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軌道砲兵ガンフリント  作者: 冴吹稔
episode-1:故郷に平穏あれ(May you be in peace)

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周回遅れ

 残る敵は三機。鼻の利かなくなった犬のようにうろうろと飛び回っていたそれらが、加速してクルベのセンチュリオンへ殺到した。 

 RK303A(レールガン)は既に冷却モードに移行している。つまり、撃てない。だが、ほんの二秒ほどで、三機の機動殻(クラスト)は再び所在なげにさまよい始めた。


(やはり、そうか……!)


 融合炉を止めていても、モジュールが完全に磁気的にニュートラルになるわけではない。レールガン発射の際には当然、レール状電極の周囲に瞬間的に強力な磁場が発生する――機動殻はあきらかに今、それに反応して動いたのだ。

 

 だが電極間の通電が断たれ、冷却モードで砲身被筒内の残留プラズマも排出されつつある今、その磁場はほぼ消滅した。そもそも電流が流れていればあらゆるケーブルに、回路に、大小さまざまな磁場が発生するはずだが、機動殻はそうしたものにまでは反応を示していない。

 

 つまり――敵の機動殻(クラスト)が持つ磁場感知能力、あるいは知覚には、一定の閾値(いきち)がある。

 

(恐らく……プラズマを封じ込める程度の強さと、一定の持続性を兼ねそなえない磁場は、無視される。そういう事か)


 クルベは肩の力を緩めてヘルメットの内側に息を吐きだした。緊張がやわらげられ、ガチガチにこわばった指が自由を取り戻す。

 そのままマニュピレーターを手動に切り替え、レールガンの電力ケーブルをセンチュリオンの腰部コネクターから抜いた。 

 モジュールに本来搭載されているシステムには、パイロットスーツを介した脳信号読み取りインターフェイスが組み込まれている。慣れてしまえばカメラでマニュピレーターの先端を見る必要すらなく、身体イメージに即して機体を動かせる。

 

 宇宙空間で使われる兵器があえて人型をとる理由、その一つがこれだ。



「中隊長殿、第三中隊(ガンフリント)で直視レンジでの射撃が一番上手いのは?」


〈どういう意味だ? ……まあ、多分フォレスターだ〉


「よし、フォレスター曹長! こいつをクルセイダーに接続して撃つんだ」


〈えっ〉

 戸惑いを含んだ声。だがクルベは有無を言わさず、フォレスターのガンフリント3に向けてレールガンを押し出すように投げた。

 

「電池が足りなくなったら、少尉か中隊長に回せ!」


〈は……? ろ、了解ロジャー!〉


 ガンフリント3がRK-303Aをキャッチしてケーブルを手繰り、腰部コネクターに接続するのが見えた。クルセイダーの標準装備であるRK-303とは型番が異なるが、303Aは主に連射性の向上を図ったマイナーチェンジ版に過ぎない。撃つのには問題ないのだ。

 持ち替え可能な携行火器をリレーしての攻撃――これも人型兵器ならではの芸当だった。


〈ガンフリント1、2、射線から退避してください!〉


 フォレスターが続く一発を放つ。発射時の磁界にひきつけられて機動殻(クラスト)が宙を駆けたが、すぐにその磁気の火灯りは消え失せ、闇に閉ざされる。

 フォレスターは電池残量ギリギリまで粘り、二機を仕留めた。レールガンは弾体ごと次のモジュールへ廻された。


 残る一機はクローガー少尉のやや精度の甘い狙撃で、機体の三分の一ほどを破壊された。その手負いの機動殻(クラスト)は、動きが著しく鈍ったところに第一小隊の面々がBDWの残弾ありったけを叩きこむことで片付けた。

 

 

「終わったか――?」

 新手を警戒して対空監視を行う。各機はそれぞれ融合炉を再起動し、ゆっくりと基地上面を飛び回った。


 生き残ったからこそ感じる、更なる戦闘への恐れと不安。静まり返ったヘルメットの中で、自分の呼吸音だけがひどく騒がしく響く。

 

