


 レーザーセンサーと連動した距離計が接触までのカウントを開始する。あと二十メートル……十メートル……


〈相対速度のインジケーターをしっかり見てくださいよ、中尉!〉


了解(ロジャー)!」


 あと五メートル。


 カメラの視界に、モジュールの右手、伸ばした指先が映る。武装はなし――丸腰の巨人だ。


 クルベの目はその鋼の腕に焦点を合わせた。絶縁プラスチック塗装を施された指が白い鉄骨を――


接触(コンタクト)!〉


接触(コンタクト)!」


 掴んだ。


 わずかな衝撃とともに三つの物体が一つになり、二機のセンチュリオンは推進器(スラスター)の噴射をいったん止めた。そこから、機体の四肢の曲げ伸ばしによって、慎重にこれまでと反対方向へ(ブルーム)を向けていく。


 その時、コンソールにランプがともった。ヴィクトリクス号からの通信だ。


〈ハロー、ガンフリント1。現在の状況は?〉


「こちらガンフリント1。いまコンテナにとりついた。これから所定の加速度で減速を開始するが――」


 クルベは不審に思った。このタイミングでわざわざ母艦から状況の確認を行う理由がないのだ。

 その時、通信の音声が不意に切り替わった。


〈変更よ、クルベ中尉。クローガー少尉。最大推力で減速開始して。速やかに!〉


 マユミの声だった。


〈データベースに収録されていない、軌道が未確定な小惑星の接近を確認。最大直径八百メートル――現在観測中だけど、試算ではコンテナが所定のコースをこのままたどった場合、衝突する公算が85%――こちらもこれから減速に入ります〉


 クルベは眩暈を覚えた。そんな大型の天体がこれまで観測されていなかったというのも驚きだが、まさかそれが狙いすましたように衝突コースに現れる、などということが! 天文学的低確率の不運だ。


 小惑星の暫定軌道、質量その他、観測できた限りのデータが転送され、センチュリオンのコンソールに表示された。


「少々キツいぞ、こりゃあ……」


 衝突を安全に回避するためには3G相当で十七分間、継続して減速を続けなければならない。(ブルーム)の推進剤残量は――ぎりぎり足りるかどうか。

 とにかく、スラスターを進行方向へ指向し終える。コンテナ内の少女が3Gに耐えられるのかどうか、それが不安だが今はペダルを踏みこむしかない。


 クローガーとタイミングを合わせ――噴射開始まで3カウント。


「3……2……1……スタート!」


 体が座席ごと背後へ浮き上がる不快な逆Gに、クルベは歯を食いしばって耐えた。



         * * * * * * *



 ヴィクトリクス号が太陽方向へ主推進器(メインスラスター)を向けるべく、姿勢変更を終えるその寸前。レーダー手が緊迫した声を上げた。 


「高速移動物体の接近を確認……機影6!!」


 マユミは唇をかんだ。顔面から血の気が引いていくのが分かる。


「カメラに捉えました! 可視幾何(ジオメトリック)反射能(アルベド)0.095。映像出します!」


 スクリーンに映し出される、溶けかけた八面体を組み合わせたようなトルソー。機動殻(マニューバ・クラスト)だ。


(こんな時に!!)


 偶然か? それともこちらが無防備になるタイミングをうかがっての襲撃なのか? いずれにしても今は、核融合炉を止めて敵の磁場知覚から消えることはできない。減速のために、ヴィクトリクスも二機のモジュールも、全力噴射を継続するしかないのだ。


 ならば、全力だ。力ずくで排除するしかない――ヘッドセットのマイクを口元へ動かし、艦内放送回線をつなぐ。


「軌道砲兵、モジュールの全機発進を要請――いえ、パイロット要員総員出撃! ダルキースト中尉、編成は任せます。武装は……」


〈BDWとRK(レールガン)、どちらを?〉


 マユミは一瞬迷った。パイロットは三人、モジュールは四機ある。クルセイダー二機はBDW、センチュリオン二機はRK-303A(レールガン)装備で待機させてある。


「敵の数が多いわ、50ミリBDWを主軸に! それと、()()も出して!」 


()()とは……まさか?〉


「ええ、RKM-404P……『ラザフォード・キャノン』を使いましょう」


「あれを使うのか! またしても、テストもしていないものを……!」


 メイナードが傍らで引きつった声を上げる。だが、マユミには確信があった。シルチス基地襲撃の際の状況から類推すれば、おそらく敵はまずヴィクトリクス号を狙うはずだ。


 より巨大なヘリカル・コイルとその磁束密度。おそらくそれは彼らにとって『脅威』の指標であるのに違いない。


 艦に殺到する機動殻(クラスト)を迎え撃って一気に屠る。それにはあの試作兵器が最高の切り札となるだろう。

 諸元は頭に入っている。タチバナ技術大尉が基地の予算と資材をつぎ込んで組み上げたものが、虚仮おどしの玩具などであるはずはない。


 編成はおのずと決まった。ダルキーストがセンチュリオン・トレーナーにキャノン装備、フォレスター曹長とリー少尉がBDW装備のクルセイダーだ。ヴィクトリクス号の両舷に並ぶ格納庫ユニットがぱっくりと口を開け、三機のモジュールが虚空へ滑り出す。


 ゆっくりと太陽方向へ向かって動き出したように見えるのは、艦との間に生じた相対速度差のせいだ。そこから各機はわずかに加速し、ヴィクトリクス号の上と下に降り立つ。

 足底部のマグネットとアイゼン、かかとの後ろに延びる駐鋤が外殻を掴んで機体を固定させた。


「来た!」


 フォレスターが放ったBDWの一連射が機動殻(クラスト)をとらえる。やや低速に調整された50ミリ徹甲榴弾は、シュークリームの皮をフォークで刺したように目標に潜り込み――爆ぜた。


「やったか!?」


「いいぞ、効いてる!!」

 爆煙と破片の雲は一瞬で晴れ、戦果を確認したダルキーストが快哉を叫んだ。


 直撃を受けた機動殻は、人間でいえば右肩に当たる部分を大きくえぐられ、よたよたと跛行するように明後日の方向へ漂っていく。内惑星統合軍が対機動殻(クラスト)用に導入した兵器が、最初に有効打を与えた瞬間だった。

 

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