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軌道砲兵ガンフリント  作者: 冴吹稔
episode-3:流星作戦(Mass Catchers)
27/47

シンデレラ・サーチ 1

(めぐ)(めぐ)る銀の星々は

楕円を描く悪魔のハンマー

しがみついて離れない痛みは

もっと遠く飛ぶための準備(プレパレーション)


orbit! orbit gunner!

orbit! orbit gunner!


プラズマ輝く

     絶対零度の

          真空切り裂く

                鋼の弓兵(アーチャー)


(いざな)う唇

     塞いでねじ込む

            限界速度の

                 重合金属!


orbit! orbit gunner!


背中をなぞる指 つかんで引き寄せる

血のにじむ 明日への署名(signature)


つながれた鎖ごと 

宇宙(そら)へ手をのばせ


Orbit_Gunner―GUNFLINT!



※「SOLARWIND BEAT!」 

(作曲・作詞 ユカリ・タンザワ・ウィステリア

「超軌道砲兵ガンフリントSTRUGGLE」第二シーズンOP・2201年)



         * * * * * * *



「くっそ! どこのバカだ、こんな艦内レイアウトにしやがったやつは!!」


 体をハーネスで固定されていてなお、クルベは顔をひきつらせてシートの横にある保持バーを握りしめていた。加速を続けるヴィクトリクス号の中で、彼は地球の重力とほぼ同じ疑似重力を受けているのだ――艦の進行方向に沿って、後方へ。


「そりゃあ、統合軍の造船官でしょうな」


「フォレスターならともかく、お前がそういう塩っ辛い対応をするとは」


 にらみつけた視線の先では、同室のコンラッド・クローガー少尉がこれも唇をおかしな形にゆがめ、歯を食いしばってシートにしがみついていた。何のことはない、(から)元気だ。


 クルベたちが目下直面している難題は、艦体設計の基本コンセプトと現在の運用状況の齟齬が原因だった。


 現代の宇宙艦艇は、地球のような()()()()惑星地表へ降りることを想定されていない。そのため、基本的には水上艦艇や気圏航空機とさして変わりのない艦内レイアウトをとっている。

 太陽の赤道面を海面に見立てる設計――一見して錯誤的に感じられるが、惑星の軌道がほぼ太陽の赤道面に並んだ太陽系内においては、そこを基準として航行するのが実のところ一番無難で経済的なのだ。


 だが、今ヴィクトリクス号は通常運用の枷をかなぐりすて、推力まかせの1G加速を続けている――


 原始的な垂直離床式の宇宙船(ロケット)ならば、船体に対して推進器側に床があり、耐Gシートがそこにあおむけに設置されていた。


 その基本はヴィクトリクス号でも同様。だが一つ違うのは、シートが『床』の上に横たえられているのではなく、『壁面』からにょっきりと空中へ突き出していて、そこに体を預ける形になることだ。

 わかりやすく言えば、二階建ての軒先から突き出した板の上にあおむけに寝ている状態だ。落下の恐怖は容赦なく彼らをさいなむ。


「……俺はこの間まで地べたを歩き回ってたんだ。慣性状態ならならまだしも、こいつは我慢ならん」


「大丈夫です、中尉殿。1G加速自体は何度か経験がありますが、このタイプの耐Gシートは構造的に3Gまでは何の問題も」


「声が裏返ってるぞ、クローガー」


「あと三十分です……三十分……!!」


 宇宙(スペース・)活劇(オペラ・)航法(ナヴィゲーション)という壮挙に胸を燃やしたのは確かだが、目の前にぶら下がる現実はかくの通り。

 生得的な身体感覚と起きている現象のギャップに悲鳴を上げながら、ヴィクトリクス号と乗組員たちはすでに三十万キロメートルの距離を踏破しつつあった。



         * * * * * * *



 加速開始から一時間四十七分。ヴィクトリクス号は噴射を停止し、秒速八十キロメートルの速度を維持して慣性状態に入った。


 木星と火星の中間点まで、ここから地球時間でおよそ一か月を要する。

 その間に艦のあらゆるセンサーを用いてアルミ・ロビンソンを格納したコンテナを捕捉し、減速と進路変更を経てこれに後ろから追いすがる。それがここからのプランだ。


「目標が木星軌道を離脱した時期と速度から推定すれば、現在我々と『眠り姫スリーピング・ビューティー』は双方から接近しつつ交差せずにすれ違う位置関係にあるはずです」


 マユミとメイナードは、メインスクリーンに映し出される木星とコンテナ、そしてヴィクトリクス号の配置図を見上げていた。二か月前の木星の位置、その近傍から放物線を描いて太陽方向へ向かうコンテナは、ヴィクトリクス号から見て公転軌道の後方へと回り込んでいくコースをとっている。


「問題は、小惑星帯にある無数の天体の重力場――その軌道を横切(スイング・バイす)ることで生じる、速度変化と落下軌道のずれね……」


 小惑星帯といっても通俗的なイメージのような、目視できる距離にいくつもの岩塊が浮いていて間をすり抜けることが困難、といった場所ではない。だが、人類はいまだに、そこに存在するすべての天体を網羅してその軌道をトレースする、などということはできていないのだ。


