特別な想い
晩御飯を食べていると咲良からメッセージが来た。
“7時30分に部屋番16号室で待ち合わせ。予約は「中村」でしてあるから、カウンターで予約の名前を言うこと。早く着いた人から歌っていて良し!!!”
朱里はお風呂を済ませてから、駅前のカラオケに向かった。
受付で予約の旨を伝えると部屋に通された。咲良のいう16号室に行くとまだ誰もいなかった。
仕方がないので、いつものポテトとポッキーの盛り合わせを注文してからドリンクを取りに行った。
朱里がドリンクを手に戻ってくると、部屋には春樹がいた。
朱里はすごく驚いて、手に持っていたドリンクを落としそうになるほどだった。
そんな朱里を見て春樹が
「みんなまだ、来てないみたいだね」
朱里は、その春樹の言葉の意味を理解できずに尋ねた。
「みんなって、高橋君は誰と待ち合わせなの?」
「え?倫久と、逸貴と、宮本と、中村・・・だけど?」
朱里はしばらく考えて、ハッとして言った。
「じゃあ、6人でカラオケって話だったの?」
春樹は、その朱里の反応を見て何かに気づいたように軽く何回かうなずきながら
「そう。でもその様子だと立花はそう聞いてないみたいだね」と言った。そして続けて
「そんなところに立ってても何だし、中に入って座ったら?」
春樹はニコリと微笑んで朱里に言うと、ようやく朱里も春樹と反対側のソファーに腰を下ろした。
朱里のドリンクを見て春樹が
「それ何飲んでるの?」
「あ、ストレートティー」
「俺も何か取ってくるわ。少しだけ席を外しちゃってもいいかな?」
「どうぞ。気にしないで」
朱里がそう言うと、春樹は飲み物を取りに部屋を出て行った。
ドキドキする胸を押さえながら朱里は深く深呼吸をした、そしてようやく冷静に部屋の中を見回して、改めて今の状況を考えた。
3人で歌うには大きな部屋。帰りに咲良と乙衣に待たされた理由。帰りに校門で誰かを待っていた春樹。そこまで考えて、朱里はやっと全てを納得することができた。
春樹がアイスティーを持って戻ってきた。部屋の時計は7時45分になろうとしていた。
「咲良たち遅いなぁ」
朱里が言うと、春樹も手元の腕時計に目を落として
「そうだなぁ。倫久のやつ絶対に遅れるなよなんて言ってたくせに」と言った。
2人が歌うことも出来ずにいると、朱里が頼んだポテトの盛り合わせが届いた。
それを見て春樹が笑いながら言った。
「俺たちもいつも、それ頼むわ。しょっぱいものと、甘いものが両方っていうのが良いよね」
朱里は素直に「うん」と笑って言った。すると春樹が
「いつもそうやって笑っていれば良いのに。立花は笑ってるほうがイイ顔してる」と言った。
朱里は顔全体の温度が上がっていくのを感じて、思わず俯いた。
「あ!ほら。また下向いた。何で下向いちゃうのかな~?」と春樹が言った。
朱里はハッとして顔を上げた。
「そうして顔を上げてるほうが言いと思うよ。俯いてるよりずっとイイ」
そう言って、春樹は朱里を見つめて微笑んだ。
朱里は、思った。
"きっと今、私の頬は赤くなっている。瞳は春樹でいっぱいになっている・・・”と。
春樹がコホンッっと小さく咳払いをしてから言った。
「この間は・・・ごめん。屋上で・・・いきなり・・・ホントごめん」
朱里は春樹の突然の謝罪に少し戸惑ったが、すぐに落ち着きを取り戻して
「大丈夫。あの時は突然だったから少しビックリしたけど、わざとじゃないって分かってるし、私の方こそ変な態度とっちゃったから、いけなかったんだって思ってる」と言った。
すると春樹は頭をかいて言った。
「俺の方こそガキみたいに何も考えずに行動しちゃって・・・」
朱里と春樹はお互いの顔を見合わせて、笑った。
「じゃあ、お互い様だったって事でイイかな?」と春樹が言った。
朱里も「うん。お互い様ね」と笑った。
ふと気がつくと、部屋のドアの小窓から咲良と乙衣の2人が中を覗いていた。
朱里はドアを開けて「もう、遅いじゃない。何してたのよ」と言うと、咲良が方に腕を回して耳元で
「仲直りできた?」と小声でささやいた。
朱里が小さく頷くと、乙衣が「送れちゃってごめんね!さぁ!歌おう!!!」と言って、春樹にリモコンを差し出した。春樹はそれを“ごめん”と遠慮すると
「俺、ちょっと倫久に電話してくる」と言って部屋を出ようとした。すると咲良が
「さっき、逸貴からもう少しだけ遅れるってメッセ来てたから大丈夫!」と言って、春樹にリモコンを押し付けた。春樹は「分かった」と言って、リモコンから選曲をし始めた。