見えない気持ち
~第3章 見えない気持ち~
朱里が教室に入ると咲良が飛びついてきた。驚いてつい「きゃー」と声が出てしまった。朱里と咲良は一瞬で教室にいた生徒に注目されたが、咲良がごめん、ごめんと両手を顔の前で合わせると、みんなはすぐに注目を解いた。
「どうしたの?」と、朱里が尋ねると、咲良はニヤリとして
「今、乙衣がB組の男子に呼び出されて屋上に行ったの」
「え?そうなの?」朱里が驚くと
「そうなの!青春って感じだよね!あ~あ、私にも無いかな~青春」と言って、朱里の顔を覗き込んできた。すると乙衣が戻ってきた。咲良はすぐに乙衣に駆け寄って
「どうだった?やっぱり告白?なんて言われたの?」とまくし立てた。
「どうって、何よ?ただの告白でしょ?他の子だって告白している子いるじゃない。何がそんなに気になるわけ?」と不機嫌そうに答えた。
「まぁ、そりゃそうかも知れないけど・・・」と言う咲良にかぶせて朱里は言った。
「咲良は悪気があるわけじゃないよ。乙衣が呼び出されて行ったから気になっただけだよ」
すると乙衣は「ふう」と、ため息をついて言った。
「ごめんね。咲良が悪いわけじゃないの」そこでチャイムが鳴った。
中途半端な気分のまま3人は席に着いた。
お昼時間に、中庭のベンチでお弁当を広げると、乙衣が言った。
「さっきは、ごめん。咲良が悪いわけじゃなかったの。私、八つ当たりしたの」
「どうかしたの?変な告白だったとか?」首をかしげて咲良が聞くと
「別に、彼にとっては普通の告白だったのかもしれない」と俯いたまま乙衣が言うので
「何があったの?まさか変なことされてないよね?」と朱里は心配そうに言った。
乙衣は朱里の言葉に少し笑って
「ううん。何もされてないよ。大丈夫。ただ・・・」少し考えてから乙衣は続けた
「私のどこが好きなのか聞いたら、“なんとなく”って言われたの。なんとなくって何?」
そう言って乙衣は少し怒ったように口を膨らませた。
朱里も咲良も顔を見合わせて「確かに、なんとなくって、何だろうね・・・」と、複雑な心境のまま3人はお弁当に手をつけた。
朱里は春樹をなかなか諦められずにいた。
春樹に好きな人がいるのならば、朱里の気持ちは春樹の邪魔になると考えたのだ。
朱里はなるべく春樹以外の人とたくさん会話をするよう努力した。
決して春樹を避けているわけではない。ただ今まで春樹としてきた会話を他のクラスメイトとしているだけだ。春樹と反対側の席の奥村や、前の席の佐竹という風に。
そんな朱里の態度は、いつしか春樹の心に大きな影を落とし始めた。
朱里達との会話が減ったことを、春樹や倫久だけでなく逸貴までが気付き始めたころ春樹の我慢は限界に達した。
いつものように朱里が奥村と話をしていると春樹が急に朱里の手首をつかんで、グイッと朱里をそのまま廊下まで連れ出し、走り出した。
朱里はそのまま春樹に引っ張られ同じ速度で走りだした。
握られた手首、肩を切る風、前を走る春樹の香りを運ぶ空気、そのどれもが愛おしく思えて、朱里は走りながら眼を閉じた。春樹が腕を引っ張る力が弱まった時、目を開けるとそこは廊下の突き当たりにある実験室だった。
「最近、俺のこと避けているよね?俺・・・何かしたのかな?」春樹が静かに尋ねた。
「何も・・・何もしてない」
「じゃあ、なんで避けるの?」
少し大きめの声で、春樹が言うと、朱里はキュッと目をつむり
「どうしてそんなこと言うの?」と怒ったように返した。
「どうしてって・・・明らかに前とは態度が違うだろ。何でそんな風になるのか分かんないからだよ!俺が何かしたのかな?って」そう言って春樹はため息をついた。
「何もしてないよ。高橋君は何もしてない」
そう言って朱里が俯くと、春樹は頭を掻いて
「じゃあ、何なんだよ」と少し投げやりにつぶやいた。
その時、お昼休み終了を知らせるチャイムが鳴った。朱里は俯いたまま
「先に戻るね」
と言うと、春樹をその場に残して走って教室へ戻ってしまった。
次の授業、春樹は戻ってこなかった。倫久が上手に保健室に行ったと先生に伝えていた。
放課後、朱里は教室で乙衣と咲良を待っていた。
乙衣と咲良はというと、倫久と逸貴と一緒に屋上に集まってコソコソと何かを相談していた。しばらくすると4人は手を重ねて「じゃ!よろしく!」「お~!」と掛け声をかけると、それぞれ別々に教室へと戻って行った。
朱里たちが自転車用の通用口から出ると、校門に春樹が立っていた。
朱里は気付かなかったかのようにサッと横を走り去った。
その日の朝、全校生徒が体育館にいた。
校長先生の長い朝礼が終わると、体育館の中は夏休みに入るという高揚感に包まれた。
各自クラスに戻ると、朱里たちのクラスも担任からの諸注意のみでホームルームは簡単に終わった。咲良が逸貴に「じゃあ、30日にね!」と言うと逸貴たちも「おう!」と言って図書館で会う約束を再確認した。
朱里と春樹は、未だに対して口も利かずにいて、そこだけ気まずい空気が流れていた。
帰り道、乙衣が朱里に言った。
「あれで良かったの~?今日から夏休みでほとんど会えないっていうのに」
「そうだよ~!せっかくこの前、高橋の連絡先ゲットしているのに、これじゃ連絡もできないでしょうが~!」と咲良も呆れたように言った。
「でも・・・」朱里が浮かない様子で口ごもったので咲良が言った。
「今夜、晩御飯食べてから駅前のカラオケでも行く?」続けて乙衣が言った。
「お!良いね~♪ナイス!咲良」
少し考えてから朱里も「行く」と返事をした。
「じゃあ、またあとで連絡するね」と言って、3人はいつもの路地で別れた。