〈……クルベ中尉、でしたか。お見事な機転と戦術眼をお持ちだ。改めて……自分はコンラッド・クローガー少尉です。あなたの直属となります。以後よろしく〉

 不意に通信回線に飛び込んできた声はいがらっぽく、強面のがっしりした男を想像させた。


「リョウ・クルベだ……自分は宇宙にはまだ不慣れだ、いろいろ教えてくれると助かる」

 クルベは率直に経験不足を打ち明けた。彼の階級は参謀本部付き士官からそのまま持ち越しで、軌道砲兵としての実績を示すものではない。彼が小隊を預かるのは本来不自然なのだ。

 

 だが、クローガーはクルベの気おくれを事もなげに笑い飛ばした。

 

〈ご謙遜を。『ボストン』をシルチスまで持ち込んだ英雄の片割れだ、素人とは考えませんよ〉


〈クローガー少尉、私語はそのくらいにしておけ。ブリーフィングのあとにでもゆっくり話せばいい〉

 ダルキーストがクローガーをたしなめる。その言葉には、かすかにクルベへの牽制も込められているように思えた。

 

了解(ロジャー)。失礼しました〉


〈……よし、状況終了――各機、格納庫へ。機体をチェックして一時間後に士官集会室(ワードルーム)に集合だ。以上(オーヴァー)

 ダルキーストの声が戦闘終息を告げた。


(さてと……)

 クルベは先ほど拾ったBDWを探した。レールガンを操作する間、近くに浮かべておいた筈だ。

 それはゆっくりと漂いながら基地と一緒に火星の衛星軌道を回っていた。補助スラスターをほんの一瞬噴かして接近し、掴んで回収した。

 

(こいつを撃つようなことにならなくてよかった)

 ため息が漏れた。宙に浮いた状態からモーメント・キャンセラーなしでBDWを撃てば、機体はその質量中心(センター・オブ・マス)を通る軸で回転を始めるだろう。センチュリオンがぐるぐると回りながら周囲に弾丸をばらまく、無様な姿が目に浮かぶ。

 クルベがこれを拾う動機は、主に『もったいないから』だ。徹甲弾の弾芯に使われるのは、いまだにタングステンかあるいは劣化ウラン――希少金属であったり加工コストがかかったりで、未使用で放棄できるほど安くはない。

  

(しかし。結局のところBDWはさして役に立たなかった――)

 クルベは戦死したパイロットの無念を思った。想定されたものとは異なる敵に、有効性の検証されない武器で立ち向かう恐怖。

 四十ミリ徹甲弾は機動殻に容易く浸徹したが、それは運動エネルギーの大半を吸収されたかのように飲み込まれ、単発では大した被害を与えていない。

 

(俺が考えることではないかもしれないが……内惑星統合軍の兵器体系は、早急に見直さないとまずいぞ、これは)

 

 シルチス基地は平穏を取り戻し、兵士たちの多くは生き延びた。だが、戦いはむしろこれからなのだ。

 

         * * * * * * *


「――戦死者の冥福を祈って」

 

 レイコック大佐のやや沈んだ声に唱和して、一同はグラスを傾けた。乾杯はこれで三回目になる。

 延期されるだろうという大方の予想に反して、会食は予定より二時間遅れただけで始まっていた。

 

「我々は手痛い犠牲を払った。マンダレーは修理に三カ月はかかるだろう……ブルックナー艦長を失った痛手はさらに大きく、取り返しがつかん」


 司令官の声は、怒りのためか次第に震えを帯びるようだった。

「だが、我々に後退も敗北も許されん……! 蛮勇は厳に慎むべきだが、我々は全力を挙げて奴らを食い止め、地球を守らねばならんのだ」


 彼は再び、グラスに酒を満たして高く掲げた。


「砲兵輸送艦『タム・オ・シャンタ』と軌道砲兵第二中隊『ドッグロック』は現在、木星軌道からの砲弾を迎撃するための哨戒に当たっている……彼らの無事と任務の成功を祈って。そして、絶望的な状況から再起してボストンを回航し、最新型モジュール、センチュリオン四機を届けてくれたマユミ・タカムラ・ロバチェフスカヤ大尉と、リョウ・クルベ中尉を讃えて!」