 未知の天体をコンテナがかすめて飛べば、加速ないし減速が生じることは十分に考えられた。


「さいわい、本艦が装備する最新の光学センサー、LC-M4010を使えば、冷却限界までのごく短い時間であれば、パトロール艦が投入する監視衛星と同等の観測精度を得られます。先の迎撃ミッションで使用したセンサーのおよそ七倍、二百十万キロメートル先の物体を鮮明に捉えることが可能だ」


「……心強いわね。その時間はどのくらい?」


「運用状況次第です。核融合炉から発する熱やセンサー自体の稼働による熱の蓄積、太陽光の直射など、様々な過熱によって反射鏡が変形し、あるいは受光部が熱で寿命を終えるまで。最短で十分、最高の条件に恵まれて一時間といったところでしょう」


 マユミはうなずいた。頼りきりにできるものではないが、切り札としては十分だ。


「結構です。では、至近の宙域からまず通常のセンシングを行いましょう。観測データから背景放射と、青方偏移を呈さない可視光及び電磁波をカットオフ。あと、数分のタイムラグはありますがアルゴス、アラクネ両艦の監視衛星群にもデータリンクをとって」


了解です、艦長(イエス・マム)


「では、私は私室で少し休みます。何かあったら報告を」


「あとはお任せください」


 ロイ・クレメンスによる救難要請メッセージを受けてすでに七時間。マユミ・タカムラ・ロバチェフスカヤ艦長は、ようやく自室に引き取って休息をとることができた。

 艦長といえどもシャワーに使える水の割り当てはごく少ない。それを十分に活用して体をさっぱりさせると、マユミは簡易寝台に体を預けて個人用端末を手にした。


 小惑星帯派遣艦隊のほかの艦艇からは、随時最新の情報が送信されてきている。緊急性の低いものは艦内サーバから各自の端末に配信されていた。


 すでにアラクネは搭載する軌道監視衛星、十基中四基を滞りなく所定の配置に投入し終え、オルフェウスの帰投と入れ替わりに、軌道砲兵第一中隊が母艦『マケドニカ』とともに、砲弾迎撃を含む哨戒任務に出発していた。


 シルチス基地からの情報もある。グース少尉の戦死公報。ブルックナー艦長の葬儀に関する、やや古いニュース。基地の食糧庫に火星地表で飼育されたエビが無事に搬入されたというどこか場違いなトピックも。

 文字と映像の情報をかみ砕いて摂取し、ようやく心地よい眠気が彼女を包んだのもつかの間――端末が振動し、ブリッジからの呼び出しを告げた。





「これをご覧ください」

 情報分析担当のオースティン准尉がスクリーンに投影して見せたのは、何の変哲もない箱に見えた。ただし、大きなものだ。画像の左下に添えられた、縮尺と寸法を示すゲージから判断すれば、その全長はおよそ三十メートル。


 だがその形状とサイズ、外郭を取り囲むトラス構造の枠には奇妙な既視感がある。マユミにはすぐに、それが何か分かった。


「『砲弾』ね。木星から撃ち込まれるやつだわ。これが何か?」


「これは――先ほどシルチスを通じて地球から回してもらった資料です。外惑星連合の大使館が制圧されたときに接収したものですが……彼らは開拓の中期から、マスドライバーを用いて木星の衛星軌道に磁場を利用した発電衛星を送り込むプランを立案し、地球にも支援を求めていました」


「待って。つまり、准尉の言いたいことは……」


「ええ。これがその、発電衛星を軌道投入する際に使われた『衛星コンテナ』です。クレメンスたちがアルミ・ロビンソンを格納したコンテナとは、まずこれでしょう。そして、これまで地球に撃ち込まれてきた砲弾も」


 では。アルミの棺と『砲弾』は、同じ形をしているのだ!


「マスドライバー基地『オオヤマ』は、衛星ガニメデの周回軌道上にあって、ガニメデとともに木星を7日周期で回っている。つまり、我々はこの先、アルミ・ロビンソンのコンテナに遭遇するまでにまだ複数の砲弾とすれ違う可能性がある、ということです。クレメンスのメッセージが事実なら、彼女はその最後尾を飛んでくるわけですが……」


 マユミは唇をかみしめた。この広大な惑星間空間で、それらの物体が電車のように連なって飛んでくる全体図を、俯瞰的に把握することなど不可能だ。もしも本命のコンテナに取り付けられた発信機が、早期に電源を消尽、あるいは喪失していたならば。マユミたちに、それらを区別する方法は、事実上無い。


(それでも、やるしかない)

 ミスも遅滞も許されない。宇宙軍全てが、ヴィクトリクス号を見ている。虚空に散った木星居住区最後の生存者たちが、愛し子を託した相手を彼岸から見つめている。


 メイナードがコンテナを称して『眠り姫スリーピング・ビューティー』などと呼んだのが、今やひどく滑稽に思われた。


 ヴィクトリクス号は、眠り姫を起こしに行く王子などではなかった。靴底(推進剤)をすり減らして国中を歩き、舞踏会から駆け去ったシンデレラをあてどなく探し回る、使い走りの役人なのだ。


 ガラスの靴にぴったり合う足の持ち主。王子の心を射止めた娘は、果たしていずこ――?

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