 四回目の乾杯。

 会食に集まったのはクルベを除けば大尉クラス以上。その中で彼は上位者に囲まれ、質問や賛辞を浴びせられて見世物のような気分だった。とはいえ、しばらくすると儀礼は一通り落ち着いて、会食は室内をあちこちへ移動しながらの和やかな歓談へと進んでいった。

 

「君がクルベ中尉か。RK-303をまたずいぶんと独創的に使ってくれるものだ。だが気に入ったよ……タチバナだ、整備開発部門を預かっている」


 グラスを片手に話しかけてきたのは、半白の髪をした痩身の男だった。

 

「タチバナ技術大尉? 申し訳ありません、複座型とRKの件ではいろいろとお手数を――」

 クルベは慌てて席を立った。ちょうど後ろへ近づいてきていたタカムラ大尉の膝に椅子が当たり、彼女は小さな憤慨の叫びをあげた。

 

「あ……申し訳ない、大尉」


 タカムラ大尉は苦笑いを浮かべた。

「謝ってばかりね、クルベ中尉。構わないわ、タチバナ大尉とのお話を続けて。私はあっちのビュッフェボードのところに行っているから」


(……つまり、あとでエスコートしろってことか)

 えんじ色のジャケットとタイトスカート――宇宙艦隊女性士官の礼装姿が遠ざかっていく。クルベは少し憂鬱になりながらそれを見送った。


 タカムラ大尉は美人で有能だし、魅力的だ。なのにどうして彼女の存在は、こうもクルベの感性を逆なでして引っかかるのだろう。少なくとも、ジェニファーとは全く違うタイプだ。

 

「……マンダレーの融合炉を止めさせたのは、タカムラ大尉だそうだよ」


 すぐ横で、タチバナ技術大尉がそういうのが聞こえた。

 

「タカムラ大尉が?」


「うむ。君たちはボストンの遭難から、ほぼ同じ結論に達していたようだな。彼女は通信の途絶したマンダレーの機関室に非常脱出ハッチから直接突入したんだ」


「無茶をする……!」


「ああ、無茶だ。だが賞賛に値する……君たち第三中隊が乗り込むのが彼女の指揮艦『ヴィクトリクス』であることは、実に幸運なことだと思うね」


 タチバナ技術大尉はそれだけ話すと、すっと一歩前へ出てクルベの方へ向き直った。

「さて、率直な意見を聞きたい。使った経験では今のところ、君が第一人者だからな……センチュリオン・モジュールをどう思う?」

 

 どういう返答を求められているかわからず、クルベはしばし答えあぐねた。言いたいことはいろいろあるが、それを直截に口に出してもいいことばかりとは限らない。

 

 二年ちょっとの司令部勤めでそれは身に染みている。だが、撃墜されたカビナンターのBDWを回収した際の印象が、彼のためらいを払拭した。


「センチュリオンに限らず――オービットガンナー・モジュールは近距離戦闘に用いるには不適切な兵器です。装甲は薄いし、運動性も機動殻(マニューバ・クラスト)に比べれば鈍重というほかはない。敵の性能が明らかになってみれば、完全に陳腐化したといっていいでしょう。そもそも基盤になる技術の水準が違い過ぎますが」


「同感だ……続けてくれたまえ、もう少し先があるのだろう?」


「ええ……モジュールはしょせん、長距離砲撃を探知困難なプラットフォームから行うための物だと考えます。作業ポッドから受け継いだマニュピレーターは、使い方次第で外惑星連合の小惑星(アステロイド)タンクなどに対しても十分なアドバンテージになりえますが、そうそう都合のいい状況は続かない――」


 言いさして、苦い思いが胸中にあふれた。

「しかし、それでも我々は今ある兵器で当面乗り切らなければなりません」

 

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